Act.0027:でも、きっと彼なら……

 アニムにとって昨晩、世代セダイから説明された話は信じがたい内容だった。

 世代セダイには何度もいろいろと驚かされているが、今回のはその中でもとびっきりである。

 だが、世代セダイの仲間であるフォーという銀髪の少女が見せてくれた証拠の品は、アニムとしても信じるしかなかった。


 もちろん、最初はその証拠というのが本当なのかといの一番に疑った。

 そして、フォーという少女が嘘をついているのではないか、できるはずがないではないかと疑った。


 しかし実際に彼女は、警戒の厳重なこの城に侵入を果たしている。

 そしてアニムの部屋の前にいた見張りの衛士さえ、いとも簡単に夢幻の中に落とし、城内を誰にも気がつかれず我が物顔で動き回っていたのだ。

 見た目は少女だったが、その力はそこらの魔導士も顔負けの力を持っていたのである。


「叔父様。これが叔父様の書斎にありました」


「ばかなっ!? それは金庫――っ!」


 なるほど世代セダイの言ったとおり、叔父は口を滑らせやすいらしい。

 そう確認すると、アニムは悲しくなった。

 本当は1パーセントぐらいは、叔父を信じていたのだ。

 アニムにとって、叔父は父親と兄の愚行をとめる最後の希望だったから。


 だが、彼は自ら認めてしまった。

 フォーが証拠だと持ってきた、表紙に【フルムーン・ガンマ】と書かれた魔生機甲設計書ビルモアが自分の持ち物だと言うことを。

 そして、それが意味することは、世代セダイが教えてくれた。



――これは、新月ニュームーンが作った魔生機甲レムロイドだ。もうかなり別物になっているけど、元々はボクの魔生機甲設計書ビルモアを参考にして作られたものなんだよ。



 つまり、この証拠はネガルが新月ニュームーンと繋がっていたことを意味する。


「アニム! それをこちらによこ――」


「――失礼。ネガル様」


 ヒンディの腰に下がっていた剣がいつの間にか抜き身となり、ネガルの首元で光を返してた。

 ネガルが、その威嚇で身動きできなくなる。


「……アニム姫。それをお見せいただけますか?」


 アルディに言われ、アニムはそれを黙って渡す。

 受けとったアルディが、それを開いて確認する。

 彼にはすぐにわかったはずだ。

 それが本物であるということが。


「まだ、叔父様の書斎にはたくさん同じ物がありましたニャ。これ以外にもいろいろな魔生機甲設計書ビルモアがたくさん……」


「ネガル様、これはいったいどういうことでしょうか?」


 アルディの尻尾がピンッと立ち、その双眸に激しく燃えさかる炎のような怒りが宿る。

 その炎に当てられたように、ネガルが顔をひきつらせて額に汗を浮かべている。


「ふっ……ふざけるな! このような物、私の知らぬことだ! どういうつもりだ、アニム!」


「おとぼけになるおつもりですか、叔父様……」


「なんのことだ! とにかく剣を退け、ヒンディ! 無礼だぞ! ……衛士! 誰か衛士はおらんのか!」


 必死に怒鳴るネガルに、アニムは首をかるく横にふる。


「叔父様、近くにいた衛士にはすべて眠っていただきました」


「――なっ!? アニム、お前にそんな力が……いつのまに……」


 ネガルと一緒に、ヒンディ、そしてアルディも「ほう」と驚く。


「アニム様、いつの間にそんな法術を? 拡張属性【心】や【幻】などが使えるようになったのですか?」


「そんなことより!」


 アニムは、ごまかすように強きに言い放つ。

 本当は、金庫を開けて魔生機甲設計書ビルモアをもってきたのも、周囲の衛士を気がつかれないように寝かしたのも、すべてフォーという少女がやったことだ。

 しかし、その存在は秘密にしておかなければならない。


「アルディ、父上も兄上も新月ニュームーンに騙されていたのですニャ。魔獣召喚は失敗し、我が国も痛手を与える策略なのニャ!」


「なっ、なんですって!? ……ああ、なるほど。責任をとらせて、ネガル様がおいしいところをかっさらう作戦ですか」


 察したアルディに、アニムは力強くうなずく。


新月ニュームーンの目的は、両国の戦力を減らすこと。そしてもうひとつは、叔父様を聖国の王に祭りあげて、その叔父様を裏から操り聖国を実質的に支配することですニャ」


「無礼だぞ、アニム! 私は新月ニュームーンに操られたりなど――」


「お黙りください、ネガル様」


 ヒンディが剣先を喉仏にあてて、ネガルを黙らせる。

 その様子に、アンディが両肩をすくめて、困り顔で大きくため息をつく。


「……これは参りましたな。我々はアニム姫に説得されるしかないらしい」


「――! では、父上たちを説得してくれるのニャ!?」


「確かに、このまま新月ニュームーンの言いなりで魔獣召喚をさせるわけにはいきますまい。とりあえずやめさせて、事実関係を確認いたしましょう。まだ実行には日がありますが、伝話で連絡すれば間にあうでしょう」


「……ありがとうなのニャ、アンディ」


「国と王族を守る大衛士として、礼を言うのはオレの方ですよ、アニム様。……正直、驚きましたよ。魔術の力もですが、まさか1人でここまで来て、調べて、策略を察して暴くなんて……。いつのまに、こんなに大きく、立派になられたのやら」


「そっ、それは……」


「――アンディ様、ヒンディ様!」


 アンディの言葉に良心が咎めた時、背後から慌てた声が割ってはいった。

 振りむくと、そこにいたのはアンディたちの若い部下だった。

 彼は開きっぱなしの扉から飛びこんできて、中の状況についていけず固まってしまう。


「こ、これはいったい……」


「ああ。状況はあとだ。なにがあった?」


 アンディにうながされ、部下ははたと我に返る。


「――ハッ! 今し方、本国より緊急遠距離伝話が入りました」


「なにがあった?」


「はい……ここでは……」


「ああ、かまわないから言え」


「ハッ! 日本王国に魔獣召喚を察知されたため、伝話後にすぐさま儀式を開始するとのこと。アンディ様、ヒンディ様に関しては至急、帰還命令が出ております」


「なっ……なんだとぉ!? おい! 大至急、本国に伝話をつなげ!」


「それは無理です。すでに儀式が始まっており、その影響で伝話の接続が聖国まで届かなくなっております」


「――チッ!」


 アンディが大きな舌打ちをならす。

 これほど慌てたアンディを見たのは、アニムは初めてだった。


「アンディ殿! ここは部下に任せて、我々は魔生機甲レムロイドで直接、現地に向かいましょう。惨事になる前に、我々でとめるのです」


「……そうだな。姫、悪いが部下と共に戻ってきてくれ!」


「わ、わかりました。急いで行ってください。これは聖国の危機です!」


「命に代えても!」


 アンディとヒンディが部下に命じて、この場をどうするか指示する。

 むろん、アニムと大衛士2人の名において、ネガルを監禁する。

 ネガルを慕う部下も、ネガルを人質にとることで抑えるしかないだろう。


(それと同時に、わたくしはこのことを世代セダイに伝えないといけないニャ……)


 魔獣召喚の前倒し。

 これは世代セダイの昨夜の説明にもなかったことだ。

 きっとこれは予想外のことのはずである。


(でも、きっと彼なら……なにか手を打ってくれるはずニャ)


 少し変わった、そして優れた魔生機甲設計者レムロイドビルダーでパイロットの少年。

 それでもアニムは、彼にこの現状をなんとかする力があるとなぜか思ってしまったのである。

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