10話 トラウマ


 俺は今、少女と楽しく鬼ごっこをしている。

 なんて、軽口叩いてる余裕はなかった……。


「くそっ! 一体どんな装備してりゃあんなスピードが出るんだよ!」


 いくら追いかけても少女との距離が縮まらずイライラして怒鳴ってしまった。

 あの少女は軍関係者とか武装勢力に所属しているのだろう。生身の人間がロボット相手に障害物があるとは言え、ここまで逃げ続けられるだろうか?


 いくつかの岩肌を抜けると、追いかけていた少女が急に動きを止め、こちらを振り向いた。


記憶回想フラッシュバック


 少女が手を前に突き出したかと思うと、視界が真っ白になり、意識が遠くなっていく……。


「沢山苦しんでくださいっす」


____________________



 ミーンミンミンミンミンミーン。


 蝉の鳴き声が聞こえる。

 起きようと上半身を上げようとするが体が重い。


「コイツ、まだ起き上がるのかよ!」


「化け物かよ」


 笑い声とも恐怖の声ともとれる様な、子供の声が辺りに響く。


「悪いがここはどこだ? お前は……。ヨシカズ達か」


 どうやら俺は夢を見ているようだ。

 目の前に居る子供達は、小学生時代のクラスメイトでいじめっ子だった奴らだ。


「なんだ、カナデの癖に偉そうなしゃべり方しやがって!!」


 一番身体の大きい、ヨシカズが叫びながら俺の腹を蹴ってくる。


「うっ!」


「みんな、やっちまえ!!」


 5人の子供からの蹴りが続く。夢なのに痛みが感じられ気持ちが悪くなっていく。


「おい! お前らカナデに何してンだ?!」


 いじめっ子らに蹴られていると、彼らの背後からハキハキとした声の男の子が声を上げた。


「げっ! だんが来た! みんな逃げろ-!!」


 蜘蛛の子を散らすように、いじめっ子達は俺から離れていった。

 助かったと内心ホットしたものの、弾と呼ばれた男の子は誰なのかと疑問に思う。


「またいじめられてたのかー? お前も相変わらず弱っちいな」


 笑いながら右手を差し出してくる弾。

その手を握り立ち上がろうとするが、急な頭痛と共に、バチッ! という音がしたかと思うと急に視界が真っ白になった。





「藍原君、聞いてますか? このまま追試ばかりでは行きたい学校へは行けなくなりますよ?」


 意識が戻るとそこは、俺が通っていた高校の教室だった。目の前に座っているのは、細淵のめがねをかけ黒髪を後ろ手に縛った痩せ型の中年女性。高2の時の担任だった、野口先生だ。


「貴方、部活も辞めてしまったでしょう? お兄様の事は残念でした…… しかし、貴方の人生は貴方がしっかり決めていかないといけません

よ!」


 そうまくし立てられ面食らいながらも

、再び現れた『兄』と言う単語。

 違和感しかないのに、変に胸騒ぎが起きる。


「兄って何の事ですか? 俺に兄妹はいません…… 」




 バチッ。




「良い試合にしような」


 目の前にいる剣道着を着た人が声を掛けてくる。


「あぁ。俺もここまで頑張ってきたんだ。簡単には負けるつもりはないよ。兄さん」


 兄さん? 口が勝手に動く。


『第〇〇回全国高等学校剣道大会決勝が今始まります!!』


 アナウンスがあり、試合が始まった。

相手との間合いは変わらず、お互い剣先を軽くぶつけ合う程度。


「様子見してるだけじゃあ勝てないぞ?」


「それは兄さんも同じでしょ!」


 言いつつ先に俺が動き始める。上段の構えから面を放つものの、簡単にいなされ反撃の胴打ちがくる。

 ギリギリで竹刀を返し一撃を受け、間合いを計る為引き面を放ちながら下がる。


 すると相手は俺との間合いを詰めるように、カウンター気味に面を放ってきた。




 バチッ。




「大丈夫だ。俺は死なないよ。」


 目の前から青年らしき声が聞こえてくるが、辺りがとても暗く誰なのか分からない。

その声がする方へ手を伸ばすが何かが服に引っかかりそれを邪魔をしてくる。


「兄さん! 一緒に脱出するんだよ!」


 また自分の意思には関係のない言葉が口から発せられる。


「奏。動けるおまえが救助を呼んできてくれ。俺はなんとか抜け出せると思う。怪我もそんな酷い感じじゃないから大丈夫だ。」


「……。分かったよ。兄さんが簡単に死ぬわけないもんな! ちょっと待っててくれよ!」




バチッ。





「兄さん……!! どこに行ったんだよ!! 兄さーー-ん!!」




バチッ。




「よう。久しぶりだな。元気してたか? って酷い顔してるな……」


 気がついたら、真っ白な空間で『だん』と呼ばれていた少年が話しかけてきた。


「頭が割れるように痛いんだ……無理矢理脳みそを弄くられたようだよ……」


 痛む頭をほぐしながら答える。


「それは災難だったな。まぁそのおかげで俺と話が出来るんだ、ポジティブにいこうぜ」


 弾が笑いながら話しかけててくる。


「そうか……それでアンタは何者なんだ?」


 先ほどから流れる映像と体験から、おおよその予測は出来ているが疑問であることは変わらないので、質問をしてみる。


「何者って、俺の事を忘れたのか? お前の双子の兄貴。『藍原弾あいはら・だん』だよ。」


「兄? 俺は一人っ子だ。親からもそう言われている。俺を騙そうとしてるのか?」


「アイツら……奏の為に隠しているのか……相変わらず優しい両親だことだ。ま、忘れているのを無理に思い出させるのも難しいからな」

 弾は右手をあごに当て、思案気に何かを考えている。

 しかし、親が俺に双子の兄がいることを隠していた? そんなことをする意味があるのか?

 疑問に思っていると弾が話しかけてける。


「そうだ奏、今お前地球にいないんだなー」


「地球にいない? じゃあここは何所なんだ? 解らないことだらけなんだよ……!! 一体俺はどうなったんだよ……!!」


 いきなりの指摘に混乱してしまう。俺の事もこの世界のこと俺より知っているような口ぶりで話してくると言うことも、俺の精神を揺さぶってきた。


「まぁまぁまぁ。そんなに慌てるなよ。奏はもっと冷静なキャラしてたろ?」


「冷静なキャラってなんだよ!! 一体俺の何を知ってるんだ!」


 怒りの余り、弾に怒鳴り散らしてしまう。今まで理不尽な戦闘や世界感に翻弄され、そして、久しぶりに見た元の世界? の映像が俺の箍を外してしまったようだった……


「一体なんなんだよ……」


「泣くことはないだろう。こっちの世界に来てから精一杯頑張ってきたのはよく知ってるぞ? 神姫ちゃん達を偏見の目で見ることなく助けたり、デートしてみたりとかな」


「なっ! なんで知ってるんだ? どこから見てたんだ! ってそんな怒る事でもないか……はぁ。」


 恥ずかしくなり怒鳴ってしまったが、そんな事で怒鳴った自分にも情けなくなって泣けてくる。


「まぁまぁ。この世界がなんなのかは知りたくないのか?」


 弾が急に真面目な顔になり問いかけてきた。


 もちろんそれは知りたい。だが、弾という人間? が信用に値するかどうかはかりかねていた。

何かしら解った上で話しているあたりコイツが黒幕なのではないかと、疑ってもいる。


「聞かせて貰おうか。その上で、今の俺がどうなっているのか判断する」


「おー! 奏らしくなってきたじゃん。よし、ではお兄さんが今の奏の状況を知っている限り教えて進ぜよう」


 どうも胡散臭いが、今は聞くことに専念した方がよさそうだと判断し弾の話しに耳を傾けるのであった。

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