第35話 緊急事態!

「ねえカラカル、この音ってだんだん近づいて来てない?」


「………いやまさか、沈没船が動くなんてありえないでしょ」


「じゃあこの音はなに?」


「巨大セルリアンが沈没船から抜け出したんでしょ」


「それだったらさ、……私たちヤバくない?」


「………ヤバイわね」


海面を見つめる二人の猫。

徐々に音が大きく、そして近づいてくる事に気づき、そしてまた、海面に自分たちが乗っている船の何十倍もの大きさの影が浮かび上がってきたことに戦慄していた。


「み、みんなは本当に大丈夫なの!?」


「私は管理センターに連絡するからサーバルは船を動かしてこの影から離れて!」


「わかったよ!」


「えぇっと、確か無線機は…」


「どうやって動かすんだろう?………確か園長がこう、グイッとやってたような」


そう言ってサーバルは歩いて行き、レバーに手を伸ばしたその時、濡れていた床に滑ってしまいそのまま前に向かって転倒。バキッと、嫌な音が出た。

その音にカラカルは弄りまわしている無線機から目を離してサーバルの方を見て、絶叫した。


「ああああああ!!!なにやってんのよサーバル!」


「いたたた…あああああ!!!折れてる!」


「なんてことを…!ドジっ子のサーバルなんかに任せるんじゃなかったわ」


「うぅ、ごめんなさい」


「どうしよう、あぁ、影どころかそこになにがあるか見えるぐらい…」


その瞬間、強い衝撃に襲われてサーバルとカラカルはその場で屈んでしまう。

金属と金属がぶつかり、擦られるような轟音、大量の水が跳ね除けられる爆音。二人は耳を抑えて揺れが収まるのを待った。


「……もう大丈夫かな?」


「いや、むしろ余計にヤバくなったわね。」


サーバルが顔を上げる頃には既にカラカルはその場に立って周りの景色を眺めていた。サーバルもカラカルと同じように船の外を覗く。すると、あまりの驚きで体は動かなくなった。


「うそ…船が、これよりもっと大きい船が!?」


「あり得ないわよこんなの…」


呆気にとられていると上から何かが来ることを察知した二人が急いで船から飛び降りた。直後船は上空からやってきたあまり鋭くなさそうな牙をもった触手のような物によって素人目から見てももう使い物にならないと分かるぐらいに壊されてしまった。

飛び降りた二人は先程浮かんできた巨大な船の甲板に着地し、走り出した。


「とりあえずあの中に逃げた方がいいよね!?」


サーバルが指をさして言う、指された場所は甲板室。カラカルは頷くとそちらへ走り出した。

しかしその足はすぐに止まることとなる。前方には多くの影、黒く濁ったセルリアンがわらわらと出現する。中には巨大な恐竜のようなセルリアンも数体、こちらを見据えていた。

今は園長の御守りの支援も無く、たった二人。これであの大群を突破するのは無理な話だ。セルリアンが少しずつ近づいてくると二人も一歩一歩後退りする。カラカルが背後を確認すると逃げられるスペースは少ししかない事と船を破壊した触手の姿が見えないことに気付く。故に何らかの対策をすぐにせねばならないのだが、カラカルは思いつけずにいた。


「サーバル、いざとなったら海に飛び込むわよ」


「大丈夫なの?この高さだし、耳も濡らしちゃダメなんでしょ?」


「耳はちゃんと乾かせば大丈夫よ。高さは…まぁ何とかなるでしょ」


「テキトーすぎない!?…でも確かに何とかなりそうな気がしてきたよ」


「でしょ?さて、そろそろ来るわよ。ちょっと戦って無理ならすぐ逃げるわよ!」


「おっけー!まかせて!」


前方の中心部分に位置するセルリアン達が一糸乱れぬ動きで一斉に飛びかかってきた。二人の体よりも大きいセルリアンが先頭に、数で押し潰さんと迫り来る。

それに対しサーバルは姿勢を低くしながらサッと飛び込み、一体のセルリアンを大きく切り裂いた。

同時にカラカルも、隙をついてサーバルを攻撃しようとしたセルリアンに斬撃を与える。

パッカーン!と立て続けに二度、音を立ててセルリアンが崩れ去るも後続のセルリアンが次々と突っ込んで来るためどんどん押されていく。逃げようと考えたカラカルがふと周囲を見回すと、いつの間にか二人の側面には大量のセルリアンが存在し、そしてその中のまた大量のセルリアンが背後に移動しようとしていた。


このまま何もしなければ背後すらもセルリアンで埋め尽くされ、逃げ道が失われてしまう。そうなってしまえば当然自分達は…


逃げよう。そう決断したカラカルの動きは素早く、サーバルの手を引いてすぐに海へ飛び込もうとした。が、それは阻止されてしまった。

どうしようもなく煩い、頭と耳に激痛が走るほどの何かの喚き声が何処からともなく響いてきたからだ。


「うるさ…っ!」


「う゛に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


「早く、動かないと…!でも煩すぎて…!」


圧倒的な、黒板に爪を突き立て強引に引っ掻く音よりも酷い音が、猫二人の頭に激痛を起こさせ、自由な行動を遮ってしまっていた。二人は蹲ることしか出来ない。

万事休すか、輝きを取られる前にサーバルに別れを伝えようと思ったカラカルはサーバルの方へ顔を向けた。そして、視界の隅でピタリと動きを止めたセルリアンの姿を確認した。

一体どうしたのか、カラカルはサーバルの泣きそうな可愛らしい顔から視線を外すことに名残惜しさを感じるも、セルリアンの方をよく観察した。

よく見れば、止まってはいない。少し震えている。そしてそれは徐々に大きくなっていき…


パッカーン!そんな音を立ててセルリアンは粉砕された。

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