第二十二話 断腸の思い

 リュックが次にアメリの病室へ来た時、彼は騎士服ではなくまだ警護団の制服を着ていた。リュックは何を着ても似合うけど、やはり近衛の白を基調にした正装姿の彼が一番美しいとアメリは思った。


「王都警護団の残務処理があるの、リュック?」


「いや、実はもうしばらく警護団に置いてもらうことになったんだ。特別捜査班でも最初は大変だったけど、最後は同僚たちにも働きぶりを認めてもらえるようになってね。班長も警護団は万年人不足だから、俺が残るなら歓迎だとまで言ってもらえた」


「近衛騎士は辞めてしまったの?」


「ここ数年隣国との情勢も落ち着いているし、王宮騎士の仕事だと実戦はほとんどないからね。警護で鍛えなおしてみたいというか、近衛では得られないやり甲斐も見いだせた。昨日騎士団団長に正式に許可を頂いて、今日は警護初勤務だったんだよ」


「王宮勤めよりも危険が多いだろうし、苦労もするだろうけどリュックがそう決めたのならね。色々な経験が出来ると思うわ」


 リュックは目を丸くした。


「俺の周りは大多数が反対したんだけど。お前だけでもそう言ってくれるならな」


「私は子供の時引っ越してから少し物騒な地域に住んでいたから、警護団の方々には良くお世話になっていたのよ。だからリュックが警護に加わって困っている人を助けたり、王都の安全を守ったりするのは素晴らしいことだと思うわ」


 アメリの生まれや育ちについてリュックは知っているのだから、今更別に貧困街に住んでいたと隠す必要もない。リュックは爽やかに笑った。


「いずれは近衛に戻ることになるだろうけど二、三年は王都警護団勤務で心機一転頑張ってみる。まあそれでも俺なんかはな、貴族が多く住む王都南の外れの警護が主な仕事になるかな。あとは貴族が関わる犯罪が起こると駆り出される」


「慣れるまでは大変かもしれないわね」


「うん。ところでお前、そろそろ松葉杖をついて歩けるようになったんだってな」


「ええ。ゆっくりとなら自分で移動できるようになったのよ。結構これが難しいんだけどね」


「ここでの治療が終わったどうする? 子爵家に戻るのか?」


「いいえ。医療塔を出てすぐ仕事に復帰できなくても、宿舎に滞在できるようにしてもらっているの」


 リュックはアメリの手を握って大きく深呼吸した後に言った。


「あのさ、宿舎でも子爵家でもなくて俺の所に来ないか?」


「リュックの所って伯爵家のお屋敷に? そんなお世話になる理由がないわ。王宮にも遠いし」


 リュックはがっくり肩を落とした。


「結婚しよう、って言ってんだよ!」


(今もしかしてケッコンって言ったの?)


 アメリはパチパチと瞬きをし、数秒黙り込んだ。


「結婚? リュックが私と?」


「(何だよ、今の妙な間は!)そうだよ。ここを出られるようになったら結婚しよう。うちでゆっくり療養すればいいんだし、すぐに仕事復帰のことを考えなくてもいいさ」


「同情や責任感で結婚というのは間違っているわ」


「俺がお前を愛しているからだとは少しも考えないのか?」


「へ? あ、愛?」


「何でそこまで驚くんだよ! (今かなり傷ついたぞ、俺)そうだよ、何回でも言ってやる! 愛してる、アイシテルー!」


「なに、それ! 全然感情こもってないじゃないの! やけくそになって言われても嬉しくないし、誰にでも愛を安売りしないでよ!」


「誰にでも言ってないって! 王妃生誕祝いの舞踏会以来、誓って他の女には指一本触れていない」


「えっ、女断ちなんかして体調壊すんじゃないの、リュック?」


「そこ心配するとこじゃないだろうが!」


「あのねリュック、私いつここを出られるかもわからないし、まだ普通に歩くことも出来ないのよ。だからその、言いにくい事だけど……夜のお勤めもままならないと思うの。健康で若いリュックさんには私では役不足ではないかと……」


「お前な、人のこと何だと思ってんの? もうお前じゃないと〇たないって言ってるんだよ!」


「そんなわけないじゃないの、男っていう生き物は誰とでもヤれるって聞いたもの。ただでさえ数多あまたの女性におモテになっているのですから、リュックさんは!」


「誰だよ、お前にそんなこと吹き込んだのは? ルクレールか?」


「二人とも先ほどから何を大声で話しているのですか! 廊下まで筒抜けです!」


 そこで真っ赤な顔をしたビアンカが部屋に駆け込んできた。


「ビアンカ、貴女もう結婚しているのだから何もそんな純情ぶらなくても、ねえ」


「そういう問題ではありません! 医療塔全体に響き渡るような声であの様なはしたないことを!」


「あら……ごめんなさい」


「……失礼しました、公爵夫人」


 こうしてビアンカは頭ごなしに二人を叱りつけたがすぐに退室した。




「リュックのご両親はどう思っていらっしゃるの? 貴方、伯爵家の長男よ。半分平民の私が嫁いでくることを了承されているの?」


 アメリは厳しそうな彼の両親のことを思い出した。


「報告はした、今許可待ちだ。俺は長男って言っても文官にならなかったからね。両親の期待は弟の方にかけられているんだよ。爵位もあいつに継がせそうな勢いだ」


「それは関係ないでしょう? 長男だろうが何番目だろうが貴族の婚姻は家同士の問題です。非公式な求婚ですから私の方からお断りします」


「お前自身の気持ちは? それでいいのか?」


 アメリは口を開くと彼への気持ちがあふれ出てきそうだったので無言で目を逸らした。


「じゃあ、正式に求婚したら断らないんだな?」


 そしてリュックはそう言い捨て、病室から出て行ってしまった。

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