第26話 死ぬのはちょっと待て。俺がこの世界を変えてやる

『異世界ミスカルダル 後編』





 手応えはあった。

 今の一撃は、確実に決まったはずだ。


「にーに、ごめんなさい」


 優男を殴ると同時にサヌを引きはがし、抱き寄せていた。

 サヌには傷一つ付いていない。

 良かった、無事で。


「サヌ、謝る必要はない。今のよくわかんない奴が悪いんだから」


 サヌのあどけない表情を見て、俺は緊張感をほぐすように息を吐いた。


「それにしても……」


 あの優男は遙か遠くで地面にめり込むようにして倒れている。

 何者か訊くのを忘れていたが、倒してしまったし、今更どうでも良いか。


「……ああ、二回も死んじゃった。君、強いね。まともにやりあっていたら、このまま本当に殺されそうだね」


「……なんだと?」


 優男が平然と立ち上がった。

 にわかには信じられなかった。

 さっきの拳で頭を潰していたはずだから死んでいたはずだ。それなのに、どうして起き上がれる。

 あいつは、不死人か何かか?


「何故立てる?」


「あれ? 聞いていないんだ。デスティニー・マイスターとは僕の事だよ」


「デスティニー・マイスター? 聞いた事ないか。何かの資格か何かか? それとも、勝手に名乗っている雑魚か?」


 妙だ。

 最初見た時と何かが違う。

 ああ、そうか。

 左頬の数値だ。

 最初見た時は『47』じゃなかったか? なんで『45』になっているんだ?


「僕は逃げるよ。そう逃げるの。ちゃんと僕のミッションをクリアしておいてね。それじゃ」


 デスティニー・マイスターと名乗った優男は何事もなかったかのように俺に笑顔を向けてから、風と共にふうっと消えた。

 優男は笑ってはいたが、目が憎悪でくすんでいた事に戦慄を覚えたが……。


「……にーに、痛い……」


「うお!? すまん!」


 デスティニー・マイスターとかいう奴に気を取られすぎて、サヌの事を強く抱きしめすぎていたようだ。

 力を入れすぎていたから、跡ができたりしていないだろうか。


「にーに、もう大丈夫?」


「ああ、もう終わった」


 サヌの髪の毛をくしゃくしゃにするように撫でても、サヌは嫌がるそぶりを見せるどころか、嬉しそうに目を細めた。


「だが、残念な事に、ここでミッションをこなさないと帰れないんだ。ちょっと付き合ってもらってもいいか?」


「うん、にーにといるの楽しいからいいよ」


 さっきのは楽しい事だったのかと疑問が残るんだが……。



 * * *



 老若男女が行列をなす安楽死施設。

 それらしき施設はすぐに見つかった。

 近代的というよりも近未来的な街並みが広がっていたのだが、その街並みの外れの方にスラムのような街並みがあった。掘っ立て小屋などが建ち並ぶ中に、異質な近代的な建物があったのだ。

 窓一つない建物で、外壁は鉄かステンレスなのか、冷たい輝きを放っていて、収容所か牢獄のような印象であった。


「ここか?」


 そんな建物の前に、ぼろ切れ一枚を羽織った者達が数十人以上並んでいたのだ。

 多くは老人であった。

 だが、中には若い男がいたりしたのだが、老人達と同じように目が完全に死んでいた。夢も希望もない、背中がそう語っていた。


「何故、死を選ぶ?」


「にーには、死にたいと思った事ないの?」


「テストの点が悪かった時とか、告白したけど断られた時とか、色々とあったかな」


「うちもあるよ。みんな、殺されちゃって、ひとりぼっちになったとき」


「……」


 俺は絶句し、何も言えなくなった。


「ひとりでどうしようって思ったら、うちね……」


 サヌは言いかけていた言葉を飲み込んで、列の向こう側を指さした。


「……あれは?」


「ん?」


 サヌが指さす方を見ると、一枚の大きなぼろ切れが道ばたに落ちていた。

 風にあおられるも、何かがひっかかっているのか飛ばされたりせず、何か不自然ではあった。


「あれは……人?」


 サヌに言われて、じっくりと観察すると、人の手のようなものがぼろ切れから出ているのが見える。

 確かに人のようだ。

 行き倒れているのだろうか。

 ここからでは生きているのか死んでいるのか判断できない。


「生きてたの?」


 俺が動くよりも先に、サヌが何かを期待するかのような眼差しを向けながら駆けだした。

 俺もつられてサヌの後を追う。


「サリサ?」


 サヌは倒れている人に駆け寄り、その顔をのぞき込んだが、思い描いていた人とは異なっていたからなのか、その瞳があからさまな失望を示した。


「でも、似てる」


「女の……子?」


 おそらくは、サヌと同い年くらいなのだろう。

 あどけなさがまだ残っているのだが、やつれ具合が半端なかった。数日間飲まず食わずであるかのようにガリガリであった。


「おい、大丈夫か?」


 少女を抱き起こして声をかけると、少女はゆっくりと目を開けるも、そこにあったのは死んだ魚のような目であった。


「施、設に……連れて……いって……」


 途切れ途切れ、少女は言う。


「気を確かに。施設って何の?」


「死に……たい……」


 少女は再び目を閉じたのだが、少女の身体が急に重くなった。

 嫌な予感がして少女の身体を揺さぶると、まだ息があるのが分かり、俺は安堵した。


「……気絶しただけか」


 数日間飲まず食わずなら、まずは水分補給からか。

 いきなり食事なんてさせてしまっては、逆に殺してしまう事になる。

 飢餓状態からの食事は死ぬ危険性をはらんでいるからだ。


「とりあえず、水だけでも」


 俺は少女を抱きかかえて、スラム街の方へと走り出した。

 そんな俺を追うようにサヌもまた駆けだした。



 * * *



 飲食店のようなものがあったので、累計ポイントを現地の通貨に変換し、とりあえず水を購入した。

 一気に飲ませるのは不味いと感じ、口の中を湿らすように水滴を口の中へと運ぶと、無意識うちに水滴に反応して舌が舐めたりしたりした。


「その子、死なせてやんなよ」


 水を売ってくれた飲食店のおばちゃんが、俺というか、少女の事を哀れんだ目で見つつ、諭すように言った。


「俺は外界から来た人間なんで分かっていないんだが、どうして死にたがるんだ?」


「その子は、税金が払えなくて死ぬしかないんだよ」


 おばちゃんの言う事を要約すると、こういう事だった。


 この世界では、人が何か行動する度に税金がかかるというのだ。トイレに行くのも、食事をするのも、眠る事も全て税金がかかるという。

 それというのも、この世界においては税金を払い続けられる人間が優秀であり、優秀である者こそがこの世界で生きていく価値のある人間だとされている。


 税金が払えない人間には生きる価値はなく、生きる事が許されない。

 払えなくなった人間は滞納した税金のために奴隷として他の世界に売られるか、安楽死施設で死ぬかのいずれかを選択するように促される。しかし、奴隷として売られる者は若者のみで、老人などは価値がないとされ、死ぬしかないのだとか。


 安楽死施設では、まずは麻薬を打ち、幸せな気分になっている間に、脳と心臓の機能を停止させる薬を投与するのだとか。そして、死が確認されると、焼却処分される。焼却処分が完了すると、滞納していた税金が帳消しになるという。


 若者の中でも、奴隷として売られる事を潔しとせず、安楽死施設での死を選ぶ者も少なくないという。

 この少女もまた死を選んだからこそ、あの施設の近くで行き倒れていたのではないかと、おばちゃんは説明してくれた。


「この国の為政者がそんな政治をしているか?」


「為政者なんて、この国にはもういないよ。とっくの昔に全員排除されちゃってるよ。この国を運営しているのは、AIだよ、AI」


「AI? 人工知能だと?」


 人工知能に支配されているというのか、人間が。

 あのいけ好かないデスティニー・マイスターの『また失敗して、ダメな世界になっちゃったんだよな』との台詞が納得できる。だが、納得してはいけないように思えて複雑な気分だ。


「……死なせて……」


 少女が再び目を開けた。やはりその瞳に光はなく、虚ろそのものだった。


「死ななくていい。俺がこの世界を変えてやる。きっとだ。だから、死ぬのは、もう少し先延ばしにしてくれ」


「……いいの。死なせて……死なせて……死なせて……」


 少女はうわごとのように呟く。

 俺がこの世界を変えない限り、この少女の死にたがりは抑制できる事はできないだろう。


「死ぬのはちょっと待て。俺がこの世界を変えてやる」


「……変える? 変えると、死にたくなくなるの?」


「ああ、死ななくても良くなる。だから、俺を信じろ」


 デスティニー・マイスターのミッションをこなすのは生理的に嫌だが、今はそんな事を言ってはいられない。


「AIはどこにある?」


 俺はおばちゃんに訊ねた。


「わかんないよ、そんなのは。でも、あるとしたら、街の中心部にあるんじゃないかな?」


「中心部か。ちょっくら破壊しに行ってくる」


「なんだって?」


「サヌ、一緒に行くか?」


 こんなところにサヌをひとりぼっちで置いて行くわけにはいかない。

 それに、訊いておきたい事もあるしな。


「うん! うちはにーにと一緒にいる」


「じゃ、この子をよろしく頼む」


 俺は交換したお金をおばちゃんに全額渡して、近未来的な都市の中心部へと急いだ。



 * * *



「どこにあるんだ、AIは!」


 防衛システムは稼働していたが、俺の前では、豆鉄砲みたいなものだった。防衛システムだけではなく、中心部やめぼしい施設、それに、目立っていた公共施設なども破壊したのだが、元の世界には戻されはしなかった。

 他の場所を壊していくも、当たり前のように元の世界へと転送させず、いらだちだけが募った。

 その後も、半日くらい暴れ回るも、成果は全然なかった。


「糞が!」


 AIはこういった事態を想定していて、破壊されないための防御策を数多用意している可能性がある。というか、AIのある場所が分かっていないのだから闇雲に破壊しまくるのはもしろ愚策なのかもしれない。

 ここは一端退いて、作戦を立て直す方がいいのかもしれない。

 それに、少女の様子が気になるし、あの飲食店に行くか。


「サヌ、一端戻るぞ」


「うん、にーにに従うね」


 結局、サヌに訊きたい事を訊けなかった。

 友達が殺されたと言っていた事や、サリサという少女について、話を聞いてみたかったんだが……。


「……」


 あの飲食店に行くも、いたのは、店内でぼうっとしているおばちゃんだけで、少女の姿はどこにもなかった。


「あの子はどこに行ったんだよ!」


「……あの子は行っちまったよ」


おばちゃんの胸倉をつかんで問いただすと、俺の目を見ずにぼそりと呟いた。







『異世界ミスカルダル 後編』終了

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