同じ景色を見れた
章吾さんが帰ったあとはいつも通り寂しかったんだけど、そんなことは言ってられない。
まず、兄がブルーインパルスの全機とC-1、チヌークのぬいぐるみの新作を作った。いつも置いてあるのは25センチくらいの大きさのなんだけど、今回はその半分以下である10センチのぬいぐるみを作ったのだ。
しかもまるっとしている、デフォルメデザインで。
「おお、お兄ちゃん、これは可愛い! 私もほしい!」
「綿入れを手伝ってくれるなら、その駄賃でいくつかやるぞ?」
「ホント!? じゃあ手伝う!」
兄の言葉に嬉々として手伝い、見事にブルーインパルスの全機とC-1、チヌークをゲットした。そのぬいぐるみは地元にある某球団マスコットの隣に置いて飾っている。
もちろん大きいほうもね! といっても、大きいほうは四番機だけなんだけどね。
バイトから帰って来たり、バイトがない日は自分が作るバッグチャームやアクセの分と兄の手伝い、店番をしたりして過ごした。そんな中、一月の半ばに美沙枝が以前言っていた会社の人を連れて来た。
「お~⁉ すごい! F-2のぬいぐるみまであるじゃない! くぅ~……お金が……っ!」
うんうん唸りながらぬいぐるみを選んでいたんだけど、どれも気に入ったようで新作のミニぬいぐるみのうちでC-1とチヌーク、ブルーインパルスの大小ふたつの一番機を買って帰っていった。ブルーインパルスや他の大きいぬいぐるみは少しずつ集めたいらしい。
本当に飛行機とか好きなんだなあって、その人を見て思った。彼女は所沢に住んでいるそうで、これ以降月に一度はうちの店に来ることになるとは、この時の私は思ってもいなかった。
そして一月の終わりに章吾さんのお母さんから連絡をもらい、週に一回料理を教わることに。特に私は和食の味付けが苦手なので、そこを中心に教えてもらう。ついでに章吾さんの好きな食べ物も教わったけどね!
で、いつもの如く章吾さんが月一で帰って来てデートしたり、店舗からの発注を受けて作ったりサイトの新作の更新、売れなくなったアクセの写真を入れ替えたりしながら過ごしていると、あっという間に時間が過ぎていく。
なんだかんだと五月も終わりに近づいて来た、とある日。今日も松島基地に来た。
今回は章吾さんが許可を取ってくれたとかで、章吾さんの部屋でお泊りです。
最初はちゃんと『帰ります』って言ったんだよ? だけど……。
『基地の寮に泊まれるなんて滅多にないことだし、今年でブルーインパルスを卒業になるから、一度松島基地に泊まっていけ』
そう言われたら、何も言えなかった。
年度が替わってすぐに【弟子になるかもしれない人物が来た】って章吾さんからメールが来たから、余計かも。
で、今回は章吾さんと話し合い、泊まりに合わせて基地に三時ごろ着くように移動し、松島基地の最寄り駅に着いてすぐに章吾さんにメールをした。メールを見ていなくても時間を指定されているから大丈夫だと思いたい。
まあ、今回もゲートのところに私が来ることを伝えておいてくれるというので、章吾さんがいなくても大丈夫だと思うんだよね。前回は章吾さんに連絡してくれたみたいだし。
「いらっしゃい、ひばり」
前回と違い、今回はゲートのところで章吾さんが待っていた。一度ぎゅっと抱きしめてくれたあと、案内されて受付のところに行く。
そこで身分証を提示して用紙に必要なことを書いて行くんだけど……。
「あ、あの塩対応で有名な藤田一尉が……」
「満面の笑み、だとっ!?」
前回同様、章吾さんの対応に驚かれた。まあ、この笑顔を知らないとそうなるよねー……と若干遠い目をしつつ、書き終わった用紙を渡すと許可証を渡されたのでそれを首にかける。
前回は何も持ってこなかったけど、今回は皆さんに近所のパン屋さんで売ってるラスクを大量に発注しておいてそれを持って来たのと、章吾さんに頼まれたぬいぐるみを持って来てたりする。ラスクはここに来る前に受け取って来たものだから、出来立てほやほやだ。
「章吾さん、お土産を持って来たんだけど、どうすればいい?」
「お、サンキュ。どれがどれだ?」
「えっと、このピンクの紙袋が女性キーパーさんの分で、水色の紙袋がお弟子さん予定の人の分。この大きい紙袋が他のライダーさんたちやキーパーさんたちの分。皆さんのはラスクだけだけど、キーパーさんとお弟子さんの袋の中にもラスクが入ってるよ」
「了解。じゃあ、俺がこのまま預かる。ひばりが直接渡すのはダメだから」
「うん」
ゲートのところで紙袋を章吾さんに全部渡すと、それを受け取った章吾さんが私を促して歩き始める。私が直接渡すのはダメらしいんだけど、同じ自衛官から、『身内からのお土産』として章吾さんが渡す分には大丈夫らしい。
……私を身内として扱ってくれたことがとても嬉しかった。
そしてゲートのところにいた隊員さんたちは、いまだに唖然とした顔をして章吾さんを見ている。そんなに珍しいかなあ? それに、お仕事はいいの?
SNSやファンサイトに上げられている写真を見る限り、出会ったころよりは確実に笑顔が増えてると思うんだけどな。まあ、それもほんの少しってだけなんだけどね。
しかも、口角を上げるだけのニヒルな笑みというか……。
で、今回も案内されたのはブルーインパルスが置いてある場所だった。目が合った人にはきちんと頭を下げておく。
「ひばり、ちょっと待ってて」
「うん」
四番機のところまで来ると、章吾さんに待つように言われる。一番機がある方向に行ったから、どうやら隊長さんに挨拶してくるみたい。
それから一番大きな紙袋を渡したあと、その近くにいた強面で大柄な人に水色の紙袋を渡していた。
(あの人が章吾さんが言ってたお弟子さん予定の人かな?)
そんなことを考えていたら、その人がにこりと笑った。頬にはえくぼができていて、笑うとガラッと雰囲気が変わった。
「おお、牛さんみたいに穏やかな笑顔だ……。タックネームはモーさんだったりして」
「それはないよ、ジッタの婚約者さん。まあ、キーパーの間では『モーさん』と呼ばれてるけどな」
「へ~」
私の呟きに、近くにいた小島さんが反応したからびっくりした。そこで少しだけブルーインパルスの機体のことを説明してくれたんだけど……正直に言って、何を言ってるのかさっぱりわからなかった。
なので「そうなんですね。お疲れ様です」と返すと、ニカッと笑った。そこに章吾さんが戻って来て、近くにいた女性キーパーさんの浜路さんに紙袋を渡す。
「お待たせ、ひばり。浜路さん、彼女からのお土産なんだ。彼女の家で作ってるぬいぐるみで悪いんだけど、よかったらどうぞ」
「いいんですか? ジッタさん、ありがとうございます」
袋を受け取った浜路さんがにっこり笑う。中身を見て「可愛い~!」と言っていることから気に入ってくれたことがわかるし、私にも「ありがとうございます」とこっそりお礼を言ってくれた。
いつもブルーインパルスのところでお仕事をしている、キビキビとした動きの彼女しか見たことがなかったし、今も真剣に三番機を点検していたけど、笑った浜路さんはとても素敵で可愛い女性だった。
ちなみに、ぬいぐるみなんだけど、浜路さんにはミニブルーインパルスの全機を、新人さんには大きいサイズのクマとウサギのぬいぐるみと、ミニブルーインパルスの四番機が入っている。新人さんのところは娘さんだって聞いたからこのチョイス。
「ひばり、こっちに来て」
「うん」
浜路さんに頭を下げてから章吾さんのあとをついて行くと、コックピットの近くに連れて行かれた。
「ジッタ、許可は取れたからな」
「ありがとう、小島さん。……ひばり、ブルーインパルスのコックピットに座ってみるか?」
「え……」
まさか章吾さんからそんなことを言われるとは思わなかった。
「でも……」
「うしろに座るだけだよ。小島さんが特別に許可を取ってくれたんだ」
「……本当にいいんですか?」
「どうぞ、ジッタの婚約者さん」
そう言って、四番機に梯子をかける小島さん。本当にいいのかと章吾さんと小島さんの顔を見るんだけど、二人は笑顔で頷いている。
「ほら、ここにこうやって足をかけて」
「う、うん」
章吾さんに乗り方を教わりながら、恐る恐る梯子を上る。そしてうしろのコックピットの中に入り込んで、座席に座った。
「ほあー……!」
「ぶふっ! ひばり、そのキラッキラな笑顔と言葉!」
私にしてみたら座席は大きくて、目の前にある機械とか計器とか説明されてもさっぱりわかんなかった。でも、そこから見た景色が章吾さんと同じものだと思ったらなんだか嬉しくて、感動する。
一生に一度あるかないかの、二度と経験できない、ブルーインパルスの中から見た外の景色。飛んでいるわけじゃないけど、外に広がる青空や基地の建物、章吾さんと同じものが見れたと思うと胸が熱くなる。
「ひばり!?」
「え?」
「なんで泣いてる? どこかぶつけたか?」
「え……あれ?」
章吾さんに言われて初めて、泣いてることに気づいた。慌ててハンドタオルを出して涙をぬぐう。
「そ、その、ぶつけたとかじゃなくて……。章吾さんと同じ景色を見れたと思ったら嬉しくて感動しちゃった」
「そうか……びっくりさせんな」
「ごめんなさい」
「いいって」
安心したように笑った章吾さんが、唇にキスを落とした。そして瞼にも。
「おーい、ジッタ……一応、仕事中なんだが? 砂吐きは三番機だけにしてくれよ」
「「あ」」
そこで下から咳払いがして小島さんの声がし、今どこにいるのか思い出して赤面する。
「たまには俺がやってもいいだろ?」
「よかねぇよ! ジッタはただでさえ色気駄々漏れなんだから、婚約者がいる時くらいは自重しろ!」
ああだこうだと言い合いを始めた章吾さんと小島さん。そんな二人を呆れたように四番機の他のキーパーさんや浜路さん、他のライダーさんとかキーパーさんも見ている。
それはいいんだけど……二人とも私の存在を忘れてませんか⁉
おたおたしながら、「章吾さん、どうやっておりるの!?」と私が声をかけるまで、見事に四番機の後部座席に放置されていたのだった。
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