岩山で出会ったのは


「んむぅ……?」


 ふと、意識が覚醒していくのがわかった。私、どうしたんだっけ。確か休憩しようと思って途中で力尽きたんだよね……とりあえず生きてるわ、良かった……なんてことを微睡みの中で考え終え、ムクリと起き上がった私だったが、掛けられていたブランケットがあまりにも心地よかった為に、二度寝の誘惑と戦うハメになった。


 ……ん? ブランケット?


「……起きたか」

「!?」


 予想もしていなかった人の声に思わず身体が硬直する。え? 何事? 誰?


 目の前には全身黒ずくめの男の人。小さな焚き火を挟んだ向こう側に座っている。声から男性と判断したけど、黒いフードをすっぽりかぶって、これまた黒いマスクだか襟巻きだかで顔の下半分を覆っており、顔は全然わからない。控えめに言ってかなり怪しい、不審人物がそこにいた。


 脳内はパニックである。まず、まさかここに人がいるとは思わなかった。ひょっとして助かったのだろうか? いやいや、そう簡単に人を信じてはいけない。見るからに怪しいし……でも人を見かけで判断するなんて以ての外だ。

 じゃあ信じていいか。否。子どもだからってみんなが優しくしてくれるなんて大間違いなのだ。人攫いかもしれないし……でも、ブランケット掛けてくれたし……いや、でも……


 この人を信じていいのかどうか、それでも誰かに頼らないと遅かれ早かれ死ぬ事を考えたら信じるしかないという結論。どうしたらいいのと思いながらもどうしようもない現実。

 これらを数秒で考え、結果私がした事といえば。


「ふ……う、うぇ……」

「なっ……待っ……」


 めっちゃ泣いた。




 ひとしきり泣いてスンスンしている間に随分落ち着けた気がする。というかいい年して不安だから号泣とか恥ずかしすぎる。いや、身体の年齢に精神が引きずられてるのかもしれない。むしろそうであってほしい。


 冷静になってみると……かなり悪い事したな、と思う。私が泣きじゃくっている間、黒ずくめの男の人は見るからに慌てていた。きっと、大泣きする幼子を宥める術を知らない、それどころか子どもを相手にしたことさえあまりないのだろうことが伝わってきたのだ。

 それでもこれ以上私を怖がらせないように、触れたり近づこうとせず、されどどうにか泣きやませようとタオルを渡そうか迷っていたりと、こちらをとても気づかってくれていたようだった。手にしたままのタオルをどうしたらいいのかわからず、結局握りしめている姿に、失礼ながら萌えたのは内緒である。


 ……気まずい沈黙が流れ、焚き火のパチパチという音だけが聞こえてくる。

 先に口を開いたのは黒ずくめの男の人だった。彼は顔の下半分を覆っていた布をおもむろに外すと、目線を逸らしながら手にしていたタオルを私に差し出してくれた。


「……使うか?」

「……ありがとーごじゃいます……」


 怖がらせないように、控えめに差し出されたそれをそっと受け取ると、彼はさっと手を引っ込めた。


 やだ、萌え死ぬ……ガタイの良いイケメンが小動物(私だけど)相手に戸惑うような図に。


 受け取ったタオルはほんのり暖かく、お湯か何かで絞った濡れタオルだった。泣き腫らした顔に温タオルを当てて一息つく。すると、今度は冷やされたタオルを渡される。腫れた目に心地良い。

 不器用ながらも細やかな気配りをしてくれる彼に感動を覚えた。勝手に萌え対象にしてごめんよ、お兄さん。


 顔を拭きながらチラと男の人を見ると、ただのイケメンではなく、かなりのイケメンさんだという事がわかった。そして思っていたよりずっと若い。20代後半くらい、かな? 私と同年代に見えるけど、外人さんって実年齢より年上に見えるって事があるから実はもっと若いのかもしれない

 きっと怖がらせないように顔を出してくれたのだろう。フードでよく見えないが、少しのぞいた前髪は黒く、切れ長で少し冷徹な印象を与える瞳も黒い。日本人である私としては見慣れた配色ながら、彫りの深さから日本人顔とは決して言えない。キリッとした眉に高い鼻。うん、イケメンだ。眼福である。


 黒ずくめな格好といい、引き締まった体型といい……脳裏に浮かんだのは「忍者」という単語。そういった感じの仕事なのだろうか。コスプレ、ではないよね? 見た目で判断して申し訳ないけど、コスプレを楽しむような人には見えないもん。


「……飲むか?」

「! のみましゅ!」


 そんな割と失礼な事を考えていたらそっとカップを差し出してくれた忍者なお兄さん。中身を確認せずに思わず受け取ったのは、とにかく水分を欲していたからだろう。すぐにでも飲み干したい気持ちはあったものの、ほんの少し躊躇っていたら、お兄さんがカップに同じものを注いで中身を一気に飲み干していた。

 ……安全だって言いたかったのかな? どこまでも気をつかわせてしまって悪いな、と反省しつつ、私もカップに口をつける。

 ほんのり甘いリンゴのような味のする水、といった感じで、乾ききった身体に染み渡っていく。とても美味しくて、あっという間に飲み切ってしまった。


 それからもお兄さんは、口数こそ少ないながらもあらかじめ作ってくれていたらしい具沢山のスープを私に食べさせてくれた。スープの具は細かく刻まれていて、かつ柔らかくなるまで煮てあり、この幼い身でも無理なく食べられるメニューだった。

 この身体には大きすぎる器とスプーンに四苦八苦していたら、なんとついにお兄さんは近くに寄ってきて手伝ってくれたのである。


 自分が近寄っても怖がられないと気付いたのか、お兄さんは甲斐甲斐しくお世話してくれるようになった。とても面倒見がいい人なんだな、と思うけど……おそらく私と同い年か少し年下くらいの男性にあれこれ世話を焼かれていると思うと……非常に複雑な気分である。

 孤独と疲労、訳のわからないこの状況下において優しくされ、飲み物と食事を与えてくれたことに感動し、またしても大泣きしそうだったけど、この複雑な思いのおかげで我慢できた。お兄さんをまた困らせずにすんだと喜ぶべきだけど、なんとも微妙で締まらない私である。


 ……でもね、イケメンに世話焼かれるのは悪くないかも、なんて思ったりしなかったりするかもしれない。何言ってんだ私。


 そうこうしている間にお腹も膨れた。幼子の身体とは正直なもので。私を陥れようとやってきたのは決して抗えない敵、その名も睡魔。こっくり、こっくり、思わず舟を漕ぐ。それでも必死に起きていようと頭をブンブン振った。


「……寝ていていい」

「でも……」


 そこへお兄さんの甘い誘惑。いやいや、これまで気をつかってもらいっぱなしで、しかも夕飯までご馳走になってこのまま寝てしまうなんてとんでもない! 社会人としてあるまじき……


「……ちゃんと寝て体力回復させてくれないか」


 ……そ、そういう事なら仕方あるまい。無理されるよりしっかり休んで翌日キリキリ働いた方が確かに効率がいいよね! くっ、上手い言い方をするじゃないか! ……わかってる、戦力にならないどころかお荷物だってことくらい。あ、目から汗が。


「……子どもが遠慮なんかするんじゃない」


 柔らかな声色とともに感じた浮遊感。その直後の温かさと安心感。

 きっと抱っこされたのだろう。恥ずかしいとか遠慮の気持ちとか、もちろんあるにはあったけど、とてもこの睡魔に抗えそうにない。私の意識はあっさり夢の中へと誘われていくのだった。……おやすみなさい。

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