第4話 けんかの相手

 今日の夕食は、ものすごく微妙な雰囲気だった。

 食べ終わってすぐに、「今日は早く寝なさい」なんて言われて、せいじ君とさっさと部屋に入ってきたけれど、いつもはバッチリ起きている時間だから眠る気にもなれず、電気をつけたまま横になった。

 せいじ君もいつもは寝る前に本を読むのに、今日は何も持たないで隣の布団に入ってきた。


「せいじくん、電気消す?」

「まだいい。」

「そっか。」


 返事を聞きながら、ごろんとせいじ君の方に寝返りを打つと、せいじ君もこっち向きになっていた。反対側を向くと青くなっているほっぺが床の方につくから痛いのかもしれない。


「ねえ、ほっぺ痛くない?大丈夫?」

「言われたらなんか痛くなってきた。」

「え!?大丈夫!?」

「うん。平気。」


 いつもみたいに落ち着いた、静かな声が返ってきた。


「ねえ、何でけんかしたの?せいじ君、けんかとかしなそうなのに。」

「けんかなんかしてないよ。」


 せいじ君にうそをついている様子は全くない。でも、


「でも、転んだんじゃそんなけがしないよ。私にだってちゃんと分かるよ。」

「そうだね。……しいて言うなら、一方的な暴力の被害にあった。」


 ――いっぽうてきなぼうりょく。

 聞きなれない言葉だけれど、その一言でせいじ君に何があったのか分かった。


「せいじ君、いじめられてるの!?途中で転校してきたからかな?私がまとめてこらしめてあげる!!誰にやられたの?」

「いじめじゃないから。」

「え」


 じゃあ誰が。呟くような問いかけに、せいじ君もぽつりと答えた。


「担任。」


 びっくりして、息がつまりそうになった。そんなことなんて、あるの。

 向かいあっているせいじ君の顔が視界に映るけれど、せいじ君の目はいつも通り静かで、嘘なんか1つも言ってないことが分かる。

 本当に、先生がやったんだ。


「なんで、先生そんなひどいことするの。せいじ君、悪いことなんてしてないのに。」

「その場にいなかったひなにそんなこと分かんないでしょ」

「分かるもん!せいじ君は悪いことなんてしない!それに、どんな理由があっても、暴力は最初にやった方が悪いんだから!」


 感情が高ぶって、涙声になってきた。

 せいじ君はすごく良い子だ。ぶっきらぼうに見えて私の話をちゃんと聞いてくれているし、勉強だって言われなくてもきちんとやるし、自分のお皿は自分で片付けてる。

 誉められることはあっても、怒られたり、殴られたりすることなんてしないはずだ。


「せいじ君は宿題ちゃんとやってるし、きっと授業でうるさくしたりとかもしないのに、なんで怒るんだろう。私、分かんないよ。」

「騒がないから怒られたんだよ。」


 騒がないせいで怒られた――?

 せいじ君は何を言っているんだろう。


「ぼくみたいのは子供らしくないから可愛くないんだって。宿題多めに進めてたらそう言ってきて、少し言い返したら、『大人をなめるな!』ってさ。で、こんな感じ。』


 大して気にした風もなく、せいじ君は言った。

 つまり、せいじ君はいつもどおり、ちょっと難しい本を読んだり、算数の問題を早く解いたりしているだけで、その先生は怒って、殴ってくるんだ。こどもらしくなくても、せいじ君は「せいじ君らしく」振る舞っているだけなのに。


「何泣いてるの。」

「だって、せいじ君、何も悪いことしてないのに、そんなこと言われたってせいじ君の個性だし、なんで怒られなきゃなんないの。」


 悪いことをしたんじゃないから、直しようがない。いじめっこじゃなくて先生が相手では、私はこらしめてあげられない。どうしようもないことばかりで、何もできなくて、くやしい。


「何にもできなくてごめんね。」

「いいよ別に。ほら、よしよし。」


 せいじ君が小さな手で頭をなでてきた。なんで私の方がなぐさめられてるんだろう。

 でもやっぱり殴ってきた先生の目は節穴だ。元気いっぱいに騒いだりする子供らしさはちょっと薄くても、せいじ君はこんなに優しくてかわいいのに。せいじ君の担任のハゲ……。


「ひな、寝たの。」


 規則正しい寝息を立てはじめた相手に声をかけたが、返事はなかった。泣くだけ泣いたら眠くなってしまったようだ。


「ま、担任の気持ちも分かるけどね。」


 思いきり怒ったり、泣いたり、笑ったり。そういった反応をしっかりする子供らしい子供の方が、素直でかわいく見える気持ちは分かる気がする。

 そして、そういった気持ちを分かってしまうあたりがまた、子供らしくなくてかわいくないと思われてしまうんだろう。

 悲しいとは思うけれど、涙の1滴も出てこないから、思いっきり泣くという「子供らしいこと」はやっぱりできそうになかった。

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