売られた花嫁の紅涙

猫野みずき

元の女王は今は奴隷に

第1話 売られた花嫁

「さてお集りのご通家な紳士淑女の皆様方、本日一番の上物奴隷の登場でございます」

 口上を述べる黒い覆面姿の奴隷市場の主が、目配せをした。心得たとばかりに、子分が鐘を鳴らして、奴隷を買い付けにきた「通の」紳士淑女たちの耳目を集めた。

 冷たい鐘の音を合図に、皆の視線が粗末な木の舞台に集まった。それまでひそひそと交わされていた会話も自然に治まった。

「おい、歩け」

 奴隷商人に小突かれてようやく歩を進める二人の奴隷は、両人ともすっぽりとマントにベールで被われ、どのような容貌の持ち主であるのかわからない。背格好から判断するに、一方は若い屈強な男、もう一人は蜂のような細い腰のたおやかな乙女のようである。二人は、ロープでしっかりと手を後ろで縛られ、足には自由に身動きできないように鎖がつけられていたが、お互いを気遣いながら一歩一歩進んできた。

「止まれ。前を向け」

 二人は言われたとおりに歩みを止め、ちょっとお互いの存在を確かめるように見えない視線を交わすと、奴隷市場という闇のマーケットに集まった訳ありの貴族たちの方を向いた。

「それでは、本日最後の競りを始めます。これまでにない上物の奴隷たち、それは……女、わが国の元女王にて、「黒の女豹」の異名を取りし猛き乙女、シノ・カグラ・トウギ!男、女王の夫で元の公爵、『美将軍』リュウ・アズマ・トウギ!」

 子分たちが二人のマントとベールをさっと剥ぐ。舞台の上には、輝くばかりの黒い切り下げ髪のうるわしい乙女と、背が高く漆黒の髪を束ね、身体には刀の傷痕も生々しい、若きあてなる美丈夫の姿が現れた。

 一瞬、沈黙が流れたが、そのあとは、鬨の声をあげるかのようなどよめきがしばらく止むことはなかった。先のクーデターで生死不明となっていた、この国の元首とその背の君が奴隷となって、この闇の市場で「売られる」ことになったのであるから、無理もないことであろう。

「この二人が、新枕を交わさぬうちに捕縛され、生死不明となっておりましたのは、皆さまご存知の通りでございます。奴隷としてお買い上げの際には、二人一緒でもよし、ここが今生の別れにしてもよし。まだ純潔を汚しておらぬ処女王を辱めてもよし、『美将軍』の端正な肉体に、さらなる傷をつけて楽しまれてもよし……」

 主は、ひひひ、と気味の悪いしわがれた笑い声を上げた。

「値段を聞こう」

 一人の貴族が主に聞いた。主は値を告げた。貴族は眉をひそめる。

「む……一国の国家予算ではないか」

「そうですとも、この二人は腐っても王族の直系、元の元首と背の君でございますし、手に入れるにはそれなりに、その筋への協力も必要でございました。それに、この誇り高き元の女王が、自らの値を絶対に下げるなと申しまして」

 あれほどどよめき立った市場のホールは、一気に静まり返った。慰みものとして、あるいは自らに箔をつけるため、主従逆転の倒錯した関係を夢見て二人を買おうとした者も、渋い顔をして黙り込んだ。元の主君を奴隷として買う悦楽のためには、一国の国家予算に相当する金をつぎ込まねばならないが、そうすると大概の「新たな主人」たちは破産の憂き目を見ることになり、自分もまた債務奴隷となってこの場に舞い戻ることになる。皆は、元女王シノの誇り高さと聡明さに舌を巻いた。


「よろしい。女王の心意気は私が買った」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る