ミミックちゃんは喰べたい。〜28歳一流冒険者は宝箱を拾う〜

藤 竜也

第1話 これで冒険者稼業を引退しようと思う

 冒険者稼業と言うものは楽なものなんかではない。毎日の日銭を稼ぐために朝から晩まで狩りに明け暮れ、時には未開の地へ赴き調査をしなければならないし、常に危険と隣り合わせだという緊張感に神経を尖らせ続けなければいけないというのは、正直言ってしんど過ぎる。

 魔物に殺された家族の恨みなどと言って冒険者を目指す者がいるが、そんな奴ら程早死にする。狂ったように戦いの日々に明け暮れるくらいならいっその事綺麗さっぱり忘れてしまい、早く綺麗な嫁さんを貰って畑を耕したり魚を獲って稼いだ方が断然良いだろうーーーーそう思うのだ。

 俺は今年で二十八になり、巷ではドラゴンスレイヤーやら呟きのリアンと呼ばれる一流の冒険者をしている。

 ドラゴンスレイヤーはともかく何故“呟き“などの二つ名がついたかと言えば、同業の連中曰く、俺は戦闘中に思い耽ったようにブツブツと独り言を呟いているらしい。自分では無意識で気がついていなかったが、他人が言うのだから間違いないのだろうと思う。

 なんでもそれは全部愚痴らしく、「転職したい」「平穏な毎日を」「家庭が欲しい」の主に三つを無限ループしているそうだ。

 ーー何それ、怖い。

 自分で思うくらいなのだから、他人から見たらそりゃ恐怖以外の何者でもないのだろう。魔物なんか寧ろ可愛いくらいに思えてしまうかもしれない。

 それを同業の連中から聞いてから、通りでパーティーを組んだ女性の皆さんと仲良くなれないと察したものだった。

 何度か食事に誘って見ても一度も首を縦に振ってくれた者はおらず、寧ろ横に振られた回数ならば百二十七回もある。

 まず数えている時点でキモいと思うが、それくらいショックだったのだから許して欲しい。

 そんなモテない俺は一応一流の冒険者を十五年もしているので、それなりに貯金を溜め込んでいる。散財する事と言えば、装備を整えるか豪勢な食事を食べるか綺麗なお姉さんに慰めてもらうくらいしか使い道がないので、無理をしなければ残りの人生を遊んで暮らせるくらいにはあった。

 そこで次の冒険を最後に、ついに俺は引退をしようと決心したのだった。



 最後の冒険は何にしようかと、冒険者ギルドで見繕っていると、懐かしい顔見知りの連中に声をかけられていた。

「あれ、リアンさんじゃないっすか! お久しぶりっす! 聞きましたよ、リアンさん冒険者を引退しちゃうそうじゃないっすか! 俺寂しいっすよぉ〜!」

 この軽い調子の少年はフランク・リッツバーグ。まだ十九と若く、俺と昔パーティーを組んで遺跡調査を行ったことがあったが、その時全ての罠に引っ掛かるという妙技を繰り出したトラブルメーカーであり、正直余り関わりたくないのが俺の思いだった。

「リアン殿の武功は後代へ語られる程である。我々もリアン殿に恥じぬ働きをせねばなりませんな!」

 堅苦しい口調で年齢で言えば俺よりも十個も上である三十八の中年男性はバルサ・グライムリー。こちらも以前パーティーを組んだ事があり、彼は前衛で壁をよく担ってくれた事をよく覚えている。ただ何故か俺をやたら推敲している節があり、若干苦手意識を持っていた。

「まあ俺もそろそろ嫁探しをしなければ老後を一人で過ごす羽目になるからな。最後に一つ任務を請け負ってから辞めようと思って探していたところさ。……それにしても珍しい組み合わせだな、何か依頼でもこなすのか?」

 絶対に相容れないであろう二人だったが、フランクの手には一枚の羊皮紙が握られている事から、何らかの任務を申請するところだったのだろう。

 そんな二人に声をかけるとフランクの方が答えてくれた。

「そっす! 実は俺も受けたいとは思っていたんすけど、どうも一人じゃ無理っぽくて……そこで同じ依頼を受けてくれる方いませんかって掲示板に書いておいたらバルサさんが来てくれたんすよ! いや〜ホントありがとうございます!」

「いやいや、私もその依頼は興味があったのでね。気にする事でないよ、フランク君」

 冒険者ギルドには二種類の掲示板が設けてあり、一つは依頼が貼られたもの。こちらはギルド側に寄せられた仕事を役人が精査して冒険者側へ依頼内容を羊皮紙へと書き写し掲示している。それを持ってカウンターに申請する事で任務を受ける事が出来るのだった。

 そしてもう一つの掲示板は、冒険者や市民が自由に書いて貼る事が出来る、謂わば自由板といった役割を担っていた。書く内容は基本自由であり、フランクのように依頼を手伝って欲しい内容や、武具や素材の取引、稀に合コンの募集まで貼られていたりするのだ。

 俺も一度だけこの合コンへ参加した事があったが、漏れなく惨敗してから二度と参加するものかと誓っていた。

「なるほどな。それで、それはどう言った任務なんだ?」

 そこまで二人が行いたい任務というものを、嫌々とはいえ冒険者を十五年もやって来た身としては気になるというものだ。

「古代遺跡に隠し通路が見つかったから調査をして欲しいというものでありますよ。ここは既に調査を終えており、低級の魔物が集まる事から新人冒険者が経験を積む場として有名であったのでありますが、幸か不幸か魔物に飛ばされたニコルという冒険者が壁に盛大に叩きつけられた事がキッカケで穴が開いたらしく、その先に通路が深く伸びていたらしいですぞ」

「ーーその飛ばされたニコルという冒険者はある意味功績は残せたな、汚名も含めてだが」

 なるほど。確かに隠し通路というと未だ足を踏み入れた者がいない事から罠の類も健在である可能性が高い。それに大概隠し通路のような重要地点には強力な魔物が生息している傾向があるのだ。

 以前ここではない隠し通路の調査を行った事があったが、そこも数名の犠牲を余儀なくされてしまうくらい苦戦させられた事をよく覚えている。

 その分、その先にあるモノは美味しかったのだがなーー。

「ーーそうだ! リアンさんも俺らと隠し通路の調査受けてみませんか! 最後の任務を探してるって言ってましたよね。これなんて最後を飾るのに相応しいと思いませんか!?」

 フランクがキラキラとした瞳で俺に詰め寄るものだから、たたらを踏んで軽く引してしまうとそれを見ていたバルサに軽くど突かれていた。

「無理強いは良く無いであるぞ、フランク君。……だが確かに……クリムゾンドラゴン討伐の英雄が一緒に来てくだされば心強いのは確かであるなーーどうであろうか、リアン殿。我々と任務を受けて下さらないだろうか?」

 元より最後の任務など何でも良いと思っていたリアンはこれも運命なのだろうと思い、任務を受ける事を快諾するのだった。



 古代遺跡へ向かったリアンたち一向は途中にある森の中で中級魔物であるホブゴブリン数体と戦闘を繰り広げている最中であった。

「フランク君! 後ろに回られたであるぞ。すまんが頼む!」

「了解っす!任せてください!」

 前線でタンクとして壁を担いながらアタッカーにも徹していたバルサだったが、攻撃の合間を抜けられ二体後ろへ通す事を許してしまい、他の数名を倒し終えていたフランクに迎撃をお願いしていた。

 後方で腕組みをしながら直立するリアンへ迫る二体のホブゴブリンにバルサの言葉に素早く反応したフランクは両手に握る二振りの短剣を構え、体を滑り込ませる様にしてホブゴブリンの股下を潜り抜けて目の前へ割り込むと、防御体制が間に合わなかったホブゴブリンの喉元を瞬時に掻き切り、一体を敢え無く絶命させていた。

 残りの一体が俺と肉迫し、握る棍棒を上段へ構えたところで風切り音が聞こえたかと思うと、棍棒を構えたまま固まるホブゴブリンの顔面から短剣が顔を覗かせていた。

「命中〜〜♪」

 糸の切れたマリオネットの様に力なくその場に崩れ落ちる最後のホブゴブリンに口笛を吹いてフランクがやって来ると、投擲して頭に突き刺さった短剣を引き抜いていた。

「やりおるな〜フランク君。流石、疾風の二つ名は伊達ではないであるな」

「そういうバルサさんだって壁と攻撃を同時に熟せるのは見事としか言いようがありませんよ。ーーそれでどうでしたか、リアンさん! 俺たち昔よりも大分強くなったでしょう!」

 戦闘前に二人から見ていて欲しいと頼まれ、リアンは一切手を出さないつもりでこの戦闘を見守っていた。

 確かに以前二人とパーティーを組んだ時に比べ圧倒的に実力を増している事が窺えた。

 これならば今回の古代遺跡の隠し通路の依頼も難なく熟せるのではないかと、その時のリアンは思っていたのだった。

「ああ、俺が暫く見ない間に二人とも素晴らしい冒険者になったものだな。これなら俺が辞めても二人が次代を担って行けそうで安心だよ」

 近年より冒険者は減少の傾向にある為、なかなか次代を担う凄腕の冒険者というものは少なくなってきている。かく言う俺も引退を決意しているので今後は二人のような実力者が新人を育てていってくれる事を祈るばかりだ。

 その分、俺は余生をゆっくりと過ごさせても貰うとするよ。

「そういって貰えるのは嬉しいっすけど……流石に単騎でドラゴンを仕留めるリアンさんには到底及ばないっすよ。その言葉に恥じないように精進はするっすけどね!」

「よくぞ言ったぞ、フランク君! 私もその言葉に恥じない働きをして、いつかリアン殿のように王都から勲章を頂きたいでありますな」

 そんな指揮を上げる二人の肩を叩き、先に僅かに見えている古代遺跡へと向かったのだった。



 古代遺跡があった場所は大昔、魔人と呼ばれる者が住んでいたと言われている。

 現在は魔人などおらず、過去の伝承の中の存在として語り継がれていた。

 しかし古代遺跡にはその生活の様子を窺える品やら環境が僅かに残っており、確実に存在していたという証明が成されていた。

 古代遺跡の前へとやって来ると、そこは広大な土地に瓦礫の山と化しているが、昔は家屋だったと思われる建物が左右に軒並み、そこを貫く様にして真っ直ぐ伸びる道の先には大きな半壊した城が佇んでいた。

「やっぱりここの遺跡は大きいなーー」

「他の古代遺跡は小さいんっすか?」

「いや、小さくはないんだが……ここまでの規模となると東大陸にあるアトラス帝国近郊の古代遺跡に近いものがある」

「リアン殿が見つけたあの魔王の居城があったとされる古代遺跡ですな」

 魔人には統治する長、魔王と呼ばれる者がいたとされ、絶世の美女の姿をしているがその見た目とは裏腹に、無数の牙を生やした大きな口が腹に付いたバケモノだと、ある伝承に記されていたのを読んだことがあった。

 腹に口と言うのは意味が分からなかったが、人間では無いという事だけは確かだと窺えた。

 以前アトラス帝国近郊の古代遺跡の調査を行った時、そこから出た品を検品してもらった中にその魔王の存在を仄めかす書物と魔王が付けていたであろう金品が数点見つかったのだったが、全て王都に押収されてしまった為手元には一つも無かったのである。

 そして何を隠そうその古代遺跡でそれらを守っていたのがクリムゾンドラゴンであり、倒して一躍英雄とまで呼ばれるようになった場所なのだから忘れる筈も無いのだが。

 しかしそこに酷似するこの古代遺跡から隠し通路が見つかったと言うのはどうも何かあるとしか思えてならない。

 この肌に感じる寒気はクリムゾンドラゴンと対峙した時の感覚を思い出すのだった。

「ーー何か嫌な予感がする。二人とも、油断しないようにしていこう」

「なに、リアンさんがいるから大丈夫っすよ! 心配はいりませんって!」

「無論、油断などしないでありますが、我々ならば問題なく依頼を達成して戻れるだろうな」

 そんな俺の様子を他所に、二人は意気揚々とした面持ちで古代遺跡へと足を踏み入れて行った。一抹の不安を残しながらも、俺も二人を追うようにして古代遺跡へと足を踏み入れたのだった。

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