第43話 だから、どこで覚えたんだよ、そんな台詞

「人であってもな、血液を生み出すためのパーツには、生活なんていらないし、人権なんてものははなからないのさ」


 伊東一刀斎とはじゃれていたとでも思っているのか、ドンゴは工場の説明を再開した。

 待たせてもいいと思っているんだろうけど、それでいいのか、本当に?


「でも、生きているんだろう?」


「ああ。だが、生きる屍ってところだな。自由もなければ意思もない。ただのパーツなんだよぁ、パーツ」


「基準を満たせない血液が採れない人間は、殺処分にゃ。パーツではなく、使い捨ての歯車にゃ。そんな歯車を人へと進化させるのは大変にゃ。一苦労だにゃ」


 クラディア十五世が困ったよう顔をして、大げさに手振り身振りでそう言い放つ。

 俺的には、未だにこの人のキャラが掴めない。

 何キャラなんだ、こいつは? 語尾に『にゃ』が付くだけで、それ以外は何の特徴もないキャラなのか。


「殺処分か。ようは使い捨てって事なのか。本人達に思考能力があれば辛いだろうけど、そうじゃないのならば、どうなんだろうだ? 幸せなのか? 不幸なのか? それとも、なんだか分かっていないのか?」


「冬眠状態だから、分からないが正解にゃ。三年寝太郎にゃ。ずっと夢を見続けているようなものだから、幸せかもしれないにゃ」


「……分からないってところか」


 そんな人たちを解放しても大丈夫なのか?

 生活とかできるものなのか?

 自立とかできるのか?


「お前の考えている事くらい、まるっとお見通しにゃ。血液を売るのは仕事として残すのは当然にゃ。しかしだにゃ、パーツとしてではなく、人として生活してもらうにゃ。文明的な生活をしてもらうにゃ。それが幸せかどうかは、猫の余には分からないがにゃ」


 無責任な猫だ。


「おら、見てみな」


 ドンゴが壁にしか見えない扉を開けて、中を見せてくれた。

 扉の先には、大きなカプセルがあって、その中には人が入っているのだが、そのカプセルの中に入っているのが女だか、男だか判然としていない。

 髪の毛だけではなく体毛もなく、身体の凹凸もあるのかないのかさえよく分からない肉の塊だった。

 人というよりもただの肉塊。

 これは……。


「ま。そういう事だな」


 ドンゴはもう見る必要はないだろうと言いたげにバンと大きな音を立てて閉めた。


「伊東一刀斎……か。やるか」


 こんなのを見せられて、解放するしないの逡巡をするのは馬鹿らしい。

 とりあえずは解放して、クラディア十五世指導の下、人として生活してもらうしかない。それが幸不幸かは、その人たちが決めるべきなのだと納得させて……。




               * * *




「待たせたな」


 伊東一刀斎は言葉通り、工場の外でじっと待っていた。

 瞑想でもしていたのか、着物が汚れることもいとわずに刀を置いて、その場に正座をしてじっとしていた。


「私は退屈していました。来る日も来る日も肉塊の殺処分という、反吐が出る人斬りの仕事ばかりでした。あなたのような豪傑が来るかもしれないと知って、己の腕がさび付いていないかどうか恐れていたのですが……」


 伊東一刀斎はカッと目を見開き、俺を見据えた。

 枯渇から渇望へと瞳の色が変わる。

 伊東一刀斎は飢えていたのか、俺同様に!

 手応えのある敵って奴をよ!

 ならば、応えてやらねばなるまい。この俺が最強だという事を教え込む意味でもな。


「さて、真剣勝負と行こうじゃないか。俺はこの拳が武器だがな!


 伊東一刀斎に見せつけるように拳を作り、ぐっと握る。

 なんだか、この戦いは俺を満足させてくれそうだ。

 俺の心を満たせてみせろよ、伊東一刀斎!!


「……」


 伊東一刀斎が刀を手に取り、すっと流れるような所作で立ち上がった。

 ただ正座を崩して立ち上がっただけなのに、滑らかで、無駄のない動きであった上、華麗さをまとっていた。

 つい魅入ってしまうほどだった。


「審判はリリがするのです!」


 真剣勝負の殺気だった空気を一瞬にして、ほんわかにさせてしまう声が響いて、俺はびっくりした。


「はああああああっ!?」


 なんでいるはずのない奴の声がするんだよ!

 声がした方に慌てて視線を向かわすと、そこには審判役をやる気満々といった顔のリリがちょうどよい距離に立って笑顔を振る舞っていた。

 リリは転送されていなかったはずだが、どうしてここにいる?

 もしかして、ドンゴがやったのか?

 ドンゴを見ると、顔面蒼白といった様相で、どこか遠くを睨み付けている。隣にいるクラディア十五世は尻尾を逆立てて、ドンゴが見ている方を目で威嚇していた。

 何しているんだ、二人は?


「リリ、なんでお前がいるんだよ!」


「リリ達は、変なおじさんに連れてきてもらったのです」


「たちぃ?!」


 周囲を恐る恐る見回すと……


「なんでいるんだよ!」


 今現在、俺の家に居候状態の女の子達がちょっと距離を置いて、俺たちの戦いを見守っていた。

 誰がこの世界に転送した奴は。

 ドンゴか? ジオールか? それとも、舞姫か?

 でも、変なおじさんって言ってたから知らない奴か? そういえば、こいつらには言っていなかったな、知らないおじさんに付いていってはダメだって。無防備すぎるだろうが。


「にーに、がんばれ~」


 ぴょんぴょん跳びはねたりして応援していたりしてはしゃいでいるが、サヌは見た目通りまだまだ精神年齢が幼いって事なのかな。


「ご主人様、がんばって!」


 というか、この子の名前を訊かないとな。

 いまだに名前を知らないのは失礼じゃないかな。


「負けたらしょうちしないんだからね!」


 エーコはすっかりツンデレが板についている……。

 まあ、いいか。


「そろそろ始めたいんだが、黄色い声援ばかりじゃお互いの気概が削がれそうだし」


 真剣勝負に水を差されそうな気がするので、ギャラリーになったサヌ達を見やった後、リリに視線を移す。


「分かったのです」


 リリはパッと顔を輝かせて、右手を天へと掲げ上げる。


「いざ尋常に、一本目」


 上げた手を振り下ろし、


「はじめ~!」


 そう叫んだ。


「だから、どこで覚えたんだよ、そんな台詞」


 頬をぴしゃりと叩いて、気合いを入れ、腰をぐっと落として構える。

 それに対するように、伊東一刀斎も刀を構えたのだが、その瞳から光がふっと消えて、意思さえ感じない虚無の目へと変化した。

 完全に気配が変わった。

 神域の無心に達しているようで、プレッシャーが半端ないな。

 これが剣豪って奴なのか。

 外見だけはおっかないが、中身が大して伴っていなかった魔王とか邪神とかは大違いだな。

 内からいずる気というか、気迫が半端ない。

 間合いをじりじりと狭めていき、距離を縮めて行って、そこからってのがセオリーかもしれないが……


「俺は攻める!」


 踏ん張りを利かせてから、地面をダッと蹴って、一気に距離を狭める。

 懐に飛び込んだと思った時には、


「ッ!」


 上段からの振り下ろされた刀が俺を襲っていた。

 いつ振り上げ、いつ振り下ろしてきたのか俺には見えていなかった。

 避けるように後ろに飛んだのはいいが、右足を地面が着いた時に、その右足めがけて刀が迫っている。

 右足だけで上へと跳ね、空中で体勢を整えようと、くるりと一回転しようとした。

 体勢を立て直せる気はさらさらないようで、虚無の目の伊東一刀斎が俺を間合いを入れるように跳躍し、中段からのすくい上げを繰り出していた。


「おっと」


 ひらりとかわしつつ、刃の横に靴底を叩きこんで踏み台にするように飛ぶ。

 十分に力は入らなかったもので刀を折ることはできなかったものの、伊東一刀斎の連撃から逃れる距離を取れる位置に降りる事はできた。


「凄いな、あんたは。力技じゃなくてなんて言うんだ? 舞うように振るうんだな、刀を。美しい軌道を描くもんなんだな、剣豪の振るう刀って奴は」


 虚ろとは違う、芯がないようである瞳でじっと見据えつつ、伊東一刀斎は中段に構えている。

 雑談に応じる気はないのか、それとも、無我の境地を体得しているが故に会話など耳に入っていないのかもしれない。


「ナルイハーVとは違う高揚感だな。どこまで行けるのか分からないのがゾクゾクする!」


 また攻勢をかける。

 馬鹿の一つ覚えのように伊東一刀斎の間合いへと飛び込むも、頭をガードするように頭を低くさせたせいなのか、今度は下段からの逆袈裟斬りが繰り出されていた。


「甘い!」


 向かってくる刀を蹴り飛ばそうとするも、刀の軌道が足が届く数瞬の間には変化していた。

 斬撃から突きへと手を変えていた。

 俺の蹴りが空を切った。

 が、そのままでは俺の身体が貫かれてしまうと、とっさに身構えるようとしたが……

 いや、このままでいい!

 すうっと刀が腹部の中へと刺し込まれているが分かる。

 身体の中にひんやりとした冷たい異物が挿入されているような……そんな感覚だな、これは。

 というか、異世界でダメージらしいダメージを受けるのがこれが初めてじゃないか?

 刀身がさらに食い込む前に筋肉に力を込めて、それ以上の突貫を許さないようにした瞬間、右手で拳を作り、込められる限りの力を込めて、俺に突きを繰り出したせいで眼前にいる伊東一刀斎の右頬の全力の拳を叩きこんでいた。

 俺の拳が頬にめり込んだ瞬間、伊東一刀斎は虚無の目が光を取り戻す。

 光が宿った瞳で、俺の目を見つめた。

 信じられないという色ではなく、悟ったような色の瞳であった。

 刀を手放した……というか、手が離れたといったところなのだろうが、伊東一刀斎は直前で致命傷を避けるかのように動いてはいた。俺の全力を完全には殺しきれなかった。川に向かって投げた小石であるかのように、何回か地表という名の水面で跳ねて、跳ねて、跳ねて、ようやく水面へと落ちた。


「刺されるの、痛いって!!」


 腹に刺さったままになっていた日本刀を抜くと、血がものすごい噴き出してきた。

 痛いことは痛いが、車に特攻された時の痛みに比べれば……同じくらいだ。


「おお、血が噴水みたいにピューって噴き出てる! 面白い!!」


 悶絶するほど痛いけど、前みたいに後でチート薬使って治療すればいいか。


「……やってなかったのか?」


 今さっきの一撃で終わったかと思ったんだが……。

 倒れている伊東一刀斎の指がぴくりと動いた。

 そして、地面の土をかきむしると、身体をゆっくりと起こした。

 虚無の目はそこにはもうない。

 まだ剣豪としての意思はありそうではある。

 立ち上がり、黒い桜の着物についた埃を払う。


「……私はまだ無想剣を極めきれてはいなかったようですね。不抜けてしまった上、修練不足を悟りました。良き出会いを感謝いたします」


 伊東一刀斎は乱れていた着物の一部を直すと、姿勢を正して手を前に重ねて深々と頭を下げた。

 そして、そのまま崩れるように前へとつんのめった。


「勝負あり! なのです!」


 リリの声が木霊した。


「ちょっとこれ痛いって、痛いって!」


 誤差はあれど、刀が隙に向かってくるのを逆手に取って、肉を切らせて骨を断つ戦法を採ったが、次は通用しないだろうなぁ。あのままやりあっていたとしても、どっちも決定的な一撃を与えられないまま、時間ばかりが過ぎる結果になっていただろうし、これで良かったんだ。痛いけど……。

 ドンゴの方を顔を向けて、チートの薬をポイントで交換してもらうよう口を開けようとしたときであった。


「私達は伊東一刀斎さんを飼い殺しにして、鈍らせてしまったようだ。全盛期はもっと鬼夜叉であったというのに嘆かわしい」


 伊東一刀斎が倒れている辺りから声がしたので、視線をそちらへと移していた。

 倒れている伊東一刀斎のすぐ傍に一人の男が立っていて、じっと見下ろしていた。


「私達は束縛せず解放するしかないようだ」


 男は顔を上げて、涼しげな顔を俺へと見せた。


「良い果たし合いを感謝する。真剣勝負はいつ見ても心躍るものである」


「誰だ、あんたは?」


「私は完遂の弥勒と呼ばれた男だ」

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