現実(こっち)でユーチューバー、異世界(あっち)冒険者やってます

三國氏

異世界ユーチューバーはじめました

「総再生回数521回、動画は全部で20本と考えると一動画平均たったの26回。チャンネル登録者はたったの4人でコメントは一件。俺達は底辺オブザ底辺。底なし沼に嵌って脱却することさえできぬYouTube界のゴミ。YouTubeで食っていくなんて言って学校辞めて、母親には泣かれ父親には勘当すると言われ、その結果がこれだよ。なんでだ?何がいけないっていうんだよ」


 築四十年で6畳一間のおんぼろアパートの一室。

 部屋の中にいるのは企画から構成まで完璧にこなす俺、宇佐美健太。通称ケン。

 ミツ蜂が腕に止まっても動じることなく撮り続けたスーパーカメラマンの中津川圭。通称なかつ。

 俺の苦手分野である動画に文字とか効果音入れちゃったりできる、天才動画編集者の大谷久仁雄。通称オタ。


 現在この三名で運営しているYouTubeのチャンネルこそ、未来を背負って立つ最高のエンターテインメントグループ|KKK(トリプルケー)である。であればよかったのに。でありたかった。というのが実際の現状だが。


「なぁお前ら二人とも答えてくれよ!何がいけねぇんだ?定番中の定番コーラにメントスを入れて大暴発させる、通称メントスコーラだってやった。他にも走行中の車の中から手を出して、何カップか当てる生配信だってやった。痛い系はやりたくなかったのに体を張って、ザリガニに鼻を挟まれた時の痛みを他のものに例えると、どれくらいかなんてものまで試したんだぞ。もう三ヶ月立つってのにこいつはなんの冗談だ」


「地味」


「地味……だと。オタはどう思うよ?」


 なかつからの厳しい言葉を受けても俺はめげない。

 何故なら俺には向上心があるからだ、だからこそどんな非難の言葉でも素直に受け取って前へと進む。


「ポテチどこ?」


「あぁ、台所の引き出しの下。っておいいいぃぃ!人の話を聞け」


「んじゃあ、そういう無駄にリアクションでかいところ」


 うん、今のはちょっと傷付いたけども。俺、負けないよ。


「それじゃあ派手なやつ考えるかぁ。他のユーチューバーの誰も真似できないようなすっげぇやつ」


「いや、なくね?金銭面考えてもあんまでかい企画無理じゃん。ケンのバイト代ほぼこのぼろアパートに消えてるわけだし」


「うーーーん。犯罪ギリギリを攻めるか……いややっぱなし。後々大物になる上でそういうのは足を引っ張りかねないしな。それにあーいうやつは好きじゃねぇ。はぁ何か妙案ねぇかなぁ」


 まだ誰も挑戦してなくて、お金がそんなにかからず派手で、かつ俺のリアクションが活きるような企画。


「……何それ?無くね」


 俺の言葉に全員目を逸らした、あぁ、これが越えられない壁というやつなのかっ。

 心の中で絶望したその時、来訪を告げるチャイムが鳴った。


「宅配便でーす」


 玄関から活きの良い声が響いたが、何か宅配されるようなものを頼んだ覚えはない、というかそんな金などない。

 実家から食料が送られてくるなんてことはもっと無いだろう、なんせ俺は勘当中の身なのだから。

 ともかく俺は玄関に向かいドアを開けた。


 白と青の縦縞のポロシャツを着て深々と帽子を被った小柄な女性の配達員。

 男物の服なのか腕の袖は余ってる割に、胸とか尻とかが少し窮屈そうである。


 そして彼女が俺の目の前に突き出した小包には確かに俺の名前が刻まれている。

 ただし差出人不明、謎の小包である。

 俺は受領書にサインを書いて、軽くお礼を述べ謎の小包を受け取った。


「……結構重いな?まぁいいや、くれるもんならなんでも貰っておくのが俺の主義だし」


 小包を抱え部屋へと戻る。


 スマホのゲームに興じていたなかちーと、既にポテチを食い漁っていたおたにくの視線は俺の持つ小包へと向いている。


「爆弾?」「お菓子?」


 なかつはあまりに物騒で、オタは相変わらず食べ物しか頭に無いようだ。


「さぁな。差出人も書いてねぇ。とにかく開けてみるか」


 ハサミを広げて刃の部分でダンボールの蓋を閉じているテープを切り裂き開ける。


「何が入ってた?」


「えーっと茶封筒と大きめの巾着袋」


 いよいよもって謎は深まる、とりあえず俺は茶封筒を取り出しハサミで上の部分を切る。


「んー、普通の手紙だな。えーっとなになに、初めましてKKKの皆様。今回こうしてお手紙差し上げたのは……ってファンレターか?」


「んなわけ、俺らにファンレター来るわけねぇ。取り敢えず続きはよ」


「いや無くはねぇだろ!いや、無いかなぁ。えー……是非御三方にやっていただきたい企画があったからです。その内容とはすばり、町を襲う飛竜討伐でありますぅ?あなた方の力でどうか村を救っていただけませんかぁ?何言ってんだこいつ」


 全文そのまま読み上げた俺に向けられる冷たい視線、その理由は大体察しがつく。


「ケンよぉ、つまねぇジョークはやめようぜ。お前面白いこと言うのやっぱ向いてねぇわ」


「ケン氏ナンセンス」


 幾ら何でも俺だってジョークで言うならもっと面白いことを言う、本当の本当に書いたまま読んだんだから俺に文句を言われても困る。


「ほんとに書いてあったんだよ!ほらっ。じゃあこっちも開けるぞ」


 大きさの割に妙に重い巾着袋、黒い本革に赤い紐のかなりしっかりした作りだ。

 持ち上げるとジャラジャラと金属の擦れる音。


「っておいおいおい!金貨⁉︎ほら見ろよこれ金貨だぜ」


 500円玉程の大きさでその倍くらい厚みのある金色の硬貨、まさしく金貨である。

 少しいやかなりおかしい、俺はようやく気付いた。


 全く油断も隙も無い連中だ。

 これはYouTuber定番のドッキリに違いないと。

 きっとどこかに隠しカメラがあって、俺の素のリアクションを撮ろうとしているに違いない。


 だが俺はこんなことで怒ったりはしない、むしろすごく嬉しい、超嬉しい。

 いつも企画は俺任せだったあの二人が、こうして手間をかけてドッキリを仕掛けてくれたことが、本当に嬉しかった。


「100%偽物だな。てか本物の金貨なんてどこにあんだよ」


「早く紙剥いてよ、中にチョコ入ってるんでしょ。お菓子ならお菓子って早く言ってくれればいいのに」


 ドッキリとわかってしまえば二人の言葉は実にわざとらしい演技にも見えてくる。

 だけど俺は敢えて、敢えて知らないふりを続ける。

 だって今ほど仲間って素晴らしいものだと思ったことはないだもん。


「ぉ前ら」


 涙ぐみそうになるのを堪え、オタが言っていた言葉を思い出す。

 "リアクションがでかい"多分これはフリだったのだ、俺に盛大なリアクションとれよというこいつなりのエールだったに違いない。


 ならば俺のやることは一つ。

 かつて柔道で名を馳せたオリンピック金メダリストの有名なポーズのように、分厚い金貨にかぶりつく。


「堅っ、ほらチョコじゃねぇって!間違いねぇよ!これは俺たちのファンからの依頼だ。やるぞ、俺は飛竜退治をやり遂げてみせるっ!!」


「やべぇな、こいつこんなに頭悪かったっけ。オタ?」


「なかつ氏、もう手遅れだ。生暖かく見守ってやろう」


 どこでドッキリ大成功と言うのかはさておき、俺は勢い良く立ち上がる。


「おいぃぃいっなかつっ!カメラを持てい。ヲタッ!いつもの冴えた編集頼むぜ。KKK飛竜討伐にいざ出陣」


 茶封筒と巾着袋を無造作にポケットに突っ込み、俺は玄関へと走った。


「へへっ、そろそろドッキリ大成功って言う頃だろ。いや、もしかしたらあの配達員もグルでプラカード持って外で待機してたりして」


 勢い余って仕掛け人の配達員ぶつかってはいけないと、玄関の前で一度止まってからゆっくりと開け……そして俺の思考は止まった。


「ほぇ?」


 玄関を出ると低い塀があって、その先はすぐ道路のはずなのだ。

 しかしそこにあったのは全く見覚えのない町。

 和風でも洋風でも中華でもない変な木造建築の建物がズラリと並び、地面はボロい石畳み。

 扉を一度閉め、もう一度開けてみるがやはり同じ景色だ。

 俺は考えることを諦め再び扉をそーっと閉めた。


「おいっ!なかつ、オタ!町だ!町があるぞ!」


 途中段差もないところで躓きヘッドスライディングしながら俺は叫んだ。

 もう冷たい視線なんて気にならない、ドッキリとかそんなのも最早どうでもよくなっていた。

 そもそもなかつがさっき言った通り、こんな大仕掛けなドッキリをやる金なんてないのだから。


「本当に大丈夫か?最近ちょっとやつれてきたけど、飯はちゃんと食えよ」


「ケン氏ポテチ食べていいよ」


 なかつに心配されるのも、オタに食べ物を渡されるのも初めての経験だったが、俺はそれを無視して二人の手を無理やり引っ張る。


「見ればわかるから!ほら早く」


「やばいぞオタ、こいつクスリに手出しやがった」


「本日をもってKKK解散しかないやつだそれ」


 そんなことを言っていた二人も、俺が扉を開けた途端黙り込んだ。

 口を閉ざすではなく、口をあんぐり開けて呆けている。

 しばらくして最初に言葉を発したのはオタである。


「ケン氏、まさか集団幻覚の類を!」


 そう言葉を発したオタを責める気は微塵もない、そう言いたくなっても仕方のない程の出来事なのだ。

 扉を開けたら別世界、まさにファンタジーではないか。


「……これだよ!これしかねぇって」


「すまぬケン氏。ゲームのやり過ぎでだいぶ疲れが溜まってたみたいぞ。某は少し寝まする」


 全力で現実逃避し部屋に戻ろうとするオタの肩を俺は両手でがっしりと掴む。


「やろうぜ飛竜討伐。多分この先にほんとにいるぜ飛竜とやらが。俺達が有名になるにはこれしかないとは思わねぇか?誰にも真似できねぇ最っ高の動画が撮れるチャンスじゃねぇかよ」


 この時俺は確信した、俺達こそが神か何かわからないが、何かに選ばれた真のYouTuberだということを。

 そしてこのチャンスは決して逃さない、逃してはいけないものだと魂が叫ぶのだ。


 この世界に数多いるユーチューバーの誰よりも最高の武器を、俺達は今手にしようとしているのだと。

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