第2話 万年筆(その二)


 彼の父は、子供達が知らない顔を持っていた。

 童話を書いていたのだ。

 童話作家だったわけではない。

 子供達のためだけに書いていたのだ。


 三人の子供達への想いが込められた童話。

 作品に登場する子供達は、必ず幸せになる童話を。


 ちぎるは、万年筆を手に話を続けた。

 話を聞きながら彼は子供の頃を思い出していた。

 

 手作り感の強い装丁の本を彼の母は持っていた。

 大昔の本のように紐でとじられ、表紙の挿絵も手書きのようであった。


 その本を何度も読んで聞かせてくれていたから、彼はその話を知っている。

 彼の姉や妹も知っているはず。

 母の手が空いているとき、寝る前、何度も話してくれたことを覚えている。

 話してくれた童話が、姉弟揃って大好きだったのを覚えている。


 童話に登場する子供達は、皆、優しくて、頑張り屋で、素直で……、辛いことにも負けない強い気持ちを持っていた。

 あれは父の子供達への願いだったんだなと、彼は優しい気持ちになった。


 今思うと、登場する子供達は、姉弟の誰かに似ていたなと彼は気付く。


 ……万年筆が見たことをちぎるは教えてくれた。


 照れ屋で口下手な父は、母にだけ伝え、彼ら子供達には内緒にしていた。

 挿絵をいれるために、下手ながらも陰で絵も練習していたらしい。


 最初の一冊は、姉が四歳になったとき。

 そして半年程度に一冊書いて、母に手渡した。

 

 父は病で入院する日まで、私達への想い童話を書いていた。


「私の身体は弱い。長生きできるかどうか判らない。それは結婚前、君に伝えたよね。そんな私が三人の子供を君との間に持てた。僕は君にも、生まれてきてくれた子供達にもとても感謝しているよ。……僕は子供達に何を残せるだろう? ずっと考えたんだ。そして童話を残すことに決めたよ。子供達にはずっと内緒だよ? 君の胸にしまっておいてくれ」


 彼の母にそう話した父の胸ポケットには、万年筆が光っていた。


・・・・・

・・・


 ちぎるが、童話のことだけじゃなく、日頃の生活などの父の万年筆が見た情景を伝え終えた時、彼は何とも言えない笑顔を浮かべていた。満足しているような、寂しいような、どっちと言えない笑顔だった。

 

「どうでしたか?」

「コーディネーターくん、ありがとう。私達姉弟きょうだいへの父の愛情が、あの童話だっただなんて知らなかった。その万年筆で書いていたんだな……」


 彼は、ちぎるの手にある万年筆を優しく見つめている。


「これで、この万年筆を付喪神にしても宜しいでしょうか?」


 彼を見上げ、おずおずと願いをちぎるは伝えた。


「うん、約束だからね。あ、一つだけお願いしてもいいかな?」

「何でしょうか?」

「父が童話を書いていたことは、誰にも話さないで欲しいんだ。その……付喪神になる万年筆にも誰にも話さないで欲しいと伝えてくれ。私もこれまで通り知らなかったことにするから……」

「判りました。前の持ち主のことは付喪神の名誉にかけて秘密にいたします」

「……ありがとう」


 付喪神を生み出せたのがとても嬉しいのか、ちぎるは何度も頭を下げ感謝の気持ちを彼に伝えている。


 ――父と母の秘密を教えて貰ったのだ。それくらいたいしたことじゃないのに。

 

 そう苦笑して、ちぎるの手から万年筆を彼は受け取った。


「では早速、付喪ベビーを憑依させます。半時はんときほど過ぎれば、元通り使えますので……。今日は本当にありがとうございました」


 そう言うとちぎるの姿は薄くなっていき、彼の目の前から居なくなった。

 彼の手にある万年筆から温かみを彼は感じる。


 ――付喪ベビーとやらが憑依したんだろうな。修理にかかるのは半時はんときほどと言っていた。じゃあ、直るまでコーヒーでも飲みながら、子供の頃の写真でも見ていようか……。



・・・・・

・・・


「やれやれ、初めて上手くいった。

 思い入れのあるモノを付喪神にしてもいいと言ってくれる人間など皆無かと思っていたが、そうでもないらしい。

 ……きっと、数はとても少ないのだろうけども。

 とりあえず、縄文じょうもんさまに良い知らせを伝えられる。


 しかし、せっかく知ったことを知らなかったことにするだなんて、変わった人間だったな。

 まあ、いいや。

 変わった人間じゃなければ、大事にしているモノを付喪神にしていいだなんて言わないのかもしれないし……。


 今日は僕も疲れた。

 報告は明日にしよう」


 出てきた家を振り返ってつぶやき、その後、男の子の姿をした付喪神コーディネーターは、闇にすうっと消えていった。 

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