いろいろおかしい作戦会議


決意を新たにしたところ早速ギルドへと向かいたいのだが、この時間帯ではさすがに開いていないだろう。仕方なく宿屋に向かうが―――――――「ラーシェ?そろそろ【人化】を解いてくれないか?男ならともかく、見ず知らずの女の子との関係性を説明しろと言われても、俺にはそんなコミュ力は無いぞ。」


ダンジョンの中にいたときは痛みでそれどころでは無かったが、月明かりに照られるラーシェの姿は見紛う事なき絶世の美少女で、思わず見惚れてしまいそうになる。


通常種のスライムの体色が濁った青色なのに対して、ラーシェのそれは透き通るような、鮮やかな水色をしている。その色が【人化】したときのラーシェの髪の色になっている事と相俟って、今のラーシェはどこか神秘的だ。


さらに、これはラーシェをテイムして始めて知ったことなのだが、魔物は生き物の生死に対して、どこか達観した価値観を持っている。言わば全ての魔物が人間でいうところの悟りを開いているようなものだ。(あんなドMの糞スライムとかもいるんだけど)


ラーシェの表情からは、そんな超越的な何かが垣間見えるため、どこか近寄りがたいイメージがあるようにも感じられる。


「なあ、ラーシェ?本当に面倒事になるのが目に見えてるから、スライムに戻って俺の体の中にでも入っててくれよ。」


「しょうがないなあ。そんなに言うならそうするよ。」


若干拗ねた態度を取るラーシェは、それでも【人化】を解いて俺の体内に入った。俺はそれを確認してから宿屋に入るとセラの母親が店番をしていて、俺を見るなり穏やかに微笑んだ。


「あらあら、お帰りなさいフェイル君。お風呂にする?ご飯にする?それとも家の娘がいいのかしら?」


見た目は幼女とそう変わらないのに、俺をからかう言葉一つを取っても、この人からは大人の雰囲気が感じられる。子供がいると、こんなにも変わるのだろうか?


そんなことを考えていたせいで、数秒間の間が空いてしまった。


「やっぱり家の娘の部屋に行――――――」


「きません!!お風呂にします!!」


この前セラの部屋であの光景を見られた。完全に失念していたそれがふいに脳裏をよぎり、恥ずかしさを誤魔化すようにそう叫ぶと、「まだ孫はいらないわ。せめて避妊くらいはしてちょうだい。」と言い返された。


「だから、セラの部屋には行きませんって!!それに、あいつの部屋はこっちと反対方向です!」


「あらあら、娘の部屋の場所は知っているのね?」


「だーー!もう!お風呂入ってきます!!」




風呂に入っているときは、ラーシェが突然 【人化】したりと、割りと面倒なことがあったけど、概ね平常運行でした。当駅は非常事態にも備えております。




風呂から出たあと部屋(勿論俺が借りている)に戻ると、俺はラーシェとダンジョン攻略会議を始めた。


ベッドであぐらをかいている俺と、【人化】した状態のラーシェが寝っ転がって丸くなりながら重要な話をしている光景は可笑しいの一言に尽きるが、それでも俺達は真剣だ。


「ラーシェ。まず俺は、ダンジョンについての情報が欲しい。賢龍が言っていた経験値玉っていうアイテムは、本当に存在しているのか?もしそれが手に入ったとして、どれくらいのレベルが上がる?」


真面目に問を投げ掛けた俺に対し、ラーシェはベッドの上で「う、うーーーん!」とたっぷり数秒間掛けて伸びをしたあと、「そうだね、」と話を切り出した。


俺が風呂に入っていた時突然【人化】したラーシェは、勿論お風呂上がりだ。だから、ドーランを塗ったかのような真っ白い肌はほんのりと赤く上気していて、乾き切っていない髪の毛は女の子特有の甘い香りを溜め込んでいる。髪の毛が揺れ動く度に部屋中に匂いが充満していく様子は、さながらそういうお香のようだ。


「あるじのレベルが分からないから、レベルの上がり具合については何とも言えないかなあ。だけど、賢龍が言ってた経験値玉は本当にあるアイテムだし、沢山レベルが上がるのも本当だよ?パーティーを組んで中ボスを討伐したら、それが出てこないのも。」


「そのパーティーなんだけどさ、それにはラーシェも含まれるのか?」


「ううん。それは大丈夫だよ。ボクはあるじにテイムされてるから、一人として数えられるんじゃなくて、あるじの一部として認識されるんだ。」


「そうか。じゃあ、レベルについては明日ギルドで確認するとして、次は攻略内容だな。あと五ヶ月間でどうやって最前線の三十二層を越えて、賢龍の巣がある四十層に行くかだ。ラーシェはどう思う?」


俺がまたラーシェに話をふると、ラーシェはそんなことを聞くの?と小首をかしげた。


「それはあるじの努力次第でしょ?方法よりも気持ちだよ。強いて言えば、強い武器が必要かな?」


相変わらず寝転がったままのラーシェは、さらに布団にくるまってぬくぬくとしだす。


「武器かぁ。そう考えたら俺、ラーシェをテイムした時に武器全部無くしちゃったんだよな。」


「それだけじゃないよ?あるじは武器を買うお金だって持ってないよね?」


冒険者として真面目にダンジョン攻略を始めようとして、いきなりの八方塞がり。そのあまりの自分の不甲斐なさに思わず両膝をついてしまうが、そこでラーシェが思わぬ助言を挟んできた。


「それなら、誰かからお金を借りれば?安い武器なら銀貨五枚くらいで買えるんだし、すぐに返せるでしょ。」


お金を借りる―――――お金を借りる―――――金を借りる――――ねを借りる――――を借りる――――借りる―――りる―――りる――りる


俺の頭の中で反芻され続ける悪魔の囁き。確かにそれなら武器を買うのも、金を返すのも簡単だろう。どうするべきか?


金を借りれば、多分俺はすぐにでもそれなりの金額が稼げる。しかし、それでも誰かからお金を借りるという事は、良心の呵責にさいなまれてしまいそうだし、それに何より格好悪い。


そんな下らないことを考えていたら、ラーシェが諭すように口を開いた。


「あるじーーー、時間が無いんだから頭を下げてでもお願いするべきだと思うよ。」


そうだな、あと五ヶ月間で四十層まで降りなくちゃいけないのに、こんなことでなりふり構ってる場合じゃないよな。


それじゃあ、誰にしようか?


マリアさんは――――――

『マリアさん、お金を貸してください!!』


『いきなり改まって何かと思えば、お金を借りに来たんですか?それくらい自分でどうにかしてくださいよ。―――はっ!私に入り浸ってヒモになるんですか?それでその内私は弱音を握られて、暗がりの中であんなことやこんなk』


うん、駄目だ。


じゃあ、ギルドマスターは―――――


『ギルドマスター!お願いです!!お金を貸してください!!』


『よし、表に出ろ!!!』


うん、絶対に駄目なヤツだ。


それじゃあ、ナージェとかはどうだろうか?最近の注目株だし、お金くらい持ってそうだ。


『ナージェ、悪いんだけどさ?少しだけお金を貸して欲しいんだ。駄目かな?』


『―――――え、何で?いくら貸sブフォ!!』


うん、泡吹いてぶっ倒れるよな。


ここまで来たら、消去法でセラしかいないんだよな。でも、絶対に駄目だって言われるし…………。


俺が真剣に考え込んで悩んでいると、急にラーシェがガバッと飛び起きて、ジリジリと俺の前まで寄ってきた。その目はキラキラと輝いていて、どうせろくな事考えていないんだろう。


「よしあるじ!!誰かを押し倒して、体に言うこと聞かせよう!!」


「出来るかそんなこと!?」


その後もしばらくの間ラーシェと相談を続けたが、結局良い案が出ないまま数十分が経過してしまった。


「仕方無いか。明日朝イチでセラのところに行こう。」


さっきまでの真剣さは何処えやら。もうグタグタのグッダグダになってしまった雰囲気のなかで俺がそう言うと、ラーシェが嬉しそうに飛び込んできた。


「あるじ、セラとか言う女を押し倒しに行くの?!そうでしょ、そうなんでしょ?!」


「しねーよ!お前はどんだけ煩悩まみれなんだよ?!R=18の権化か?一体何を考えていればそうなるんだ?!」


「えーとね、『口では金を貸さないと言っても、こっちの口は正直に反応するんだな。いい加減素直になれよ?楽にしてやるぞ?』『い……いや!そんな恥ずかしいこと言わないで!』て感じ?」


俺の台詞を言うときは無駄にキザったらしく髪の毛をかきあげ、セラの台詞を言うときは両手で顔を隠してモジモジと体を動かす。今の俺には、その光景が非常にうざったらしく感じられた。


「お前はいい加減にしろ!!これ以上真面目な雰囲気をぶち壊そうとするな!!」


「だってさー?人間の交尾に興味があるんだもん。あ、そうだ。何なら今からボクとスル?」


寝る前とあって下着(俺が買った。超恥ずかしかった。本当に店員の目が怖かった。もうあのお店に行けない。)にシャツ一枚というよく思えば扇情的な格好をしているラーシェは、急に人が変わったように妖艶で好色な笑みを湛えた表情を作ると、俺にしなだれかかって来た。布一枚越しに感じられるラーシェの肌の温もりがじんわりと広がり、間近に感じる体温や甘ったるい匂い、顔に掛かるラーシェの吐息が、なけなしの俺の理性を食い荒らしていく。


それでも何とか抵抗しようとしてラーシェを押し返すが、俺は賢龍の巣でラーシェに力の大半を預けたばっかりだ。だからラーシェの力に敵うはずもなく、俺はベッドに押し倒されてしまった。


俺の腹に跨がったラーシェは、おもむろにシャツを脱ぎ、とうとうその魅惑的なやわ肌を包むものが、下着だけとなった。


そして、ラーシェがその下着に手を伸ばし――――とんとん。


「ヒャウ!?」


急にノックされた扉に対し、俺は女の子のような悲鳴をあげてしまう。


「フェイル?ママがね、フェイルが私に用があるって言ってたんだけど、とりあえず入るわよ?」


扉が開けられる寸前、ラーシェは【人化】を解いて只のスライムとなり、俺は寝たふりをした。下着はラーシェが溶かしたようだ。(もうあの店に行きたくない。イヤダイヤダイヤダ)


―――そして、俺の部屋に入ってきたのはセラだった。


どうせあのお節介ママさんが仕向けたんだろうけど、今だけはナイス!!まじでありがとう!


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