地蔵峠の三仏

夏川 俊

第1話、峠道

 大きく、西に傾いた夕日が、赤々と山肌を照らしている。

 木々の枝葉は、黄金色に輝き、琥珀を通して見たような色に染まった夕空が美しい。

 真っ赤な夕陽を背景に、数羽のカラスが西の彼方へと、鳴きながら茜雲を渡って行く。

 山肌を登って来る夕風が、心地良い・・・


「 やっと着いたな・・! 結構、しんどいわ 」

 峠道を登って来た中年の男は、そう言うと、背中に背負っていた石仏を、背負子から下ろした。


 見渡す限り、夕日に染まった山が続く、峠道の頂上・・・


 もう1人、峠道を登って来る男がいる。

 歳は、20歳前後だろうか。 その男が言った。

「 早いとこ座らせて、帰ろうや。 暗くなると、山賊が出るかもしれねえ・・・! 」

 彼の背負子にも、石仏が乗せられている。

 その後から、もう1人、手拭いでハチマキをした男が峠道を登って来たが、彼が背負っている背負子にも、石仏が乗せられていた。

 ハチマキの男が言った。

「 ふう・・ 意外と、時間が掛かったな。 ・・五平さ。 ここに、置くんか? 」

 五平と呼ばれた、最初に登って来た中年の男が、額の汗を手拭いで拭きながら答える。

「 ああ。 丁度、ここなら、峠の頂上だし・・ ええじゃろ 」

 胸の袂に手拭いを入れ、汗を拭くと、続けた。

「 景色も、ええしな。 ・・ま、山しか、見えねえけどよ 」

 3人は、背負っていた石仏を置くと、峠道の端を、持って来た鍬でならし始めた。

 五平が言った。

「 太一も、茂作も・・・ 災難だったなぁ~・・・ こんなトコで、おっ死ぬとはよ 」

 若い男が、鍬を動かしながら言った。

「 でも・・ 何で、弥助さんまで、一緒にいたんだろ? 」

 五平が答える。

「 まあ、幼馴染みだったしな・・・ 米びつ抱えて、茂作ンとこから逃げ出す泥棒見て、一緒に追いかけて行ったんだろ 」

 ハチマキの男が、その後を言った。

「 そんでもって、追い詰めたところに、山賊のお出ましだ。 運が、無かったのよ・・・ 太一ンとこからは、お袋さんの形見の着物を盗んで行ったらしいぞ? 」

 若い男が、腰紐に挟んであった手拭いを引っ張り出し、額に浮いた汗を拭いながら言った。

「 お代官様も、山賊にゃ、手を焼いてござったからなぁ~・・・ 弥助さんがコト切れる前に、お役人さんに、人相なんぞを伝えれて良かったよな。 お陰で、一味は捕まったしよ 」

 平らになった部分に、石仏を設置する。

 五平が言った。

「 山賊なんぞ、まだ、あちこちにいらァ・・・ 近々、織田様と斎藤様の間でも、戦が起きるらしいぞ? 物騒な世の中だぜ、全く・・・! 」


 設置し終わった石仏に花を添え、頭に赤い頭巾を被せながら、若い男は言った。

「 茂作さ、太一さ、弥助さ・・・ 仏様になって、オラたちの行く末を守ってくれろ。 なんまいだぶ、なんまいだぶ・・・ 」

 手を合わせ、念仏を唱える。

 五平とハチマキの男も、手を合わせた。

「 さあ、もう行こうぜ。 暗くなっちまうわ。 提灯、持って来てねえしよ 」

 3人は、鍬を持って峠道を降りて行った。


 ・・・誰もいなくなった、峠道。

 辺りは、薄暗くなって来ていた。

 虫の声が聞こえ始め、ヒグラシのかん高い声が、山々にこだましている。


 設置された、3体の石仏・・・

 頬の辺りに、夕日の残り陽が薄赤く映えている。


 そのうちの1体が、閉じていた目を、少し開けた・・・!

 ・・隣の石仏も、目を開ける。


「 弥助。 五平たち、行っちまったぞ? 」

「 そのようだな。 ・・ほおぉ~、景色は、いいじゃないか・・・! 」

「 山しか、ねえじゃんかよ。 どうせなら、ねえちゃんたちが一杯いるトコにして欲しかったぜ 」

「 太一、オレら・・ 仏様になったんだぞ? バチ当たりなコト、言ってんじゃねえよ 」

「 たわけが、バチ当てるのは、オレらだぜ? ・・にしても、おメーの顔は、どうよ? 耳が、ちんば( 対称では無い事 )じゃねえか。 みっともねえなァ~ 」

「 贅沢言うな。 石屋の五平だって、タダで彫ってくれたんだ。 おめえの腕だって、右手が短けえじゃねえか 」

「 なに? ・・うおっ、ホントだ! こんなんじゃ、背中がかけねえぞ? ・・ん? げええっ・・! 右足の指が1本、ねえがや、おい! 」

「 ギャハハハ! かたわ( 体に障害がある事 )かよ。 人のコト、言えた事か 」

「 くっそぉ~・・! 五平め~ 手抜きしやがったな~? 孫の代まで祟ってやる・・・! 」

「 おめえは、妖怪か 」

 沈黙していた残りの1体の石仏も、目を開けて言った。

「 ・・・座りが、悪い・・・ 」

 弥助が言った。

「 おめえら、文句ばっかりだな。 ・・それにしても、茂作よォ・・ おめえの、米びつ・・ 米なんか、ちびっとしか、入ってなかったじゃねえかよォ~ 」

 太一も言う。

「 そうだ、そうだ。 あんな、血相変えて追いかけるほどのモンじゃねえだろうが! お陰で、オレらまでホトケになっちまったんだぞ? 何とか言え、コラ 」

 茂作が言った。

「 ・・・座りが、悪い・・・ 」

 太一が、手にしていた錫杖( しゃくじょう:先端に、幾つかの輪を付けた、僧などが持つ杖 )で、茂作の頭を殴る。

「 てンめェ~! シカトしてんじゃねえぞ、コラァ! 話しに、応えんか! 」

 台座の、蓮の花から地面に下りて凄む、太一。

 太一は続けた。

「 大体、おめえは、昔からそうだ。 ナニ考えてんだか、皆目、見当がつかねえ。 下りて来い、つぅ~の! 」

 茂作は、のっそりと、蓮の花の台座から下りると、しゃがみ込み、台座の下にあった小石を掘り出すと言った。

「 コイツが、イカンのだ。 これで良いぞ 」


 ・・・全く無視された、太一。


 石頭が真っ赤になり、物凄い形相になっている。 とても仏とは思えない。 仁王様でも、ここまで修羅の表情はしないであろう。

 太一は、錫杖を、こん棒のようにヒュンヒュンと振り回しながら言った。

「 殺したるわっ! 」

「 死んどるケド? 」

 あっけらかんと答える、茂作。

「 やっかましいっ! もういっぺん、死んだれや! 」


 ・・その時、誰かが、峠を登って来た・・!


 慌てて台座に乗り、元の体位を作る、太一。 茂作も、台座に戻った。

 木々の間から見え隠れする提灯の灯りを見ながら、弥助が言った。

「 ・・こんな時間に、誰だろう? 」

 太一が答えた。

「 さあな・・・ 案外、山賊の残党かもしれんぞ? 祟ってやろうか 」

「 シッ・・! 来たぞ 」

 ぼんやりと、辺りが照らされ、1人の人影が現れた。 どうやら、娘子のようである。


 浅黄色の着古した着物に、ちりめん帯・・・

 村外れの建具屋の娘、おつうだった。


 3体の石仏の前に座ると、真ん中に立っていた石仏の足元に、供え物の餅とみかんを置き、手を合わせる。

 おつうは、言った。

「 ・・弥助さぁ・・・ 弥助さぁだよね? 五平さんが、言ってた。 耳が、ちんばなのが、弥助さぁだって 」

 おつうは、石仏( 弥助 )の顔を、じっと見ながら続けた。

「 弥助さぁ・・・ ホトケ様に、なっちまったかい・・・ つうは、寂しいよ。 餅を持って来たから、食べとくれ 」

 両脇の石仏にも目をやり、つうは言った。

「 太一と茂作にも、やらにゃイカンねえ~・・・ 」

 餅を半分にちぎり、その半分を、弥助の足元に。 もう半分を、更に半分にし、太一と茂作の足元に置く、おつう。

 みかんは、1つしかなかったので、弥助の足元に置いた。

「 おらたちを見守っていてくれろ、弥助さァ・・・ 太一と、茂作も・・ 弥助さぁを、宜しくな 」

 着物の裾で目頭を拭くと、おつうは提灯を持って峠を下りて行った・・・


「 ・・・・・ 」

「 ・・・・・ 」

「 ・・・・・ 」


 3体の石仏が、各自の足元を、無言でじっと見つめている。

 茂作が、真っ先に台座から下り、餅を食べ始めた。 太一も下り、地面にあぐらをかくと食べ始め、言った。

「 ・・・ナンで、弥助だけ、みかん付きなんだよ。 あ? コラ 」

「 ・・・・・ 」

 弥助も台座を下り、餅を食べ始めた。

 太一が言った。

「 しかも、餅も・・ オレらのより、でけえ・・・ 」

「 ・・・・・ 」

 無言の弥助。

 太一が言った。

「 どぉ~も最近、つうの様子がおかしいと思ってたら・・ そぉ~ゆ~コトか・・・! ヤッたのか? この野郎 」

「 やらしく言うなっ! つうとは・・ そんな仲じゃねえよ! 」

「 じゃ、どんな仲だってんだよ? お? 言え、コラ。 みかん、よこせ 」

 太一が、短い右手の掌を、ヒラヒラさせながら言った。

 弥助は答えた。

「 ・・時々、相談に乗ってたと言うか、その・・ そんなんだよっ・・・! 」

「 どんなんだ? もっと詳しく報告せんか、コラ。 やい、みかん、よこせっつ~の・・! 」

「 何で、太一に詳しく報告せにゃ、イカンのだ! 勝手だろが 」

 茂作が、ポツリと言った。

「 ・・太一と茂作も、宜しくね・・ ちゅうトコが、気になるの~・・・ 」

 渡りに、船。 太一が、攻勢に出る。

「 だろ、だろ? 茂作ぅ~! 何かオレら・・ ついでに、みたいだろ? 早よう、みかん、よこさんか 」

「 ちっ、仕方ねえな・・・ ほらよ 」

 弥助は、みかんの皮をむくと、その『 皮 』を、太一に渡した。


 ・・しばらく無言で、その皮を見つめる太一

  やがて、言った。


「 おい・・ ナンのマネだ? コラ 」

 弥助が答える。

「 皮を指で潰して、汁を目に飛ばしてみな。 すっげ~しみて、面白れえぞ? 」

「 うおお、ホントだ。 すっげ~痛いっ・・ て、ナメとんのか、コラァ! 」

 皮を地面に叩き付けながら、太一が叫んだ。

 茂作が言った。

「 あぶり出しにも使えるよ? コレ 」

「 要らんわっ! 」

 弥助は、他人事のように言った。

「 まあ、ホトケが・・ みかんの1個や2個で騒いでたら、世も末だわな~ 」

「 テメーが、ケチってんじゃねえかよォっ! 信じられんわ、まー 」


 その時、また誰かが、峠を登って来た・・・!

 慌てて、台座に乗る3人・・ いや、3体。


「 ・・今晩は、ヤケに、お客人が多いじゃねえか? ココは、いつもそうなのか・・・? 」

 太一が呟いた。

「 どうだかな。 今度は、男のようだ・・・ 」

 みかんを飲み込み、弥助が答えた。


 提灯の灯りが、辺りを薄暗く灯し、やがて1人の男が現れる。 初老の男だ。

「 ・・庄屋の、権兵衛じゃねえか・・・! 」

「 シッ・・! 」

 権兵衛は、山道脇にある石仏に気付いたようで、提灯をかざし、近寄って来た。

「 ・・おお、太一たちの石仏か・・・ そう言えば、五平が作ってたな。 今日、座らせたのか。 どれ・・・ 」

 そう言うと権兵衛は、持っていた提灯を傍らの木の枝に吊るし、懐から草餅を出した。 それを3体の石仏の足元に置くと、手を合わせ、念仏を唱え出した。

「 なんまいだぶ、なんまいだぶ・・・ 」

 念仏を唱えると、権兵衛は、呟くように言った。

「 3人とも、嫁の話しの1つも、出来なんだのう・・・ まあ、あの世でも、仲良くやってくれ 」


『 コイツなんか、みかん、くれねえんだぜ? 』


「 ? 」

 辺りを見渡す、権兵衛。

「 ・・はて・・ 声がしたような気がしたんじゃが・・・? 」

 勿論、辺りには、誰もいない。

 権兵衛は、足元に落ちているみかんの皮に気付いた。

「 もう、供え物を、食い散らかすヤツがおるのか。 多分、わっぱ( 子供の事 )共だな? やれやれ・・・ 」

 権兵衛は、みかんの皮を摘み上げ、峠の向こうに投げ捨てると、石仏に向かって、懺悔するように言った。

「 ・・太一。 今だから、言えるんだが・・・ おまえンとこの、肥え溜めのカメを割ったのは、ワシじゃ。 鍬が、当たっちまってな。 すまん事をした。 許してくれ 」


 ・・・暗くて、分からなかったであろうが、1体の石仏の額辺りが、ピクピクと痙攣していた。


 権兵衛は続ける。

「 それから、茂作・・・ ワシ、おまえンちの井戸に、フンドシを落としてまってな・・・腹の調子が悪くて、ちい~と漏らしたのを洗っとったんだが、うっかり落としてまった。 悪かったな 」


 ・・・結構、メチャクチャやってくれる庄屋である。


 権兵衛は、更に続けた。

「 あと、弥助・・・ 」

 そら来たっ・・!

「 おまえンちの庭先に、野グソを垂れたのは、ワシじゃ 」


 ・・・出たっ! またしても、下ネタ懺悔である。


「 やっぱ、腹の調子が悪くてな・・・ 家まで、もたんかったんじゃ。 梅干が干してあるとは、思わんかった。 許してくれ。 なんまいだぶ、なんまいだぶ・・・ 」

 再び、合掌したのち、権兵衛は、峠を村の方へと下りて行った。


 台座を飛び下り、草餅を頬張りながら、太一が言った。

「 あぁ~ンの野郎ぉ~! オレの畑の、クソ溜めのカメを割りやがったのは、ヤツだったんか・・! くっそぉ~・・! 」

 茂作も台座を下り、草餅を口に入れながら言った。

「 オレなんか、5日間、ゲリだったんだぞ? フンドシの、ダシが効いた井戸水飲みゃ・・ そりゃ、そうなるわな 」

 弥助も、台座にしゃがみ込み、草餅を手にして言った。

「 あの野グソは、権兵衛のだったのか・・・! 犬・ネコにしちゃ、デカイやつだったから、ヘンだとは思ってたんだ。 しかし・・・ 全部、下の話しばっかりだな 」


 茂作が、草餅を頬張りながら言った。

「 これ、うまいのう~ 」

 太一が答えた。

「 どうせ、隣村の・・ 大地主の六兵衛ンとこで、酒盛りでも開いてたんだろ 」

 弥助が、片膝を突きながら言った。

「 オレら・・ これから、どうしたらいいんだろうか・・・? 」

 太一が、口の中に残ったヨモギのカスを、ペッ、と吐き出しながら答える。

「 地蔵様ってのは・・ お釈迦様が亡くなったあと、弥勒菩薩様が世の中に現れるまで、民を導く役割だって聞いたぞ? あと、子供の願いを、叶えてくれるんだと。 永善寺の、泉水導師が言っとった 」

 茂作が言う。

「 あの、タヌキ坊主の言う事なんぞ、信用出来んな。 大体、オレら、フツーの百姓だぞ? ナンで、仏様になんかに、なれんだよ。 修行だって、何ぁ~んもしとらんがや 」

 太一が、またペッと、ヨモギのカスを吐き出しながら答えた。

「 知るか。 五平が勝手に、仏を彫るからイカンのだわ 」


 星明りの、峠道・・・

 3体の地蔵様は、夜明け近くまで、峠の頂上で車座になり、行く末を検討し合っていた・・・

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