第三話 学院

― 王国歴1025年


― サンレオナール王都




 こうして王宮侍臣養成学院で学び始めたビアンカはそこでアメリ・デジャルダンと出会った。ビアンカよりも一つ下だが学院では彼女の方が先輩である。


 アメリも子爵令嬢で貴族ではあったが何か事情があるらしく、学院の生徒だった。他にもビアンカのように手に職をつけて家族を支えたい貧乏貴族の子女もちらほら学院にはいたが、まず珍しい存在であった。




 アメリは王都生まれの王都育ちで、遠方出身の世間知らずなビアンカは彼女から王都事情などを教えてもらった。というよりも、あまりに純粋培養で素直なビアンカをアメリが放っておけなかったというのが正しい。


 とにかく二人はすぐに仲良くなり一緒に行動することが多かった。




 ビアンカが王都に出てきてすぐサンレオナール国王ガブリエルの齢三十の誕生祝いが王都で盛大に行われた。その際の国王一家のパレードを二人は一緒に見に行った。


 ビアンカにとってはまるで王国中から人が集ってきたかのごとくの人ごみで、アメリとはぐれないようにするので精一杯だった。


 アメリは知り合いのパン屋の二階からだと少し行列から距離があるが混雑を避けられるということで、そこに二人は陣取ってパレードを今か今かと待っていたのだった。


 まずは近衛騎士団を先頭にパレードは始まった。アメリは知っている範囲でビアンカに説明する。


「先頭はもちろん近衛騎士団の団長ね。それから副団長、お名前は存じ上げないわ。ああ、それからもう少し後ろ、あの栗毛に乗っていらっしゃるのがジェレミー・ルクレール次期侯爵で王妃さまの弟にあたられる方」


 沿道の人々の歓声が大きく、アメリは声を張り上げないといけなかった。


「その後ろ……まあ、近衛まで出世しちゃったのね……アレはリュック・サヴァン、伯爵家の長男よ」


「アメリ、知り合いなの?」


「小さい頃家が隣同士だったの。向こうはまず覚えてないと思うけど」


 そこで昔を懐かしんでいるようなアメリの表情が少し陰ったのをビアンカは見逃さなかったが何も言わなかった。




「さあ、国王一家がいらっしゃるわよ。歓声がますます大きくなってきたでしょう?」


 朝から不思議な胸騒ぎがしていたビアンカは聞いた。


「ねぇアメリ、魔術師の方々も今日のパレードに参加されているの?」


「多分何人か行列の後方にいらっしゃると思うわ。というのもね、王族が公式に外出なさる時には魔法の防御壁を築いて万が一に備えるのですってよ。でも魔力のない人間にはその壁は見えないけど」


 ビアンカには国王一家の馬車をすっぽり覆っている、ガラスの様な魔法防御壁が綺麗に見えた。


「説明要らないだろうけど、あちらが国王夫妻にエティエン王太子殿下ね。つい先日王妃さまご懐妊の発表があったのよ。知っていた?」


「いいえ。でも……ううん、何でもない」


 ビアンカは『でも分かるわ、今度は姫君ね』と思わず言いそうになって慌てて口をつぐんだ。


 そして彼女の胸騒ぎというか胸の動悸はますます激しくなる。国王一家の後に再び近衛騎士が続き、行列の最後に何人かの魔術師が見えてきたのである。


「私は魔術師の方々はあまり分からないのだけど、一番前は総裁のブリューノ・フォルタンさまね、あとは一番後ろのジャン=クロード・テネーブル卿しか存じ上げないわ」


 ビアンカの眼は行列の中のただ一人を見つめていた。長い黒髪を後ろに一つで束ね、黒地に金糸で所々装飾されたローブに黒いマントの若い男性である。


「彼は公爵家の一人息子で、我が国で魔力の高さで彼に並ぶものはいないそうよ。お美しい方でしょ、でも冷たそうだけどね。まあ近衛騎士も魔術師も王宮職のエリート中のエリートよねー」


「ジャン=クロード・テネーブルさま……貴方さまだったのですね」


 ビアンカはそっとアメリに聞こえないように呟いた。馬上のその人をただ見つめるだけしかできないのがもどかしかった。この混雑の中を追いかけていくのはまず不可能だった。


『ヴァリエールの戦以来憧れ続けてきました。私、貴方さまの魔力にどうしようもなく惹かれています!』


 もし出来て、そう叫びながら彼の馬の前に飛び出そうものなら不敬罪で捕らわれるのがおちである。そしてただの妄想と取られるだけだろう。


 後日訪ねていくにしても、田舎の男爵家出身のビアンカが会わせてもらえるような相手ではない。


「ビアンカ、やだ、あなた泣いているの? どうしたの? 大丈夫?」


 ビアンカは彼の後姿を見送りながら涙がはらはらと止まらなかった。


「ええ、アメリ。ごめんなさい。私は大丈夫。ちょっと感動しちゃったのかしら。ねえ、先に宿舎に帰ってくれる? 私、教会に寄って行きたいの」




 その後ビアンカは教会で一心に祈っていた。


「神さま、ありがとうございます。私が王都に来たのはあの方を見つける為だったのですね。一生お目にかかることもお話しすることも叶わないかもしれませんが、同じ王都で存在を近くに感じられるだけでも十分です」




 侍臣養成学院では主に王宮や貴族の屋敷に勤めるための人材を教育している。最初の年は一般教養が主だが、それ以降は本人の希望と教師の勧めによりそれぞれ専門の職業訓練を受ける。


 アメリは一足早く王宮侍女としての専科に行き、ビアンカも数か月後に彼女に続いた。


「ねえ、アメリ。私たち必ずしも王宮に勤めることになるとは限らないのよね」


 ある日ビアンカは聞いた。


「ここだけの話、このまま行けば私たち二人とも王宮で職を得られるわよ。私たち成績も良いでしょう?」


「悪くはないけど……どうしてそんな確信が持てるの?」


「学院は建前としては成績優先と言っているけど、本当は王宮へは貴族の子女が優先されるのよ。王宮側としても身元がしっかりした人間の方を雇いたがるわけね、特に侍女なんて王族に接するような職は。世の中所詮爵位がものを言うのよね」


「そうなの。それなら私も王宮で働くために勉強頑張るわ」


「勤めるのなら絶対待遇のいい生涯安定の王宮よ。貴族のお屋敷は当たり外れが大きいわよ」


 卒業時にテネーブル家が侍女を募集していたらそちらも考えようと思う、少しでもジャン=クロードに近づきたい健気なビアンカだった。

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