第3話 ヴァンパイアになるということ

 ガルト様が背中につけてくれた羽は、当然の事かもしれないが、すぐに使えるわけではなかった。

 飛びたい、という気持ちだけで飛べるようなものではなかった。

 体が背中の羽を拒絶する事から来る背中の痛みとの戦いのせいで、ガルト様と狩りに行くことも、当然できなくなった。

 私がガルト様によって獣人となった時は、こんなことはなかったのに。

 あの時は、目が覚めた時には狼の耳としっぽが生えていて、それほど辛い事もなかった。痛い思いもしなかった。

「我慢しろ」

 ガルト様は、痛みに悶える私に対して、そう言った。

「元々ヴァンパイアでない人がヴァンパイアになる、という事は大変なことなのだ。ヴァンパイアは獣人でいるときよりも体力も使うから、俺はお前をヴァンパイアにするか迷っていた」

 そうだったのか。

 ガルト様は、そこからヴァンパイアについて教えてくれた。


「元々、ヴァンパイアと狼は、本当は一緒にいてはいけないと言われているのだ」

 確かに、よくヴァンパイアと狼人間は敵対するものとしてよく言われている。

 それなら、どうして、ガルト様は私に獣人になる能力、それも狼人間になる能力を与えたのだろう。

 そう思っていると、ガルト様は、にやりと怪しげに微笑んだ。

「どうしてだと思うか?」

 どうしてだろう。私が女子だからだろうか。それとも、本当は他の動物にするつもりが、どこかで間違えて、私を狼人間にしてしまったというところだろうか。

 他になにか思いつく事が無い。


「なぜかって言うとなぁ……俺はなぁ! お前を上手に扱える自信があったのだ!」

 答えが予想外すぎだ。そして、どこから来たのだろうか、その自信は。

 でも……こんなに目を輝かせているガルト様を見るのは、初めてかもしれない。

 ああ、私はこの人に仕えていてよかった。

 そう、心の底から思った。


 羽が使えない間、ガルト様は1人で外に狩りに行くようになった。

 私はというと、魔界でお留守番だ。

 一応人間でもあり、獣人でもあり、ヴァンパイアでもあるが故に、食べ物は意外となんでも食べる事が出来た。

 ただ、飲み物はもちろん血である。狩りに出て飲む事が出来ないせいで、のどが渇いて仕方が無い。

 獣人として、生肉もよく食べる。

 ヴァンパイアは炎が苦手、とよく昔聞いたが、実際はヴァンパイアになっても料理は普通に今まで通り行う事が出来るようだった。意外だ。

 ヴァンパイアになる、と言う事は、獣人よりも弱点は増える。


 でもそれでもヴァンパイアになりたかったのは、他でもない。ガルト様に少しでも近づきたかったから。


「ロゼ、調子はどうだ」

 座っている私を見下ろすように、ガルト様は私に声をかけた。

「まだ、飛べません」

「そう……か」

 ガルト様の表情が、珍しく暗い。

「なんか、悪かったな」

 どうして、謝るのだろう。私がヴァンパイアになりたいと言ったから、今苦労しているわけで、ガルト様は何も悪くないのに。ガルト様に謝らせてしまった自分の方が、悪いような、そんな気がしてきた。

 ガルト様の表情が明るくなるように、私は、精一杯の笑顔をつくった。

「大丈夫ですよ、頑張って飛べるようになりますので」


 とは、言ったものの。どうやったら飛べるようになるのだろうか。

 念じてみたり、羽が動いて空を飛ぶイメージをしてみたりと、考えられる方法は色々やってみたけれど、どれも効果があるようには思えなかった。

 もう、これ以上考えられる方法なんてない。

 ガルト様に聞こうとしても、タイミングを逃したり、寝ている時間だったりで、なかなか聞く事が出来ない。

 全く、困った事だ。でも、もし今度ガルト様に聞く事が出来そうなタイミングがあったら、聞いてみよう。聞くこと以外に方法がないのだから。


 そうして、そのタイミングは訪れた。

 ガルト様は、その日は狩りに出かけるまでに時間があったようなので、声をかけてみることにした。ガルト様の機嫌は良いわけではないが悪くもないようで、躊躇うことなく相談に応じてくれた。

 やり方を聞いたあと、2,3日程練習すると短時間ではあるが、少しだけ空中に受けるようになった。


 そうして、ヴァンパイアになってから2週間が経った頃。

 空を飛べるようになった私は、ガルト様と一緒に狩りに出ることを許された。

 今夜、久しぶりに外に出られる。そして、ガルト様と一緒に狩りができる。そう考えただけで晴れやかな気持ちになった。

 冷たい外の空気。暗くて月明かりだけが辺りを照らす夜の魔界に飛び出して、羽を使って降りていけば人間の住む地上に降り立つことが出来る。

 2週間血を飲んでいなかったせいで、私の喉はカラカラになっていた。もう我慢できない。


 私は待ちきれず、いつも外に飛び出す時に開ける窓の前を何度も何度も行ったり来たりしていた。

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