実家でのあれこれ
帰りの新幹線では美沙枝と話をしていたんだけど、はしゃぎすぎたのか疲れて二人して寝てしまった。そして最寄り駅まで電車を乗り継ぎ、地元に帰ってこれたのは夜の九時を回っていた。
電車の中で次は浜松基地に行こうという話になり、どうするか美沙枝と話し合った。途中で章吾さんからメールが来て電車の中で少しだけやり取りをしていたんだけど、お互いに疲れているだろうからと【おやすみなさい】とメールを送った。
【心配だから、家に着いたらメールして】
章吾さんからメールが来たので、それに返事を返してからまた美沙枝とお喋りをしていた。
夕食は地元のコンビニでサンドイッチを買い、途中まで美沙枝と一緒に帰って来た。私は駅まで自転車で来ていたから、美沙枝と別れたあとは自宅まで自転車に乗ってさっさと帰って来た。
自宅に着くとすぐに章吾さんにメールを送る。すぐに電話がかかって来て、少し話しをする。
『まさかひばりが来てくれるとは思わなかったよ。ありがとう』
「ううん。私も章吾さんのカッコいい姿を見たかったから行ったんだし。私もありがとう。だけど、まさか声をかけられるとは思ってなかったよ……」
『ははっ! 俺も声をかけるつもりじゃなかったんだが、つい。あのあと隊長に絞られた』
「あー……ごめんなさい」
『ひばりのせいじゃないよ』
気にするなって章吾さんは言うけど、やっぱり気になる。今度は黙って行こうかなって考えていたら、『黙って来るなよ?』と釘を刺されてしまった。
「うん、わかった。先に言っておくけど、今度行くとしたら浜松基地だと思う」
『そうか。そう言えば、今日は誰と来たんだ?』
「みさちゃんだよ。隣にいたのに気づかなかったの?」
『ああ。ひばりしか目に入らなかった』
「もう、またそんなこと言って……」
うー、不意打ちのように言うからすっごい困るし顔が熱くなるのがわかる。章吾さんがいたら、「真っ赤になって可愛い!」って言われてるはず。
『浜松に来るなら招待状を送ろうか?』
「招待状なんてあるんだね。うーん……嬉しいけど、本当に行けるかどうかわかんないからいいよ」
『浜松だもんな。なら、入間の時に送るよ、学の彼女の分も一緒に』
「いいの?」
『ああ。二人して、特等席で見ればいい』
「ありがとう!」
それからしばらく雑談をして電話を切ると、急いでお風呂に入る。パソコンのメールチェックだけすると何もなかったので、電源を落としてそのまま眠った。
翌日バイトに行って帰ってくると、メールをチェックする。サイトと店舗の発注が来てたのでそれぞれ返信し、サイトのほうは在庫があったので送る準備をして、店舗のほうをちまちまと作った。
今回は追加なのでたくさん作る必要はない。
そんなことをしているとあっという間に九月になり、そろそろ章吾さんと一緒に住むかどうか両親と真剣に話し合いをしないといけない時期。章吾さんは何も言わないけど、返事を待ってるはずなんだよね。
母は「いいわよ」って言ってくれたけど、父にも相談しなきゃならないことだからと、夕食を食べている時に話をした。
「泊まりに行くのも、遊びに行くのも、嫁ぐのも構わん。だが、同棲はダメだ」
「どうしても?」
「どうしてもだ。付き合うなって言ってるわけでも嫁に行くなって言ってるわけでもないし、嫁は家にいるからこそ出せるもんだろう?」
「……」
「それに、相手がブルーインパルスのドルフィンライダーだってことや彼の顔を写真で見て知ってはいても、本人の性格を知ってるわけじゃない。本人が挨拶に来てないのに、同棲も何もないだろう」
母は苦笑していたけど、父からすれば当たり前のことを言われて、黙るしかなかった。確かに付き合っていることは言っているしあと数ヶ月で付き合って一年になるけど、紹介したことはない。
「……確かにそうだよね。あとで章吾さんに言っておくね。そこまで考えてなくてごめんなさい」
「わかってくれればいい。ただ、何をするにも筋を通せって言ってるだけだ」
「うん、わかった」
父は頭が固いわけでも、頑固なわけでもない。親として当たり前のことを言ってるだけなんだろう。
初めてお付合いして、彼氏ができて、正直浮かれてた。
反対されなかっただけ、まだいいんだろうと思う。人によっては、自衛官ってだけで反対する人もいるだろうから。
基地がある場所だからこそ、自衛隊の重要性も大変な仕事だってこともわかっている父だからこその言葉だと、前向きに受け取ることにした。
そのあとは私の口から、章吾さんがどんな人なのかを説明した。見極めるのは本人と対面してからになるだろうけど、両親には少しでもいい印象を持ってほしかったから。
ただ、話したのはいいけど惚気ととられたみたいで……両親だけではなく、兄や弟から生温い視線をもらってしまった。
ちなみに姉は六月に結婚式を挙げたので、もうこの家にはいない。寂しい気持ちはあるけど、都内に住んでるし電車で行ける距離だから、章吾さんほど寂しいというわけではない。
それに新婚家庭にお邪魔するほど、空気が読めないわけじゃないしね。
夕食も話も終わったので自室に戻る。先にお風呂に入り、章吾さんに【一緒に住むことについて話があります】とメールを送る。
待っている間にビーズアクセを作っていると、三十分ほどでメールではなく電話が来た。アクセを作ってる途中だったのでハンズフリーで話す。
『どうした?』
「うん、あのね……」
私自身は一緒に住んでもいいと思っているけど、父に反対されたことや父から言われたことを章吾さんに話すと、電話の向こうで溜息をつくのが聞こえた。
『あー、そりゃ言われて当然だな。ひばりといると楽しくて、すっかり失念してた』
「章吾さんも? 実は私も浮かれてた」
二人して同じことを思ってたんだと考えたらなんだか嬉しくなって、つい笑ってしまった。
『今度帰った時ご両親に挨拶するから、そう伝えておいてくれるか?』
「うん」
今度はいつこれそうだとか、来る前日にまた連絡するからなど章吾さんから聞き、電話を切る。ビーズアクセをひとつ作ったところで寝る時間になってしまったので、道具などを片付けてから眠った。
翌日両親に昨日章吾さんに言われたことを伝えると「わかった」と言っていたけど、当日でもないのに両親だけではなく兄や弟までそわそわする始末。それを生温い視線で見つつ、朝ごはんを食べてからバイトに行った。
それから一週間後、章吾さんが帰って来た。いつもだけど、今日も航空自衛隊の制服で帰って来た。基地から出る時は制服じゃないとダメらしい。
そんな章吾さんの制服姿は三割り増しにカッコよくて、すぐ近くというか目の前に入間基地がある駅だからなのか、制服を着た人がいても誰も気にしないのは非常に助かっていたりする。私服だと女性が群がるんだけどね……。
あれかな、入間基地の隊員さんを見慣れてるからってことかな?
それはともかく。
「お帰りなさい、章吾さん」
「ただいま」
駅まで迎えに来て、そのまま歩く。いつもならこのまま買い物からそのまま……な展開なんだけど、今日はそうも言ってられないみたいだし、章吾さんも緊張してるように見える。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ? 両親はどっちかというと気さくなほうだし」
「ひばりはそうかもしれないが、俺は初めて会うんだぞ? 緊張しないほうが無理だって」
「そんなもの?」
「そんなものなの。師匠をうしろに乗せた時だってここまで緊張しなかったのに……」
珍しくはあ、と大きな溜息をついた章吾さんに苦笑してしまう。逆に私が章吾さんのご両親に会うとなったら、同じように緊張すると思うし。
手を繋いで歩いているうちに、我が家へと着く。一度お店に顔を出して章吾さんが来たことを伝え、玄関に回って上がってもらう。
「いろんな雑貨が置いてあるんだな」
「すごいでしょ?」
「ああ。帰りに少し見てもいいか?」
「もちろん」
お茶を出してそんな話をしていると、両親が来た。お店は兄に任せて来たらしい。
「初めまして。ひばりさんとお付合いをさせていただいている藤田 章吾といいます。見ての通り航空自衛官ですが、現在は広報として、ブルーインパルスに乗るドルフィンライダーとして働いています」
そんな章吾さんの会話から始まった、挨拶と顔合わせ。「お土産と、つまらないものですが」といつものように宮城のお菓子や魚などを両親に渡す章吾さん。こういうところは本当にマメだと思う。
で、母はお茶菓子として章吾さんが持って来たものを出したりお茶のおかわりを淹れたりしながら、私は章吾さんの手を握りながらずっと三人の話を聞いていた。
「娘さんをとても大事に思っていますし、妻にと望んでいます。どうか、ひばりさんとの結婚を許していただけないでしょうか」
「……プロポーズはしていないのか?」
「まだです。これからするつもりでいます」
「そうか……わかった。いいだろう」
「……っ! ありがとうございます!」
話の中で同棲はダメだと言われていたからどうするんだろうと思っていたら、まさかの「娘さんをください」が来るとは思ってもみなかった。
「ひばり……あとでちゃんとプロポーズするけど……俺と結婚してくれるか?」
両親の前でそんなことを聞いて来た章吾さん。なんだか外堀を埋められたような気がしなくもないけど、嬉しかったから頷いた。
そこからまたしばらく雑談してから店を覗いた章吾さんは、私が作っているバッグチャームを全種類三個くらいずつと羊毛フェルトで作っているC-1と、ブルーインパルスの三番機と四番機のぬいぐるみを買っていた。これは少しデフォルメされていて、本物より可愛く作られている。
羊毛フェルトの動物は仕入れているけど、C-1とブルーインパルスはなんと兄が作っている。他にもチヌークやT-4など、主に入間基地にあったり航空祭で展示されている飛行機やヘリコプターのぬいぐるみは、全て兄が作っているんだからすごい。
で、それらを買った章吾さんだけど、バッグチャームはともかく……ぬいぐるみは誰に渡すんだろう?
そして店に長く居過ぎたのか、時間がなくなったからと一緒に店を出る。そして駅までゆっくりと歩き始めた。
「……本当はあそこで言うつもりはなかったんだけどな」
「え?」
「ひばりの覚悟が決まってからと思ってたんだ」
「……本当に私でいいの?」
「ひばりがいい」
「ひばりがいい」と言ってくれた章吾さんの言葉がじわじわと心に滲みてきて、嬉しくなってくる。だから私も「章吾さんじゃないとやだ」と、手をぎゅっと握った。
「プロポーズ、楽しみにしてて」
「うん!」
駅に着く前にキスだけをして、章吾さんは慌しく松島基地へと帰って行った。
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