モニカの奇妙な相棒 ~ 最強スキルは、俺自身!? ~

@Makalu

序章 出会い

0-1【知らない少女と、知らない世界1:~目覚め~】

 

 何もかもが凍り付くような、真っ白な氷の世界の中で・・・・




 ・・・・憎たらしい。


 なんと憎たらしいことか。


 だが一番憎たらしいのは、もう諦めてしまった自分の心だ。

 奪われて・・壊されて・・・でも何もすることが出来ないでいた。


 恐怖が、もう助からないという冷めた心が、足掻くことを止めさせていた。

 そしてそのことを認識した時、自分の目に涙が溢れてきた。

 自分の頭の上に”そいつ”の頭がある。


 これから自分は父のもとへと向かうのかと思うと、不思議と恐怖は湧いてこなかった。


 ”そいつ”の口が開く。


 どうやら見逃してはくれないらしい。

 あの口が閉じられたときが、わたしの最後だ。


 それは”いやだ”な・・・


『・・・・を・・・え・・・』


「え?」


 頭の中に謎の声が聞こえてきた。


『・・すい・・・を・・・かえ!』


 やはり聞き間違いではない。

 微かだが、頭の中で誰かが叫んでいた。


 そして奇妙なことに、周りの景色がスローモーションになり、眼前に迫ってくる大きな口が、あまりにもゆっくりに見えた。


『”魔水晶”を使え!』


 今度ははっきりと聞こえる。


 だがその内容の意味がわからない。

 こんな時に魔水晶なんて一体どう使うというのか?


 だがその問いが通じたのか、まさかの返答があった。


『”魔水晶”の中に魔力を入れろ!』


 なにやら具体的な指示が飛んできた。

 まあいい、どうせ死ぬまでの僅かな時間の事だ。

 そう思いながら魔力を押し込んだ。


『!?よし!、魔力を入れたな、あとは・・・ええっと、名前!』


 名前?

 そんなものが何になる?


『そういうのいいから!、早く名前を教えろ!』


 随分と命令口調な奴だな。 

 そう思いながらも気がつくと自分の口を動かしていた。


『 ”・・・認証完了・・・個体名:◯◯◯ を登録” 』


 なんだろうか?


『 ”・・起動プロセスの正常な動作を確認” 』


 頭の中に様々な情報があふれかえる、そして・・・


『 ”スキル群と管理用インテリジェントスキルのリンクを確認” 』


 力が溢れてきた様に感じた。



『 ”スキルID:04 :ランク:”王位”:スキル名”フランチェスカ” を起動する” 』





※※※※※※※※※





 1ヶ月前・・・・



 真っ白

 

 それが俺が感じた最初の感想だ。


 視界いっぱい白だけで塗りつぶされていて、正直眩しくてたまらない。

 だが、よくよく見てみると同じ白でも場所によって微妙に色が違う事がわかった。


 視界の上側3分の2は痛いまでに眩しい白だが、その下は白くはあるがそんなに眩しくはない。

 なんだろうこれは?


 その時、真っ白だったはずの視界が突然暗転してしまった。

 そして何事かと驚く間もなく、また元の真っ白な世界に戻る。

 驚きで暫くの間、自分の思考が止まっていた。


 するとまたも視界が暗転し、そしてまたすぐに元に戻るという状態を、何度も、何度も繰り返した。


 その様子を注意深く観察してみると、どうやら数秒に一回のペースで暗転するらしい。

 何回かその様を確認していると、その正体が分かった。


 なんのことはない "瞬き" だ。


 ただ明らかに自分の意志とは関係ないようで、どれだけ念じても自分では瞬きできないし、止めることもできない。

 真っ白な視界と、ときどき真っ暗、それだけがずっと続く。

 そんな真っ白な視界をずっと眺めていると、下の方には立体感があり平面上に広がっている事に気がついた。

 どうやら地面のようだ、すると上の方は空か?

 

 どうやら空らしい。


 薄く、しかしどこまでも霧のような雪が視界を遮っているので分かりづらいが、たしかに空間めいた感じになっていた。

 するとここは雪国だろうか、そういえばさっきから妙に寒い気がするな。

 気にした途端に全身が凍えるような感覚が襲ってきた。

 

 そういえばこの体はいったいどうなっているのか?

 

 ずっと感覚めいた情報を感じるが、かといって動かそうと思っても呼吸一つ好きにできない。

 まるで自分の体を誰かが動かしているみたいで気持ち悪い。

 というか、そもそもこれは自分の体なのだろうか?


 というか、自分はいったい誰だ?


 なにもこれはいわゆる高尚な哲学的問答などではない。

 文字どおり記憶と呼べるものがこの数分しかないのだ。

 

 記憶もないのに、”瞬き”だの、”呼吸”だの、”雪”だのといった単語は出てくるのか、

 

 ”この不思議な頭め!”

 

 などと頭の中で喚いてみても、何かが出てくる様子は無い。

 大した記憶もなく体も自由がきかないため、意味のない思考をするしかやることがない有様だった。


 だがその時、感覚の中に違和感が混じる。

 まあ別に大層なものではない、ただの”痒み”だ。

 そう、突然痒くなったのだ、臀部…いわゆる尻が。

 尻が痒くなったからどうだというのだ、そんなものをわざわざ書くほどのことかと、多くの人は思うだろう。


 しかし現在自分は体の自由が利かぬ身、当然尻は痒かろうが対処をすることはできない。

 そしてその痒みは段々と勢いを増してきていた。

 しかし今は掻くことはおろか、モゾモゾと体を揺すって紛らわせることすらできない。

 こうなると半ばパニックだ。

 なんとかしてこの尻を掻けないうものかと色々思念を発してみるも、なにもなし。

 このまま痒みの海に溺れてしまうのかと、絶望しかけたその時、


 不意に右手が動いた。


 しかもまるで意思を持つかのごとく、迷うことなく尻へと伸びていき、当たり前のようにそのまま尻を掻きはじめる。

 もちろん自分の意志ではないので、違和感が半端ではなかった。

 他人の手で掻かれているのに痒みの場所を正確に感知しているようで、快感と同時に、なんともいえない違和感があるのだ。


 そして腕を動かしている存在はひとしきり尻を掻いてて満足したのか、右手を元の場所に戻した。

 元の場所・・・先程は気にもしなかったがどうやら何かを掴んでいるらしい。

 そして右手よりは少し前に位置するが左手も同様に何かを掴んでいるようだ。


 何か棒のようなものにしがみついている形になるのだろうか?


 よく見ると視界の右下から中央に向けて棒状のようなものが見える、ついでに左手のようなものも見つけた。

 どうやら2mくらいの棒に両手でしがみついているようだ。

 と、いうよりもその棒状の物の上にのしかかり、両手で掴んでいるといったほうが正しいか。


 とにかくその棒も左手も真っ白、この分だとおそらくは全身白ずくめなのではないのだろうか?

 そういった奇妙な出で立ちでこの視界が悪い場所に伏せっているらしい。


 なんで、こんなことをしているのだろうか?

 そんなことを考えても思い出すことはできない。

 どうにもこの体を操っている奴は、確固たる意志でもって行動しているようだが、それがなにか思い当たることはない。


 今までの状況から分かるように、どうやら自分はこの体のコントロール権を持ってはいないらしかった。

 そして何か別の意志がこの体をコントロールしていて、おそらくそれは今までずっとそうだったのであろう。


 ということはだ、どうやら自分は、”どこぞの誰かの頭の中に入り込んでしまった”、ということになるのか?


 そうなるとこの珍妙な現象の答えは、簡単である。


 誰かに入り込んで、その様を観察しているなんて現象は、古今東西どこを見渡しても”夢”以外の何物でもないはずだ。


 仮にこれが夢だとするならば今までの記憶がなくても不思議ではない、夢の中で過去について詳細に思い出すことは、おそらく困難を極めるだろうし、思い出せなくてもそこまで気にならない。

 この微妙に一般常識めいたことは覚えている不思議な状況は、まさに夢のなせる技なのだろう。

 今、夢と自覚したので、さしずめこれは明晰夢とやらになるのだろうか?

 

 まあ、これが夢ならばやることは簡単だ。

 いい夢なら継続して惰眠をむさぼり、悪い夢なら何かの拍子に飛び起きることを願う。


 対処がシンプルになった途端、気分は軽くなり、この現状について心配事はなくなった。

 むしろせっかくの明晰夢なのだから、何かできないものかと色々と思案してみる。

 明晰夢は思い通りのことができると聞くし、何かできないか試してみたい。

 具体的には、今は目の前にきれいな裸の女性が現れないかと神経を集中している最中だ。


 しかしこの明晰夢、どうもそうはうまくいかないらしい。

 いくら強く念じても目の前に裸の女性が現れる気配はない。

 くそっイメージか!?イメージが足りないのか!?


 そうやって不毛なことを続けていると、ふと胸が苦しいことに気づいた。


「・・・っう・・・」


 どうやら、長時間同じ姿勢でいたため、地面にずっと押し付けられていた胸が痛くなってきたらしい。

 たまらず右手で胸をさすり始めた。

 この時気づいたのだが、どうやらこの体は女性らしい。

 

 右手の感触が僅かな胸の柔らかみを捉えていた、あとついでに声もかなり高音だ。

 なるほど、イメージが少し異なって具現化したようだ。


 しかし、せっかく胸を揉んでいるというのにちっとも嬉しくない。

 その胸が、胸と呼ぶには余りにも未発達なせいか、揉まれている方の感覚があるからか、それとも胸の痛みがあまりにリアルなせいなのか、それともひょっとしたら自分は女性なのかもしれない。

 そもそもいったい、いつから自分は男性だなどと錯覚していたのだろうか? 記憶もないのに。

 

 ・・・・・・

 

 ・・・・・・


 ・・・だめだ。


 どうやら自分は男らしい、全く証拠はないのにはっきり分かってしまった。

 たとえ女性であったとしても、心は男性だ。

  

 胸を触るという行為に対して一定の距離感を感じるのは男性の証だろう、女性ならもっと日常的な感覚を持つはずだ。

 恐らくこの微妙な差がイメージに影響したのではないかと愚考してみる。

 今後の一人称は俺でいこう。

 

 『俺は男だ!』

 

 うむ、妙にしっくりくる。


 今後は男という設定でいこう。


 男だと判明したということでもう少し男性的なイメージを試してみよう。

 健全な男子諸君なら誰もが日常的にやっているイメージ・・・すなわちどうでもいい妄想だ!


 というわけで、とりあえず何の面白みもない目の前の景色の中に、怪獣か巨大ロボットが突然あらわれるところを想像することにする・・・・当然変化はなし。

 おっかしいなぁ・・・

 そう思って思念を強くした時だった。


「!?」


 この体の主が露骨に何かに反応した。


 と、同時に全身が緊張する。

 明らかに何かに反応したようで、周囲の空気から警戒感がヒシヒシと伝わってきた。

 そしてさらにしばらくすると、白一色だった景色に変化が現れた。


 中央右よりに灰色の物体が映り込んだのだ。

 即座にその物体が中央に来るように視界の移動が始まる。

 どうやら全身が少しずつ動いているようだった。

 その灰色に向かって正面になるまで体がもぞもぞと移動し、そしてまっすぐになると今までにないレベルでピタリと動きを止めた。


 呼吸は最小限、瞬きもなし。


 唯ひたすら視界の中で次第に大きくなっていく灰色に全神経を集中させている。

 すると体の下側から確かに振動が伝わってきた。

 どうやら体の主はもっと前から気づいていたようだが、俺は今までこの振動には気づいていなかった。

 同じ感覚情報でも、やはり体の主の方が一日の長があるのためだろうか?


 いや恐らく集中力の差だろう、俺がどうでもいいことを考えている間もこの体の主は周囲に神経を配っていたのだ。

 

 灰色はなおも大きくなり、後ろに尻尾だろうか? 何か長いものを引きずっているのが見えはじめた。

 次第に振動の方も大きくなってくる、どうやら足音が地面を伝わっているらしい。

 すぐに音の方の足音も聞こえ始める。

 まだ遠くの方にではあるがズシン・ズシンと一定のリズムが聞こえ始め、それと同時に体の主が発する感情を感じた。


 先程まで何も感じなかったのは索敵に集中していたからだろう、感情が無くなるほど集中するとは見上げた集中力だ。

 感じる感情は主に緊張、恐怖・・・・そして喜び?


 とにかくはっきりと喜んでいるのが伝わってくる、あの灰色をそんなに待ち焦がれていたのだろうか?

 

 灰色だったものはやがてその輪郭が認識できるようになってきた、大きな頭に四本足で大きな尻尾・・・ここからだとまるでリスのように見える、だが・・・



 ズシン・・・・ズシン・・・・ズシン・・・


 これがリスの足音だろうか?


 なおも接近するリス・・・いやリスではない。


 リスにあんな牙はない!


 その瞬間初めて恐怖を感じた。

 リスに見えたのはどうやら視界が白一辺倒で、大きさが分からなかったからのようだ。

 正確には分からないが、とりあえずでかい。


 少し細長目のクマみたいな顔に、巨大な後ろ足、全体に対しては少し控えめだがそれでも尚巨大な前足、何よりも目を見はるのは全長の半分を超える巨大な尻尾。

 ちょっとイメージと違うが、怪物の具現化に成功したのだろうか?

 だがそれにしては現実感たっぷりだ。


 しかもこんな生き物は俺の記憶にはない。

 いや記憶自体がなかったか・・・正確に言おう。

 リスだなんだと出てくる”一般常識セット”のようなものの中にアレはない。


 さらに近づいてくると、その巨大さをまだ正確に認識していなかったことに気づかされた。

 尻尾を除いた体長だけで5mくらいあるだろうか?


 数字だけ聞くと小さいような気もするが、こうして実際に目にしてみると5mの獣という存在は身がすくむほど巨大だ。 

 そしてその包丁みたいな牙が並んだ口の中から、息がヒューコー、ヒューコーと音を立てていた。


 というか、でかい! こわい!・・・・・やっべ、まじでこわい・・・


 あまりの緊張に俺の思考が混乱を始める。

 その時、その怪物の足が不意に止まった。


 見つかったか!?


 だが、そう思う時間もなかった。

 突如視界が真っ赤に染まり、それと同時に全身に凄まじい衝撃と、同時に発生した ドーン!!! という音を聞き終わることもせずに、素早く体が立ち上がった。

 その速度に俺はギョッとする。

 視界はまるでロケットの打ち上げのごとく跳ね上がり、そして何事かと思案する暇もなく視線が怪物に定まった。


 そのまま棒を怪物に向けると、またもや視界が真っ赤に染まる。


 今度はその正体がわかった。


 真っ赤なのは棒の先から飛び出した炎であり、立ち上がったのはどうやら先ほどの赤い炎が作った煙を避けるためらしかった。

 そして二度目の炎が作った煙を超え怪物に向かって走り出す。


 煙の先では、怪物が驚いたようにこちらを見ていた。


 だがそんなものはお構いなしといわんばかりに、棒の先から続けざまに火を噴き、そのたびに怪物が姿勢を崩す。


 ひょっとしてこの棒は銃か!?


 しかし銃にしてはかなり細い、よくこんな銃身で耐えられるな。

 それに威力もおかしい、銃というよりはもはや大砲だ。

 現に怪獣めいた大きさの筈のデカリスが、あっという間に氷の地面に倒れ伏してしまう。


 すると体の主が攻撃をそこで打ち切り、凄まじい緊張感を発しながらじっと怪物を見つめる。

 こうしてマジマジと見つめていると、山のようという言葉でも足りないほどその体は大きく、その威圧感は倒れ伏しても尚減っていない。


 殺したのか?


 あっという間の出来事でまだ状況を理解できていないが、どうやらリスの化け物というかリス型シロクマ? に襲われることはなかったようで、逆にこっちが襲って仕留めてしまったらしい。

 きっとこいつは何が起こったかも知らないまま、死んだのだろう。

 倒れて動かないリスの化物を見ながらそんなことを考えていると、体の主がまだ緊張を解いてないことに気づく。

 尚も棒を化物に向けながらゆっくりと近づいていき、直ぐ側まで到達すると棒の先で突っついた。


 その時だった。

 なんと怪物の巨体の一部が僅かだが、ピクリと動いたのだ。


 危ない!

 咄嗟に俺は、心の中でそう叫ぶ。


 するとその瞬間、俺はまるで風船のように体の内側から何かが膨らむのを感じた。

 その膨らみは凄まじい勢いで体の中を駆け巡り、出口を求めて腕へ、そしてその先にある謎の棒へと殺到する。

 そして体の主が構えた棒の先から先程までと比較にならない量の炎が吐き出され、その反動で後ろに吹き飛ばされてしまった。


「・・・ア゛ア゛ア゛ッ!!??」


 体の主が悪態をつき、すぐさまくるりと体を回転させてその場で踏みとどまる。

 眼の前には今の炎で巻き起こった煙がもうもうと立ち上っていた。

 そしてその先の怪物は・・・・・・動いていない。


 体の主が、手を何度も開いたり閉じたりしながら立ち上がる。

 棒から噴き出した炎の予想外の大きさに不審がってるみたいだ。

 体の主が狙ってやったわけではないとするなら、どういうことだろうか?


 どうやらあまりの反動に今の一撃は外したようだ、横にさっきまでなかった大穴が空いている。

 怪物が動いたのは何かの死後硬直的な反応か、それとも見間違いか、とにかくもう十分なダメージが入っていたようだ。


 体の主はもう一度、今度は若干棒の方にも警戒を向けながら怪物をつっつき、反応がない事を確認すると体から一気に緊張が抜けた。

 と同時に胸中に安堵と達成感、そして凄まじい喜びの感情が爆発するのを感じる。

 まるで小躍りしている様な足取りで化物に覆いかぶさると、腰から大きなナイフを取り出し、化物の首元にあてがうと一気に切り裂いたではないか。

 空気が一気に漏れる音がして首元から真っ赤な血が少し流れだすと、体の主は満足したかのように興味を棒に移す。


 この棒、長さが2m近くありしかも直径が3cm程度しかないのでかなり細長い印象だ。

 また、どこにも装弾機構のようなものは見当たらず、上から下までどこにも膨らみのようなものはない完全な”棒”である。

 体の主がその棒の表面をしばらく注意深く観察しながら、色々な場所を触っていく。

 その間も終始無言なので何をしているのか全くわからないが、どうやら先程の砲撃でどこか壊れてないかをチェックしているようだ。

 予想外にとんでもない衝撃がかかったから、心配なようだ。

 だがチェック事態は手慣れたもので、すぐに終わると目の前に倒れている怪物に向き直る。


 ふと、集中する感覚とわずかな苛立ちが何度か交互に感じられた。

 何かやろうとしているが、うまくできない感じだ。


「・・・・ビジェート・アルピエト・・・・」


 体の主が何かつぶやいた、気のせいか若干機嫌が悪い。

 と、同時に何かうっすらとゾワリとした感覚が全身に走る。


 ビジェート? アルピエト? 何かの呪文だろうか?


 すると体の主はスタスタと怪物の頭の側に移動したかと思ったら、おもむろに棒を怪物の頭にたたきつける。


 ドス! っという鈍い音が辺りに響き渡り、同時に俺は棒の先がフック状に曲がっていることに気付く。

 さっきまでは完全にまっすぐな棒だったのに、いつの間に曲がったのだろうか?

 そのままフックがしっかり怪物に引っかかっていることを確認すると、また何回かの集中と苛立ちを繰り返した後、あきらめたかのように、


「ビジェート! ダールピエト!」


 と少し大きな声で叫んだ。

 

 すると今度は棒の反対側が少し緩やかに曲がる。

 これで、棒の先がいつフック化したのか分かった。

 きっと、さっきの呪文のような言葉を発した時だろう。


 体の主はフックの反対側の曲がった個所を肩にかけると、前のめりに体重をかけるように怪物を引っ張り始めた。


 おいおい、こんなしっぽの先まで含めると10mを超えそうな化け物を、人間が引っ張れるものなのか?

 しかもどうやらこの体の主、おそらく子供だ。

 比較対象がやたら長い棒とバカでかい怪物なのではっきりと言い切れないが、立ち上がった時の目線も低いし多分かなり小柄だと思う、声も澄んでいて子供のようだ。


 女の子供・・つまり少女がこの巨体を引きずろうというのだ、そんなことは普通は無理である。

 しかし現実は意外なことに、リスの怪物の巨大な体はあっさりと引きずられ始めた。

 もちろんその動きは少しずつではあるが、確かに少女と巨大な死体は動き出したのである。


 この体の主はずいぶんと力持ちのようだ。



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