セラの奇行、そしてダンジョン攻略にもなってない糞みたいなダンジョン攻略


「なあ、ラーシェ?」


『どうしたの?あるじがそんなこの世の終わりみたいな顔をするなんて。お金は貸してもらえたんだから、良かったね。』


「それはそうなんだけど、何で俺達は廊下にいるんだ?!」


そう。俺達は今、セラに部屋を追い出されてしまったせいで、廊下に立っていた。消灯時間を過ぎた宿の中には明かりがなく、暗さと肌寒さを感じて二の腕をさすりながら、俺はラーシェに問いかけた。


「金を払って借りた部屋なのに―――もう宿代なんて持ってなくて、借りた金を使うわけにもいかないのに。俺達は今日を何処でやり過ごせばいいんだ?!」


『そういえばそうだね。夜は冷えるのに、何処で過ごせば良いんだろうね?まあボクはあるじの体に入っていれぱ平気なんだけど。』


俺の体の中で平然と言ってのけるラーシェに「この裏切り者め!」と怒鳴ってみるが、そんなことをしても何も事態は好転しない。金が無い、宛がない、考える頭も無い。どうすることも出来ずに、このままグタグタと朝まで駄弁っていようかと真面目に考え始めた頃、珍しくラーシェが名案を言った。


『じゃあさあ、このままダンジョンに行って少しでも到達階層を伸ばそうよ。その方が良いと思うよ。』


「そうだなぁ、どうせやることが無いんだしそれでもいいか。」


何か微妙にグタッたままの雰囲気の中、俺達はダンジョンの入口を求めて移動を始めた。








その頃、宿のフェイルの部屋では――――


「どうしよう、フェイルがいなくなっちゃったわ!?何も今からダンジョンに行こうとしなくても良いのに・・・・・・」


扉に耳を当てて廊下の様子をこっそりと聞いていた私は、フェイルを部屋から追い出してしまったことに少しばかりの後悔と、罪悪感を感じていた。だって、フェイルを追い出さなければ一緒に寝れたかも知れないのに!


「んふふ♪フェイルに頼られちゃった~。マリアさんとか他にもいろんな人がいるのに、フェイルは私に頼ってきたのよ!何を考えてたのかなぁ?」


あまりの嬉しさに思わず小躍りしてしまうが、それでも抑えきれずに溢れ出す感情が表情に表れて意識せずともニヤニヤしてしまう。フェイルに頼られた、フェイルに頼られた!


――――幸福者だな。


フェイルが言っていた言葉が、脳内で再生される。


「幸福者って。普通に幸せって言えば良いのに、わざわざ福まで付けてくれるなんて!そんなの幸せに福まで来ちゃったみたいじゃない。フェイルにとって私ってそんなにいい人に見えるのかしら?――――ああああああ!!自分で言ってて恥ずかしくなってきた。」


熱を帯始めた顔に両手を当てて、そのままの格好で机に置かれた鏡の前に出ると、まるでトマトでも見ているんじゃないかと思ってしまう程に赤く上気した顔がそこにはあった。鏡の向こう側から私を見返してくるその顔は耳元まで真っ赤に染まっていて、様々な感情に揺れ動く瞳の輝きは恋する乙女のそれだ。


「フェイルは私のことをどう思っているのかしら?それよりも、私はフェイルのことをどう思っているのかしら?友達は違うし、親友でもない。それとも、す、すすすす、き?とか?――――ッ!」


一瞬遅れて今自分が何を言おうとしていたかを理解する。途端に顔が更に真っ赤に染まり、行き場なく両手を空中でさ迷わせるが、顔からボフンッ!と湯気が上がるだけだ。


「違う違う違う違うーー!!私がそんな、フェイルのことを―――そんな訳が無いでしょう?!あり得ないわ、フェイルの馬鹿ーーー!!」


心の底から沸き上がる感情に蓋をしてそう叫ぶと、次第に酸欠で頭がクラクラしてきた。さらに立ちくらみまで襲ってきて、少しの間主導権を失った体は意図せずフェイルのベッドへと倒れ込んでしまう。


「ぅう。頭が痛い。疲れた。何もかもフェイルのせいよ!フェイルが訳の分からないことを言うから、あ。この枕フェイルの匂いがする。じゃなくて!?今日はもう疲れたから、ここで寝てもしょうがないわ。そう、疲れたんだからしょうがないのよ。―――――フェイルのばか。」


その後、フェイルの匂いが気になって一睡も出来なかったのは、言うまでも無かった。










ダンジョンの入口に辿り着いた俺達は早速ダンジョンに入ろうとしたのだが、なぜか入口からすぐの所で三匹のゴブリンが見張りをしていた。剣で武装しているゴブリンが三匹いる位ではさしたる脅威にはならないが、増援を呼ばれるまでに倒せるとなると話は別だ。故に俺達はこっそりと岩陰に隠れて、様子を窺うことにした。


「グギャア?」


三匹の中で一番優れた体格のゴブリン―――多分オスが、メスと思わしき一番矮躯なゴブリンに話し掛けた。


それを受けて話し掛けられたメスゴブリンは、オスゴブリンから一歩距離を取ると、剣を持ち歯を剥き出しにして「グルルルルルゥ!!」と威嚇しだす。


二匹の間の空気が剣呑なものへと変わっていくなかで、なぜか中くらいの大きさのゴブリンは後ろを向いてしゃがみこんでしまった。喧嘩でも始めるのだろうか?


威嚇されているとはいえ、大きなオスゴブリンと小さなメスゴブリンとでは、その体格差は歴然だ。オスゴブリンは威嚇し続けるメスゴブリンに臆するとなく詰め寄ると、先程よりも声を荒げて「グッギャァァ!!」と怒鳴り散らした。


そして、その声に萎縮してしまったメスゴブリンは手に持った剣を取り落としてしまい、それを見たオスゴブリンは只でさえ醜悪な顔をさらに醜悪に歪めて、一気にメスゴブリンへと詰め寄った。(中くらいの大きさのゴブリンは、地面の砂粒を数えているようだ。)


地面に押し倒されてしまったメスゴブリンは、なぜだか抵抗を止めてなされるがままになってしまった。オスゴブリンは内側からいきり立って膨張している腰巻きをはずそうと腕を腰元に伸ばし―――――


「ラーシェ、殺れ!ゴブリンがよろしくやってるとこなんて見たら、俺は一生安眠出来ない!!」


『うん!ボクもゴブリンの交尾なんて見たら、気が狂っちゃいそうだ!!』


電光石火のごとき俊敏さで二匹から目を逸らした俺は、死物狂いでラーシェに命令する。するとラーシェは、ベテラン冒険者も脱帽してしまいそうな手際で【酸弾】を発動し、さらにバラバラになったゴブリンの死骸に狙いを定めると、【酸弾】を応用して作り出した溶解液で波状攻撃を仕掛けた。肉片一つ残さずに死んだゴブリン達は(一匹は巻添え)、俺たちに気付くことはなかった。


何も思い出したくない俺達は、無言のまま一層のボスエリアへと向かった。


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