第22話 今日は『いざ異世界のプライベートビーチへ!』の日だったな

『異世界のプライベートビーチ 上編』





 エーコをお姫様だっこしたまま、うつけ者の国からリビングルームに戻ってきた時、実は、俺たち二人以外にも、そこにいた奴がいたのだ。


「本城庄一郎さん。そのままエーコさんにキスをしたり、自室にお持ち帰りしても何ら問題ありませんよ」


 ジオールだ。

 椅子に腰掛け、コーヒーを飲みながら、俺たちの事をじっと見守っていた。


「おいおい」


 びっくりはしたが、エーコを抱きかかえている以上、下手に動けずジオールを軽くにらんだ程度に済ませた。


「人が恋に落ちる瞬間を見ているかのようです」


 ジオールがそう言うと、否定も肯定もせず、エーコは頬を赤らめて顔を逸らした。

 どういう事なのかが俺には分からないが……。


「舞姫が四人分のマイクロビキニを購入したと聞いたので、いざ鎌倉へとばかりに駆けつけたのですが、ロマンチックな光景が見られてとても満足しました。私としては、もっとラブリーな光景が見たいので、今回は水着回としましょう。もちろん、全員マイクロビキニです」


「何馬鹿な事を言っているんだ」


「いえ、これが私の与えるミッションですので、拒否権はありません。それに、しおりまでもう用意していますので修学旅行とでも考えてください。エーコさん達は一応帰国子女という設定にしてありますので、修学旅行を知らないというのは、いささか問題があります」


「……むぅ。一理あるのか、それって?」


 ジオールは椅子から立ち上がり、ペラ紙一枚を差し出してきた。

 俺はエーコをお姫様だっこしているので、手に取る事はできず、そのまま眺めるだけしかできない。

 エーコもその紙を見つめた。


『いざ異世界のプライベートビーチへ!』


 タイトルからして萎えてきた。

 タイトルの後には、こう書いてある。


『異世界のプライベートビーチで4人と初デート気分を満喫しましょう。深まる愛、深まる仲、そして、発生する突発イベント!』


「……おい」


「何か?」


 ジオールに悪びれた様子はない。

 全部目を通してから何か言おうと思い、その先に目を通すことにした。



9:00~  オリエンテーション

10:00~ 本城庄一郎による日焼け止め塗り

11:00~ 本城庄一郎と一緒にストレッチ体操

11:30~ スイカがないので舞姫の頭割り

12:00~ 昼食

13:00~ 自由時間

19:00~ 花火大会

20:00~ 帰宅



「……突っ込みどころ満載なんだが。一番おかしいのは、舞姫の頭割りだろ」


「先の件で舞姫をぶん殴りたくなっているだろうからの配慮です。あの人はそれくらいでは死にませんので、棒で頭をかち割ってあげてください」


「後が怖そうなんだが……」


 殴ってやりたいとは思っているが、スイカの代わりに舞姫の頭を使うのはある意味怖い。

 殴ったら最後どんな結末が待ち受けているのか想像できない。


「舞姫はあなたに殴られたり、恨まれる事を覚悟の上で、あのミッションを課しました。数代前の王の時の話ですが、舞姫の友人が不穏な事を言っていたという噂が立っただけで処刑されたのです。その友人に花を手向けに行こうとしたところ、不審者扱いで軍隊と衝突、そして、強制転送されました。悼辞さえできない事に舞姫は怒り心頭でしたが、今回はクーデターの噂を聞いて、あなたを陽動として使えないかと考えたのではないでしょうか?」


「陽動だと? そんな役割があったのか?」


「はい。あなたが暴れ始めた頃にクーデターが起こっていますよ。上手い具合に陽動する形になったのでは? 舞姫はこれで気軽に花を手向けに行けるようになるでしょうから、その程度の痛みはきっと許容範囲ですよ。ですので、舞姫の頭、1つや2つ問題ではありません」


 ジオールに反論しようとした時、リビングのドアが開いて、リリ達三人が入ってきた。


「ちょ、ちょっと!」


 リリ達を見て、エーコが首に回していた手を解き、いきなり慌て始めたものだから、俺は体勢を崩して、エーコを押し倒すようなに床に倒れた。

 しかも、胸の谷間に顔を埋めるような形で……。



 * * *



 土曜日の朝、八時にジオールに起こされる事となる。


「今日は待ちに待った修学旅行です。さ、起きてください」


「……そうか、今日は『いざ異世界のプライベートビーチへ!』の日だったな」


「起きないと、ハイメガ粒子砲を食らわせますよ」


 俺はその言葉を聞き流すことができずに、上半身を起こしてジオールを見る。今日は特別な日なのに、白スク水のままなのでがっかりした。


「そんなの、本当に撃てるのかよ。っていうか、ジオールは白スク水のままか。今日はマイクロビキニを着るんじゃなかったのか?」


「私にマイクロビキニを着せたいようでしたら、10億ポイントか、あるいは、私を完膚なきまで叩きのめしたら着てあげてもいいですよ」


「なら、一度……」


 そう言って飛び起きて、構えようとした時にはもうジオールに銃口を突きつけられていた。


「は?」


 どこに銃を隠し持っていたのかと思えば、ジオールの腕がライフル銃そのものに変化していた。

 身体を自在に変化させる能力だというのか、ジオールは。


「私の身体には9999の武器が内蔵されています。ハイメガ粒子砲から棍棒まで、選り取り見取りです。弾丸やエネルギーは異次元から無尽蔵に供給されますので、私の圧倒的な火力に対抗できる自信があるようでしたら挑戦を受けますよ」


 にこやかにジオールは言う。

 手の内を明かしているのだから、ぶっつけ本番というワケではないし、やろうと思えばやれない事はないか。


「ジオールは……」


「私は改造人間ですよ。身体の七割が機械化されています」


 ジオールはライフル銃を瞬時に人の手に戻して、今日の天気を告げるように気楽に言った。

 ここまで手の内というか、ジオール自身の事を何故語ってくれているのだろう。

 親近感からなのからなのか、それとも、あまり隠し事をしない性格からなのか。

 どちらなのか、俺には分からなかった。


「俺が10億ポイント払ってやんよ。ジオール、てめぇの糞みたいな身体をさらしてこい。おい、とっとと俺の10億ポイント消費して着替えろよ」


 いつからそこにいたのかは分からないが、ドンゴがドアに身体を預け、にやにやしながら俺たちの事を見ていた。

 ドンゴはマイクロビキニが10億という話を聞いていたようだ。それに、ぽんと自分の10億ポイントを使用するのを鑑みるに、ドンゴは結構良い奴なのかもしれない。

 それにしても、ドンゴにまで知られていたのか、プライベートビーチに行く件が。

 一緒に来るのかな、もしかして……。


「あなたという糞野郎は、もう役目を終えたのですか?」


 ジオールはドンゴを見ずに、さらりと流すように言う。


「ああ、ちゃんと舞姫は埋めておいたぞ。頭だけを出してな」


 本当にやるのか、舞姫の頭割り……。

 しかも、俺たちが出発する前から埋めているとか、鬼だな……。


「本城庄一郎さん、承認されたので訊きますが、私のマイクロビキニの色指定はどうしますか? 黒ですか? 黒ですよね? きっと黒ですよね?」


 俺に顔をずいずいと近寄せて迫ってくる。

 他の返答は許さないといった空気で。


「……そこまで言うなら、黒……で」


「分かりました。黒ですね。残念ですね、濡れたりしたら、白だと透けて見えていたかもしれなかったのに、本当に残念ですね」


 ジオールはすっと身を引くと、残念とばかりに右頬に手を添えて、ため息をついた。


「なら、白を薦めればよかったんじゃ……」


「もう変更はできません。残念でしたね」


 ジオールは心底惜しいことをしたといったように、深いため息をついた。


「おい、へたれ野郎。打ち上げ花火が上がる前だしよぉ、せいぜい楽しんで来いよ」


「何を知っているんだ、あんたは?」


 前に何かありそうな事を言っていたのだから、なおさら知りたい。

 俺がなくした猿の手に関係してそうだから、知る権利があるとは思うし。


「ジオールがこのへたれ野郎に視姦されているのを肴に飲んだくれるとするか」


 ドンゴは含み笑いを浮かべると、プライベートビーチには最初から行く気がなかったのか、それだけ言って、俺の部屋から出て行ってしまった。


「ドンゴは何を言っているのでしょうね。視姦ではなく、実力行使されそうなのですが」


「いや、しないって」


 というか、できないだろう。

 9999の武器を持つ改造人間に実力行使だなんて。


「私を口説き落とそうとするのならば、一考の余地があるのでその話はどうでもいいのですが、ドンゴの占いは100%当たりますので、気にしても仕方がないんですよ。きっと近い将来、何か一騒動あると占いに出ただけでしょうし」


「それってヤバイんじゃ……」


 口説き落とすのくだりは、スルーしておこう。


「言い換えれば、今日は何も起こりません。あの様子ですと、もう少し先の事でしょうし、何か良くないことが起こったら、ドンゴが当てたのはこの件か、みたいに思うだけでいいんじゃないですか?」


「そんなお気楽な感じでいいのか?」


 ジオールは大事そうな事さえ無げに言う。

 俺が感覚がおかしいのか、それとも、ジオールが何事にも動じない性格をしているからなのか、もしかしたら、機械化によって脳が効率化されてしまって無感動になってしまっているのか。


「さて、そろそろ行く準備をしましょう。私も着替えなくてはいけませんしね」


 効率化はなさそうだな。

 何せ、ジオールの頬が微かに紅潮しているのだから……。




『異世界プライベートビーチ 上編』終了

下編につづく




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