助けを求める少女があらわれた!

「此処、は……」


 鬱蒼と生えた木々、足元を覆う草。何処まで続いているのかも分からないその光景は、アルフレッドの中から「森」という言葉を引き出した。


「森……そうか、森か。此処は」


 踏みしめた時の感覚。鼻をくすぐる、何処か青臭い風。

 知っているのに知らない。そんな不可思議な感覚。

 そう、此処が「森」だと知っている。ただそれだけ。

 知っていただけのものを初めて体験したような、そんな感覚をアルフレッドは味わっていた。

 いや、実際そうなのだろう。アルフレッド……そう名付けられた「黄昏の聖騎士」がOVAなる物語に登場するだけの架空の人間でしかないのならば、此処がアルフレッドが初めて立ち入った「本物の森」であるということになる。

 ただそれだけの事実が、アルフレッドが今まで生きていたと思っていた世界が「現実ではない」という事実を改めて突き付けてくる。

 ……いや、そもそも「生きていた」と言えるほど元の世界を覚えて……いや、「知って」はいない。そういう意味では然程元の世界にこだわりなどないのだが……。


「……女神ノーザンクよ。こんな森で、俺に何を救えというのだ」


 今度こそ救え、と女神ノーザンクは言った。しかしこんな人の姿などない森で何を救えというのか。それともアルフレッドが知らぬだけで、この森には住人が溢れているのだろうか?

 ……いや、救うべきは世界のはずだ。ということは、こんな人気のない森に送られたという事は世界を救う前にやるべきことがあるという啓示ではないのか?

 実際、アルフレッドは自分の知識と現実との差に戸惑っている。そうしたものを消せということではないのだろうか?


「となると、俺がやるべき事は……」


 言いかけたアルフレッドの視界の隅に、息を切らせたように荒く呼吸をしながら走ってくる姿が見える。


「た、助けて……!」

 それは、おおよそ16か17か……そのくらいの年に見える少女。

 金色の長い髪と、くりっと可愛らしい青い目。

 纏った布の服は少し汚れてはいるが、丁寧に縫製されたものであることが分かる。

 持ち物らしい持ち物も持っていない、そんな少女はアルフレッドを見つけると必死な表情でその身体に縋りつく。


「分かった。助けよう」

「お願い、騎士様! 私に出来る事ならなん……へ?」

「何をすればいい? 俺は君を何から救えばいい」


 即答。迷う素振りすら見せない即答に少女は一瞬戸惑ったような様子を見せ……すぐに笑顔を形作る。


「あ、ありがとうございます騎士様! 実は両親が盗賊のアジトに攫われて……!」

「すぐに行こう。場所は分かるか?」

「はい、騎士様! こちらです!」


 先導するように走る少女をアルフレッドは追う。

 そうか、女神ノーザンクはこれを見通していたのだろうと。そんな事を考え、託された使命の事を思う。


 そして、先導する少女はアルフレッドから見えないように笑う。

 こんな森の中に一人でぼけっと立っている、騎士か冒険者か知らないが立派な装備の男。

 きっと金もたっぷり持っているだろうし、持っている装備を売り払うだけでもかなりの金になる。

 仲間のところに連れて行って、ボコって身包み剥いで……お家柄によっては身代金だって狙えるかもしれない。


「ふ、ふふっ……」


 思わず笑いが漏れそうになって、慌てて少女は「ふー、ふぅー」とワザとらしく息が切れた演技で誤魔化そうとする。


「す、すみません。ちょっと疲れてしまって……」


 流石に無理があっただろうか。いざとなったら逃げて……と考えながら少女は振り向こうとして。


「わひゃっ!?」


 アルフレッドに抱え上げられ、そんな声を漏らす。

 いわゆるお姫様抱っこだが、少女が何かを言う前にアルフレッドは笑いかける。


「気にすることはない。というより、俺が気が利かなかったな……大丈夫。方向さえ教えてくれれば、俺が君を抱えて走る」

「え、えーと……」

「心配はいらない。俺はこのくらいで疲れたりはしない……で、このまま真っすぐか?」

「え。あ、はい!」


 分かった、と答えアルフレッドは走る。

 少女が走るよりも速く……そして、まるで馬にでも乗っているかのように速く。

 それはアルフレッドに与えられた肉体の力であり、世界を救うはずであった「黄昏の聖騎士」の力でもある。

 救いを求める少女を助ける為、その力は発揮され……その助けられるべき少女は、顔を青ざめさせていた。

 こんな場所でぼーっとしているカモかと思ったら、ヤバい奴に声をかけてしまったかもしれない。

 傷一つない高そうな装備をつけているから金だけある経験ゼロのカッコつけだと思っていたのに、人ひとり抱えて……こんな森の中で馬のように速い。

 ヤバい。ひょっとすると何か、引っ掛けちゃヤバい奴に声かけちゃったんじゃ……と、そんな考えが頭の中に浮かぶ。


「あ、あああ……あの!」


 やっぱりいいです、と。そんな事を言いかけた、その瞬間。


「なんだあ? ヒルダ、また随分と面白そうな奴引っ掛けてきじゃねえか」

「へへっ、見ろよあの鎧。滅茶滅茶高そうだぜ?」

「マジックアイテムかもなあ。おい兄ちゃん、早速で悪いけどよ、持ってるもん全部置いてってくれや」


 アジトからはまだ大分離れているはずのその場所で、そんな声とともに複数の男達が姿を現した。

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