第2話 戦い終わって、また戦い?

 仮想現実での戦闘が終わり現実に戻った三人。彼女らがいるのは蒼穹高校生徒会室であった。

「……まったく、まるで手応えのないクマだったよ。乗り込んだらすぐ降参されちゃった」

 と、紅茶を飲みながら、少し残念そうに言うのは愛宕ナミ。仮想現実ヴァーチャルリアリティの世界を光の速度で駆け抜けてロシアまで乗り込んだ戦闘民族系少女——もちろん分身アバターは——ではあった。

 そんな彼女も、現実リアルに戻れば、少し天然が入ってるけれども、人の良さが雰囲気に滲み出ている、清く正しく美しい……というよりは可愛らしい、蒼穹あおぞら高校生徒会長。先ほどまでの仮想現実内の猛々しさは今はない。

 とはいえ、アドレナリン満タンで攻め込んだのにあっさり終了であったさっきの戦闘に、どうにも不服そうというか、興奮のおさまらぬようすであった。

 でも、

「相手は……少し腕に覚えができ始めた小学生だったんでしょ。まさか自分のところまでナミに一瞬でやって来られるとは思ってもいなかったんでしょ……。いままで、きっと、イージーモードでしか攻撃クラッキングしたことなかったんでしょ」

 猫舌の秋葉カノンが注がれた紅茶が冷めるまで待っているカップの縁を指で弾きながら言うと、

「イージーモード許されるのは小学生までー」

 すでに飲み終えたカップにおかわりの紅茶を注ぎながら羽黒ヒジリがちゃちゃをいれ、

「——っていうかそれじゃ、相手が小学生だから許されちゃうし」

 いつもの気のおけない仲間のやりとりにナミの顔も緩む。

 戻って来た日常。

 この瞬間、非現実サイバー・スペースから、本当の意味で、やっと現実に戻って来たナミなのであった。

 そして、

「あれ?」

 丁度その時校内にチャイムが鳴る。

 午後六時。下校を即す合図であった。

「もう?」

「時間だー」

 あっという間にそんな時間になっていたことに驚く生徒会の面々。

 放課後に始まったサイバー攻撃の対応をしていたらいつのまにやら、気づいたら下校時間となってしまっていたのだった。

 いや、もちろんこのチャイム、そろそろ下校しなさいという合図ではあるが、今は晩春で日暮れも遅い。

 空も明るければ野外スポーツ部はこれ幸いと練習を続け、それに負けじと室内スポーツ部も帰らない。

 あと特に理由がないのに残っているような文化部の連中ならば、チャイムが鳴ったぐらいで帰るわけもない。

 校内はまだまだだいぶ、にぎやかな感じであったのだが、


「今日は終わりだね」

「うん」

「終わったねー」


 一斉に安堵の表情を浮かべる三人であった。

 蒼穹高校生徒会。会長愛宕ナミ、副会長秋葉カノン、書記羽黒ヒジリ。このチャイムを持って三人の任が解かれたのであった。

 でも、


「これでやっと生徒会の仕事ができる」

「今日はずっとトラブル対応だったからね」

「これからがんばるー」


 生徒会の仕事はそのまま残っているようで、ならば解かれた任がなんなのかといえば……? それは仮想現実の蒼穹高校を守るという仕事。校内ネットワークの管理業務なのであった。

「まったく、生徒会に立候補した時にはこんな仕事があるなんてしらなかったよ」

 ナミの言うのももっともである。

 なんでそんなものを生徒会がやっているのか?

 なんでこんな地味な高校に不正アクセスやら攻撃やらを仕掛けてくる連中がいるのか?

 この話を聞いた皆様も疑問に思うことだと察するが、それは生徒会に入った時に初めてそんな仕事をすると聞かされたナミも同じ。

 聞いた瞬間に叫びたくなった彼女なのだった。

 騙された!

 と——。

 誰にかと言われたら?

 彼女自身の母親になのだが……


『内申書とかに有利だから生徒会とかやっておきなさい。あなた受験したくないから推薦狙ってるんでしょ』


 実は、昔、蒼穹高校の生徒会長をしていたという親から勧められて会長に立候補したナミであった。

 朝食の席で唐突に言われた生徒会長立候補のすすめ。

 そういえば、明日から立候補受け付けたとか校内に張り紙あったよなとかパンにバターを塗りながら思うナミ。

 随分とタイミングの良い話に何か不自然さを感じるものの……

 彼女としても、そのアドバイスは随分納得感があるものであった。

 ——言われて見ればそのとおりだ。

 可愛らしい容姿やいつも一生懸命な性格もあり、クラスでも人気者のナミではあったが、実は課外活動や学級活動などは全くしていなかったのだった。「クラスではしわたれております」と内申書に書かれても、あるいは面接で主張しても説得感のないことこの上ない。

 それで大学を推薦狙って内申書に不安はないかと言われれば——なくはないと言わざるを得ない。

 でも、気づけば高校に入ってから早くも二年の秋。ここまで、ずっと何もしないで過ごしてきてしまったのはもう取り返しのつかない事実であった。

 別に何か大きな理由があったわけではない。

 中学時代なんの気無しに入ってみた剣道部は高校になっても続けようと思えるほど打ち込めなかったし(それに防具臭いし)、学級活動もなんかクラスの意識高い系の人が次々に立候補していくから1年後期の美化委員くらいしかやることもなかった。それでも日々もそれなりに楽しく、忙しく過ぎていくのでこれでもいいかな? 特に何か不安になることもなく、高校生活を過ごしていったのだった。

 でも、そんな状態で、大学受験を次の年に控えた秋に母親から放たれた一言「生徒会」。確かにそれは、その時の状態から一発逆転で何もかもうまく行くための魔法の言葉にナミに聞こえたのも無理はない。


 でも、実際に選挙になって見て、——ナミはなにか変だと思った。

 というのも、あまりに競争相手が少なかったのだった。

 生徒会長に立候補していたのはナミの他にはもうひとりだけ。

 こんな地味な高校にしても、それなりに、だいぶ、——正直なところ、うざいほどにいる意識の高い人たちがこぞって立候補するとばかり思っていたのだった。

 しかし、所信表明の演壇に立つのはふたりっきり。もう一人の会長立候補者は、どう見ても生徒会なんてやりそうもない地味で暗めな理系男子。演説でもネットワークがどうなの、セキュリティが何なの、とても生徒会当選に向けてとは思えないような話ばかりしている。

 やはりなにかおかしい。

 ナミはそこでやっとクラスのみんながアドバイスしてくれた様々な言葉を思い出すのであった。


『あそこは大変だから……いややりがいもあると思うけど』

『雑用が多いから、知ってると思うけど』

『……ナミちゃんがやるきなら頑張れると思うけど』


 まさかナミが生徒会のもう一つの仕事を知らないとは思わなかったので、少々遠回し言われたみんなの言葉。ナミがやる気ならあまりあからさまに否定するのも悪いと、へたに遠回しに言われた数々の言葉。

 天然の彼女は、それらを真に気を使ってもらっているだけと捉えてしまい、真の意味に彼女は至ることはない。

 ——生徒会は仮想現実の蒼穹高校でも生徒会、そのネットワークの管理者であることを……

 彼女はそれを会長に当選してから知ることになるのであった。


「ああなんで生徒会に入っちゃったのかな」

「んー?」

「でもナミは結構向いてると思うけどな。遺伝じゃない」

「それがそもそもの問題だよ。お母さん知ってたのに教えてくれなかったんだよ」

「ナミのお母さん。伝説の生徒会長ー」

「まるで教えてくれなかったの?」

「知るわけないよ。そんなこと今までまるで話したことないし」


なにもかも、すべて生徒会に入ってから知った話。

 ナミの母親の過去。その作り出した伝説。

 もう数十年も前の話。当時の学校が受けたサイバー攻撃にオロオロとする先生方を尻目に、解析、撃退、復旧までの指揮をして見事学校のネットワークを守り切ったのが当時の生徒会長だったナミの母親ということ。

 撃退された腹いせなのか、その後も何度かあった攻撃もプロバイダと協力して完璧に防御。当時先生方に詳しい人たちがいなかったこともあり、頼られまくることとなったナミの母親が、そのまま高校のネットワークを管理することになったということ。

 そしてその仕事は生徒会に代々引き継がれることになり、実に娘のナミが同じ高校に入るようになるまで続いていたというわけなのだが……


「向いてるのかな……」

「向いてるー」

「そうよ」

「むむ……」


 なんとも納得いかないナミであった。

 実際多分そう——「向いてる」のがさらに納得がいかないのであった。

 実は知らず知らずのうちに母親に英才教育を受けていたのが彼女なのであった。

 ——小さい頃の自分の家を思い出すナミだった。

 それが普通だと思っていたが、家には大きなルーターがあった。

 ルーターと言ってもみなさんの家にあるようなブロードバンドルーターではない。もっとプロバイダーやキャリアが使うような本格的なものである。これでも「プロバイダエッジで使うものだから」随分小さめなのよとは母親の言葉であった。でも子供の頃、他の家に遊びに行った時、小型の冷蔵庫を見て、「これがあなたの家のルーター」と尋ねて友達を疑問符の嵐にしてしまったナミであった。

 気づけば小学高学年の頃にはログインしてコンフィグを行い、故障箇所を切り分けてプロバイダに申告するまでするようになっていたのがナミであった。

 その頃からすれば、いつの間にか、仮想現実が発展して、前はコンピューターの画面でコマンドをたたいて様々な設定をしていたネットワークもサイバースペースに没入ジャック・インして、その中でアバターとなってオブジェクトを操作する。そんなふうにネットワーク管理のやり方も変わっていっていた。

 ——での基本は変わらなかった。ナミは家事の手伝いをするかのようにネットの設定をして、おつかいに出かけるかのようにトラブル改修に仮想現実を飛び回った。

 明らかに英才教育であった。ナミは興味がないので良くは知らないのだが、ネット関係の会社をやっているらしい母親は彼女を跡取りに? そんなことを考えていたのではないかと思われて、——そして、その計画は着々と成果をあげていた。いつの間にかナミはプロのシステムエンジニア顔負けの技術スキルを持つようになっていたのだから。

 しかし……

 母親の誤算は、娘の天然の度合いを見誤ったことであった。実に弩級の度合いであった。一流エンジニアがやるようなことを苦もなくやるようになった娘ナミであったが、あまりに自然にやるようになったのでそれが特別なことだとはまるで思ってくれなかったのだ。

 特別と思わなければ特別にやろうと思わない。習得したのは、あまりに専門的な技術も多く、そうであれば友達にそれを披露する機会もあるはずもない……というか小中学校でネットワークの技術が高いのを披露する機会などそうあるわけもない。

 彼女は自分の技術スキルがいかに特異かなのか知らないまま、それを外で活かす機会もないまま高校生になり……

 しかし、最後には母親の策略にハマり、そのネットワーク管理の腕を仮想現実サイバースペースで振るわざる得ない状況に追い込まれたという訳なのだが、


「あ、また来た!」


 物思いにふけるナミの顔は一瞬で緊張感あるものに変わる。生徒会室に鳴り響くアラームと隅で回るバドライト。それは今日二回目のサイバーアタックを告げる合図であった。

 しかし、


「もう時間外よ」

「先生がいるから大丈夫ー」


 二人の言葉に、


「一応行くか」


 と言うなり、仮想現実に変わる3人の周り。

 そして、サイバー校舎の生徒会室の窓からひとっとび、屋上に移動して見る上空は、


「なんかさっきよりたいへんそうだね」

「空が黒いわ」

「でもアン先生が楽しそうー」


 点を埋めつくさんばかりに広がる攻撃者。竜の軍団を目の前に、空に浮かび不敵な笑みを浮かべるのは蔵王アン。生徒会顧問にして、彼女もこの高校の生徒会長をかつてやっていた女性。

 ということは……


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 在学中も武闘派の生徒会長で知られた先生の戦いは、すさまじく——やり過ぎ。

 あっという間に空が火球に包まれて、竜は焼き尽くされて、そのまま先生は東の空に飛んで行く。


「ありゃ、機嫌悪いね」

「中間テストの採点の邪魔されたとかじゃないかしら」

「ご愁傷ー」


 絶滅菩薩——在学中はそんな物騒な二つ名をもらった生徒会顧問の向かう先の攻撃者クラッカーの行く末を案じながらも、まずは学園のネットワークの安全を確信しながら現実リアルへと戻る生徒会の三人であった。

 生徒会はあくまで学生の自主活動。学校の下校時間も過ぎ、これからは大人の時間。彼女たちの責務は終わった。

 実は、近々、そんなことも言ってられない事態に巻き込まれてしまうのではあるが、この時には、まずは溜まった生徒会庶務を今度こそ始めるナミなのであった。


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(ここからは用語解説です)


「ルーター」

 インターネット上のネットワークとネットワークをつなぐもの。家によくある一般向けインターネット回線(フレッツとか)と家庭内のLANをつなぐものはブロードバンドルーターと呼ばれますが、これはこの使用目的に合うようにインターネットのつなぐ機能(ルーティング)で必要とされる機能をかなり制限して代わりに安く取り扱いやすくしたものになります。プロバイダなどで使われるルータはその機能や処理の能力により様々なで、オーブントースターくらすの大きさから、果てには業務用冷蔵庫かという1トンクラスの巨大なものまで様々なものがありますが、ナミが友達の家の小型冷蔵庫を見てルーターと勘違いしたところをみると、彼女の家庭には相当大きなルータが置かれていたと思われます。少し変わった家庭のようですが、こう言うの結構ヤフオクとかで買って家に置くエンジニアも多いようですよ。

 なお、同じくネットワークとネットワークをつなぐものとしてはスイッチという言葉もありますがこれは通常イーサネットワークをつなぐものにつかわれます。ルータはインターネットネットワークをつなぐものとまずは考えてください。このルータとほぼ同義語のL3スイッチなどという言葉もあり、正確には分類はもうちょっと複雑ですが、これを正確に言うにはインターネットの階層レイヤー構成やルータやスイッチのアークテクチャーの歴史を語らねばならなく長くなるので、機会があればでお願いします。


「プロバイダエッジ」

 インターネットプロバイダーという言葉があります。インターネットを供給プロバイド(provide)するの名前の通り、インターネットを使うための環境やネットワークを供給する会社やサービスのことをそれはさします。固定回線においては、日本で普通はほとんどの人はこのような会社を通じてインターネットとつながっていると思います。

 もう一つ紛らわしい言葉でキャリアというものがありますが、これは通信キャリアと呼ばれるインターネットも含めた通信のための基盤ネットワークを提供する会社のことを言い、日本ではNTTやKDDIやソフトバンクなどの通信会社を指していると思えば間違いはないと思われます。インターネットプロバイダーはこの通信キャリアからネットワークを借りてインターネット接続環境をつくる会社で、例えばOCNはNTTという通信キャリアがやっているインターネットプロバイダーと言うことになります。

 と、話が長くなりましたがこのインターネットプロバイダーのエッジに位置する装置のことをプロバイダエッジといいます。それはルーターの場合やスイッチの場合など、インターネットの他のネットワークを供給プロバイドする場合も含めて様々な物があるのですが、いろんな用途に応じてプロバイダーのエッジにある装置をプロバイダエッジという概念で包含して考えます。

 これは、プロバイダーとユーザのネットワークの分界点となるので、設備の設計や故障の解明の際に頻繁に用いられる重要な概念となります。


「コンフィグ」

 config——configurationの略で、設定のことと思ってもらってまず間違いがないですが、本来は構成などの意味があり、普通コンフィグと言った場合、ソフトウェアの構成、software configurationを指しますが、機器などハードウェアの結線や配置などの構成、hardware configurationもコンフィグという言葉で表現されます。


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