第17話 乾杯!



 ミノタウロスの後片付けをしたのち、マールが「一応ね」と索敵をもう一度発動させて何もいないことを確認した。


 マウンテンペアーの町に戻り、ギルドに向かえばカロルさんは教会に出かけているという。


 「なら、これをお渡しください。後ほど報酬を頂きに参ります」と受付にマールのマジックバックを預けて、ペディ戦士団の拠点の宿屋に向かいマリンを回収し。

 そして、マールの案内でマウンテンペアーの町名物『ホウトウ』が食べれるという食堂、『やまなし亭』へ。


「えーっと俺はホウトウと、あ、米がある! 大盛りで!! ノアールはなにがいい?」

「私はこのナッツの盛り合わせを」

「お姉ちゃん、マリンなにたのんでもいいの?」

「うん、今日は好きなもの食べていいよ。お姉ちゃん頑張ってきたんだから! 私はサラダと折角ですし、ホウトウとビールをお願いします」

「やったー! マリン焼肉丼定食がいい!!」

「マリンちゃん随分ガッツリだね……じゃあ僕はホウトウとビールください」


 各々好きなものを注文し、マールとエグさんはビール。俺とノアールとマリンはジュースを手に持って。


「では、本日は大変お疲れ様でした。乾杯!」

「「「「「かんぱい!!」」」」」


 ノアールの音頭で、乾杯となった。ちなみに俺は酒を飲める年齢だけど、こわいからやめといた。

 誰が髑髏か中に酒を入れるって? 流石に現役魔王やってた時ですらそんなのしてませんよ!! 中身はジュースだったよ美味しい!!


「ん、ホウトウって麺がデカいというか、幅広いというか……おいしい、食べ応え最高だな」

「それでもマスターはお米を食べるんですね?」

「米は米だ」

「この辺の主食はパンなんだけど、ここでは店主が東の王国出身で米があるんだって。ライルって東側出身なの?」

「まぁそんなところ。あ、ノアール、マリン。溢してるぞ」

「む、溢す時は溢す。しょうがないのです」

「しょうがないのです!!」

「あぁ、もうマリンったら……私は西側出身なので、お米というのをこの町にきて初めて知りました。ホウトウも西側には無い食べ物ですね。お野菜もたっぷりで、この甘いスープ、とろみがあって美味しいですね」


 俺がノアールの口元を拭き、エグさんがマリンの口元を拭く。

 ノアールは礼儀正しい癖に食べ方は雑だなといったら、怒られるから黙ってよ。


「それにしても、今日は凄かったね……」

「そうですね……ライルさんは確実にレベル上がっていると思います」

「まじで?」

「ミノタウロスを一発で凍らせたんだから、上がるに決まってるよ。で? ライルの魔法だけどさ」


 「ちょっと詳しく、教えてくれないかな?」というマールの目が笑ってなくて、俺はホウトウを喉に詰まらせた。

 「ライルさん大丈夫ですか!?」とエグさんが飲み物を渡してくれて、一気に飲み干し、一息つく。はぁ


「げほっ、分かった教えるから……」


 ノアールをちらりとみれば「ご随意に」とナッツをつついている。マスターの危機だよ、助けてよ……。


「あー俺はマールの言った通り、呪文詠唱が短くても結構な威力で魔法を発動できる。で、思ったのはマールや他の奴にはそれが出来ないのかだ」

「うーん、普通は出来ないというか。学校の教科書では呪文が長いほど上級魔法になるって書いてあるからね。皆必死に呪文を長くしようとしてるよ」

「それは理解できるけど、魔法の段階は三段階までしか上がらないだろ? しかも四元素魔法の基礎呪文は固定化されてる。長くしようにも限度があるから、詠唱時間をどこまで短縮するとかの研究はされてないのか?」

「僕が知ってる範囲ではされてないかな。というか、呪文を詠唱すればいいとしか習わないんだよ。詠唱さえできれば魔法は誰でも使えるんだ。MPと詠唱を完璧にすれば、そこにいるマリンが上級魔法を使うこともできるし」

「んー? ちょっと待って」


 こんがらがってきたので、一旦整理しよう。

 

 まず、魔法は呪文が長ければ長いほど強くなるとされている。が、初級・中級・上級という三段階までという限度はあり。

 それは昔からの決まりだからオッケー。


 次に、魔法は「呪文を詠唱すれば発動できる」とされている。のは、初耳だ。

 俺が大昔勉強した時は「まずは詠唱する呪文の意味を理解しなければならない。それを理解した上で使用する魔法のイメージを行なう」とされていた。そして、魔法陣の中身を理解し、MPを上げやっと魔法を使用できるもの。だと思っていたんですが。


 唱えるだけで簡単に発動とかずるくない? 舌噛みそうになるけどな。


「呪文を言えれば、基本的には魔法は発動する。ってことか。なにそれ楽だな……」

「いや、詠唱が長いから多くの人は初級魔法しか覚えないよ。上級魔法の呪文を知っていたとしても、どこかで言い間違えると発動しないから、魔法使いは魔導書を持ち歩いてるくらいだし」

「魔導書?」

「あれ、知らない? 魔法の呪文が書いてある教科書みたいなものだよ。流石にあの長い呪文を覚えるにも限度があるからね」


 「僕も覚えている魔法は少ないから、たまに持ち歩いてるよ」というマールに俺はますます首を傾げていく。

 ってことはだ。もしかして魔法は呪文を唱えればいいだけになったかわりに、魔法内容、意味、魔法陣を理解しなくても使えるようになったというわけだな。


 エグさんが「魔法陣を描ける人はいない」と言ってた理由がわかった。覚える必要がないんだな。


 やはり千年経っているだけあって、進化はしてるようだ。


 まぁ簡略化した分だけ呪文が長くなったと。いいのか悪いのか、微妙なところだが、初級呪文あたりに至っては短いから楽でいいだろうな。生活汎用に進化しているのかもしれん。


「で、ライルは短い詠唱で上級レベルの魔法を行使した。だからかなり画期的というか、凄いんだよ。そして是非、教えて欲しい」

「うーん、教えてもいいだが、多分使えないぞ」

「どうしてですか?」


 魔法に関しては専門外なのか、食べることに専念していたエグさんが不思議そうに聞く。


「俺は魔法が呪文を詠唱するだけでは発動しない。って思ってるからかな」

「どういうこと?」

「うーんと、例えば水属性の上級魔法は『アクアオーネロ』だろ? この呪文の意味わかるか?」

「呪文の意味って、言葉の意味ってこと?」

「そうそう」

「私にはわかりません。水属性の呪文だとしか覚えませんでしたから」

「僕も言葉の意味までは考え付かなかったかな、覚えるのに必死だったから」


 「にゃるほど。んじゃやっぱり教えても使えないだろうが、答え合わせな」と言って、テーブルの上にあった空のコップを四つ置く。


「『アクアオーネロ』の意味は『水よ水よ水よ』だ。例えばこのコップ一つが『アクア』だとする」


 空のコップに≪アクア≫を唱えると水が入っていく。二つ目のコップに≪アクアオー≫を唱えると≪アクア≫よりも倍の量の水がコップに入る。


「んで『アクアオーネロ』を唱えるとさらに追加で水の量が増える」

 

 三つ目のコップに、≪アクアオーネロ≫を唱えるとコップの中は水で一杯になり、零れるか零れないかを保っている。


「簡単に言うと『アクアオーネロ』は同じ意味の言葉を重ねて、水の量を増やしているだけの魔法だってことだ。これを理解すると、」


 四つ目のコップに手をあて「≪アクアアクアアクア≫」と俺が詠唱すると、一気にコップが水で一杯になった。≪アクアオーネロ≫を詠唱した時と同じ量の水だ。


「って具合なんだが。わかったか?」


 「俺の教えかた下手くそだった?」と聞けば、無反応。

 アレ? と首を傾げてノアールを見れば「流石マスターですね」と笑っている。鳥だから正直表情は分からないが声が笑っている。

 よくわかったぞ、俺はまたやり過ぎたんだな!! このやろう止めてくれよノアール様!!


「ライル、なんか、凄すぎてよくわからなかったけど。呪文の意味を理解すれば初級呪文でも上級に匹敵する魔法になるであってる?」

「大体あってる」

「では、今から呪文の意味を理解すれば私達も使えるようになりますか?」

「うーん言葉の意味以外にもイメージも大切だから、既に『アクアオーネロ』が上級だと思い、魔法を完成させている大人にはなかなか難しいかもな。マリンくらいなら覚えれば使えると思うけど」


 「な、マリン」とマリンに笑いかければ「ふえ?」とスプーンをくわえて首を傾げた。口の周りが焼肉のタレだらけだぞ。


「そっか、残念だな。詠唱が短ければ戦闘時に役に立つのに……それにしても、ライルは魔法をどこで勉強したの? 学校じゃないよね、魔導書も知らなかったみたいだし」


 「ね? どこ?」と目が笑ってないマールに、また俺はむせた。だからこわいっての!! 


 かといって、これ以上正直には答えられないな。俺の魔法は千年前なら普通に学校で習ったことだ。と、言っても俺の学校成績は下の下。魔王になってからやっと魔法を理解したようなもんだ。

 さて、どうやってはぐらかそうかな。


 と、思っていたら、ノアールさんが先手をうってくれた。


「マスターは酷いいじめを受け、外出が出来なくなりました。そのため学校には行かず家で一人引き籠り、独学で魔法を覚えました。世間に疎いのもその所為です」

「いじめ、……ライル、なんかごめん」


 「色々大変だったんだね、詮索して悪かった。ごめん」とマールが頭を下げたので、慌てて「いやいやいやいや! もう大丈夫だから!」とマールの頭を上げさせようとすれば「ライルさん、そのいじめの首謀者は何処にいらっしゃいますか?」と何故か握り拳を作り、首を傾げながら言うエグさんの目が笑っていない。



 どうしてこうなった。


「ノアール!」

「嘘はついておりませんよ」

「ライルお兄ちゃんいじめられてたの? いいこいいこする?」


 ノアールに「間違ってないけど!」と叫べば、俺の膝の上に登ってきたマリンが俺の頭を撫でてくれる。

 うん、いいな妹。妹はもう無理だから娘が欲しいな。相手作らないと話がはじまらないけどな!! 

 現実逃避だよ悪いか!!


「妹か、娘が欲しい……癒しよ」

「マスター、お子さんの前にまず相手が必要です」

「彼女? 僕が紹介しようか?」

「だめですだめです!! ライルさんにはそれ相応の相手じゃないと!! ……わ、わたしみたいな……あぁ、でも私弱いし、魔法使うの下手くそだし……うぅ、」

「マリンがライルお兄ちゃんの妹になってあげるよ!!」

「お、ほんとかマリン。可愛いマリンにはホウトウをやろう」

「マスター私はどの立ち位置でしょうか?」

「うん? ノアールは俺の家族だと思ってたけど」

「ふむ、今はそれでよいですが、将来的には肉親をも越えた関係が良いです」

「どんな関係だよ。お前は俺の使い魔で家族だよ、姉とかどうだ?」

「姉……いいですね」

「気に入ったようでなによりだよ」

「ハァハァ、ノアールちゃんとライル、種族を越えた関係か……いいね、いいね! もっとやってくれ!!」


 「うるさいぞ変態」と頭を叩くと、マールは机の上に突っ伏した。


 そんなマールの様子を見て思う。かなり酔っぱらっているこいつ。

 いつもより変態度が酷かったから絶対そうだ。つか普段は押さえて言ってたのかよ、それもそれで凄いな、残念な変態イケメンよ。


 コップにはいった水をちびりと飲み、エグさんの方を見れば「うぅ、わたし、もっとがんばって強くなって……こ、こくは! きゃーっ!」と真っ赤な顔の両頬に手をあてながらクネクネ動いている。……エグさんも酔っぱらっているのかなこれ。


「お姉ちゃんくねくねしてる、なんで?」

「マリンさん、大人になったらわかりますよ」

「とりさんはわかるの? ライルお兄ちゃんもわかる?」

「私はわかりますよ。ですが、マスターは鈍感でいらっしゃるようですから、分かっていませんね。まだまだ子どもです」

「悪かったな子どもで」

「ライルお兄ちゃんも、私とおなじ子どもなの!?」


 「すごいなんで!?」と子どもによくある「なんでなんで」攻撃がきた。

 ノアールよ、どうしてくれる。大きな子どもの俺にはこの攻撃はかなりきついんだぞ!! 答えられないからな!!



 カオスと化しているこの場所にどうしたもんかな。と思いながらも、頬が緩む俺がいる。

 



 今まで誰かと、こんな風にバカ騒ぎしながら飲んだり食べたりしたことがなかったから。


 ずっと一人だったから。


 羨ましかった、友達が、仲間が、家族がいる人たちが。



 そして、恨んでもいた。

 俺にはないものを持っていて苛ついていた。

 俺には必要が無いものだと思っていた。だけど、



 悪くないな、こういうの。



 友達が、仲間、家族がいるってこんなにいいものなんだな。



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