初デート
なんだかんだと十二月も終わりに近づいた。その期間は自宅でもある実家でたまーに売り子の手伝いをしたり、スーパーのバイトに行ったりしていた。
まあ、そのうちのほとんどがアクセサリーや店の商品、運営サイトや取引をしている店舗の商品作りをしていたが。
嫌になるほど作ったよ……特に自宅の店に出すレジンのバッグチャームは。チヌークだけじゃなくブルーインパルスとT-4、新しくF-2という青い戦闘機も試しに出したらとんでもないことになってしまって、さすがに一人で全部作るのは無理になって来たから、中身は私が作ってレジンだけは両親や他の兄弟にも手伝わせた。
中身は弟が手伝ってくれて助かったけどね。
店に出すアクセは姉や兄も作っているので、私が出さなくても問題はない。そのおかげもあってバッグチャームにかかりきりになってしまったんだけどね。
ちなみに、スーパーのバイトは週に四日、九時から十四時までか十二時から十七時まで、休憩なしの五時間労働。たまに朝一(七時出勤でお惣菜作成のお手伝い。この時は休憩ありの六時間労働)からシフトに入ってることもあるけど、それは月に二回しかない。
夜のシフトと土日祝日は頼まれればやるけど、基本的にバイトはなし。土日祝日やこの時間帯は高校生など、学生のバイトが多いからだったりする。
そんな日々と、毎日藤田さんとメールのやり取りや電話をしながら、なんとかビーズでブルーインパルスの立体化に成功した。それをふたつ作ってひとつは自分のスマホにぶら提げ、上手にできたもうひとつは藤田さんにあげるつもりだ。
(喜んでくれるといいなあ……)
一応クリスマスプレゼントとしてフリースのネックウォーマーと手作りのクッキーを用意したけど……パイロットってネックウォーマーを使うんだろうか。それが心配だったけど、使わないようなら私が使えばいいかと思って用意した。
それとも、藤田さんがほしがる物を用意したほうがよかったんじゃないかってあとから思ったけど、後の祭り。仕方ないかと諦めてネックウォーマーやクッキー、ブルーインパルスのビーズストラップをプレゼント用に包装した。
のはいいんだけど、やっぱり立体化したブルーインパルスを家族に見られた。お店で売りたいから作ってほしいって言われたけど、「サイトの運営やバイトを辞めてそのぶんのお金をくれたり、店に出してるアクセやチャームを作らなくていいなら」と言ったら諦めてくれた。
プレゼント用に個人で作るならともかく、店売り用のまで作ってる時間なんかないし、材料だってタダじゃない。
親子といえど材料費などは発生するし、そこは親がしっかり売上の二割を材料費や技術料として渡してくれているから、成り立っているのだ。外注したらもっと渡さなければならないことを考えると、親子だからこそ、この値段で作っているとも言える。
そんな生活をしたりしているとあっという間に十二月も終わりに近づいてしまった。今日明日は藤田さんとデートなので、朝から支度していたら弟に「どこにいくの?」と聞かれてしまった。
「これから泊まりでデートに行くんだけど……」
「えっ⁉ ひばりねーちゃんがデート!? 相手はみさねーちゃん?」
「違うよ、彼氏と」
「彼氏!? 事件だ!」
「どうして事件なのよ! 私にだって彼氏くらいいるんだからね⁉」
朝からそんな会話をしてたら弟の声が聞こえてしまったんだろう……両親や双子の兄と姉にまで伝わってしまった。
ちなみに我が家は六人家族で、両親と双子の兄と姉(兄が上)、私、弟の四人兄弟。双子とは五つ離れている。
「相手はだれ!? 知ってる人!?」
「え、えっと……」
「それとも全く知らない人!?」
「だから……」
「誰か教えなさいよ!」
「お姉ちゃん煩い! 説明できないでしょ!?」
矢継ぎ早に質問してくる姉を黙らせ、藤田さんのことを説明する。ドルフィンライダーであることは伏せておこうと思ってたんだけど、結局話してしまった。
「塩対応で有名な四番機の藤田さん……だと⁉ あの!?」
「皆して塩対応って言うけど、私にはそんな態度を取ったことなんてないからね? 優しいし、素敵な笑顔を浮かべる人だから!」
「そんなわけないでしょ!? 証拠は!」
しつこく食い下がる姉に辟易しつつ、入間基地で一緒に撮った満面の笑顔の写真を見せると、姉は呆然としながらその写真をガン見していた。
「……嘘」
「ほんと」
「……」
「先に言っとくけど、藤田さんにちょっかいかけたら、お姉ちゃんの婚約者に言うからね?」
「うっ……、わ、わかったわよ……」
伝家の宝刀、「婚約者に言うからね」を抜くと姉は黙った。結婚間近である姉の婚約者は、とても嫉妬深い人なのだ。
婚約者がいるくせに姉がいつまでもふらふらしてるのがいけないんだけど、なんだかんだ言っても姉も婚約者が好きなんだから、ある意味お似合いなんだろう。つか、よくこんな姉と結婚しようと思ったよね、姉の婚約者さん。
それはともかく、待ち合わせ時間が迫って来たので家族との会話を打ち切り、荷物を持って家を出る。待ち合わせは最寄り駅なので、近かったりするんだけどね。
そして荷物を持って駅へ向かう。待ち合わせ時間まであと十分というところで駅に着いた。スマホをいじって待っていようと思っていたら、すぐに藤田さんが来たのでスマホをしまう。
「ごめん、待った?」
「今来たところです。あ、そうだ。お帰りなさい」
「……っ! うん、ただいま」
まだ言ってなかった「お帰りなさい」を言うと、藤田さんが嬉しそうに笑顔を浮かべた。その笑顔を見て、ドキドキしてくる。
いろんなことをたくさん話したからなのか、この時にはもう藤田さんを好きになっていたし、久しぶりに会えたからとても嬉しい。それに初デートっていうのもあって、実は緊張してたりする。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
ICカードで駅の構内に入ると、藤田さんが手を差し出して来た。その手に自分の手を重ねると、ギュッと握ってくれた。その状態のまま電車に乗り込んで、そこでもいろいろ話をして目的地まで向かった。
***
目的地である新木場に着くと、プランのひとつである送迎タクシーが待っていた。それに乗り込んでヘリポートへと向かう。ヘリポートに着くとタクシーを降り、係の人にヘリコプターがあるところまで案内される。
ヘリコプターは青くて細長い機体で、基地で見たのとは違う形だった。そしてこの機体は私たち二人の貸切だそうだ。
注意事項などを聞いて乗り込むと、エンジンとプロペラの音が大きくなる。すこし揺れたけど何事もなくヘリポートを飛び立つヘリコプター。
地元ほどではないけど上空は一面星空で月が出ていて、眼下にレインボーブリッジが見え、橋がライトアップされている。その視線の先には赤と白でライトアップされた東京タワーも見えた。別の場所には橋と同じようにライトアップされた自由の女神象も見える。
遠くに見えていた東京タワーにだんだん近づき、その側を通り過ぎ赤坂へ、そして新宿へと飛んで行く。ネットの写真でしか見たことのない夜景がとても綺麗で、思わず感動の吐息が漏れる。
新宿では都庁の特徴的な二本のタワーと三つ並んだ段差のあるビル、ビルの灯りやクリスマスのイルミネーションらしき灯りも見えた。そこを通り過ぎたら東京ドームで、白くて大きな屋根と近くにはホテルらしい高層ビル、遊園地の観覧車の青い灯りがあった。
秋葉原を抜け、浅草へ。ライトアップされた浅草寺の近くには花やしきとスカイツリー、川の近くにはビールの泡をイメージしたというビールメーカーのビルも見えた。そして銀座を通り過ぎ、ヘリポートへと戻って来た。どの夜景も素敵で、どれがいいというのは決められなかった。
撮った写真やフライト映像など、後日DVDなどにして送ってくれるというので、藤田さんは私の家に届けるようお願いをしていた。そしてヘリコプターのパイロットにお礼を言い、スタッフに渡された紙に送り先の住所を書くとヘリポートをあとにする。
待っていたタクシーで予約してあるというホテルへと向かい、チェックインを済ませると藤田さんが部屋の鍵を受け取る。荷物を持って彼と一緒に歩いていく。
エレベーターで部屋がある階に着くと、部屋番号を探して歩く彼のあとを着いていく。そして鍵をあけ、玄関になっている室内を見て思わず声を上げてしまう。
「わー! 素敵です!」
「和モダンテイストの部屋で、この一部屋しかないんだって」
「へぇ……!」
そんな話をしながら小上がりで靴を脱ぎ、スリッパを履く。目の前にあった障子戸を開けて入るとベッドルームで、その部屋を見て固まった。床はフローリングになっていて、ベッドの高さは低いながらも横幅はキングサイズくらいはあったのだから!
「一緒に寝ようね。腕枕してあげるよ」
「……っ!」
そんな私に気づいたのか、藤田さんは耳元でそんなことを言ってから耳朶にキスをした。
「ほら、荷物を置いて」
「うー……」
声にならない呻き声をあげ、なんとか身体を動かして荷物を置く。ベッドを見ないように室内を見渡せば、机と椅子、長椅子みたいなソファーとクッション、障子戸が目に入った。
藤田さんは別の扉のほうへ行ったのでその障子戸を開けると、目の前には青と白に彩られたスカイツリーと都内の夜景が。
「うわー、綺麗!」
ソファーに膝をついてかじりつくように窓の外を見る。地元から出ることがないから、夜景がとても新鮮に見えた。そこに藤田さんが戻って来て、声をかけて来た。
「お、すごいな」
「はい!」
「先にご飯を食べに行こう。そのあとでもゆっくり見れるから」
「う……はい」
クスクス笑われながらソファーから下りる。貴重品は持って行ったほうがいいと言ってくれた藤田さんの言葉に従って、小さな鞄にスマホと財布、ハンカチやティッシュを入れると一緒にベッドルームから出て廊下に行く。
鍵をかけた彼に手を差し出されたので自分の手を乗せると、またキュッと握ってくれた。それがとても嬉しい。
最上階にあるレストランホールに着くと藤田さんが名前を告げ、従業員の人が席に案内してくれた。窓際の席で、そこから夜景が見える。料理は会席料理らしく、最初に食前酒らしいグラスシャンパンが運ばれて来た。
「ひばりちゃんの初フライトと、今日の初デート記念に。乾杯」
「乾杯」
グラスを持ち上げてそう言った藤田さんに習って私もグラスを持ち上げる。軽くグラスを合わせるとチンッと小さなガラスの音が響いた。それを一口飲むと料理が運ばれて来て、目の前に並べられていく。
前菜に汁物の御椀、お造りに煮物。そして焼物や酢の物、鍋にご飯。そのどれもが美味しそうでどれから食べていいのか迷う。けど、写真を撮ってから、まずは前菜からとそれを一口食べた。
「美味しいー!」
「うん、これはいいかも。明日の朝食も期待できそうだ」
「はい!」
お互いに料理の感想を言いながら食べて、その間にまた料理の感想や初めて空を飛んだ感想を聞かれてそれを伝える。
「言葉にはならないんですけど、とてもすごかったです。戦闘機ってもっと速いんですよね?」
「そうだな」
「だから、ブルーインパルスのお仕事は大変だろうけど、空にいるわくわく感というか浮遊感というか……ヘリコプターとは比べ物にならないかもしれないけど、藤田さんが感じていることを少しでも感じられて嬉しかったです」
「そっか」
私の言葉に、嬉しそうに微笑む藤田さんに鼓動が跳ねる。目尻にできた笑い皺もとても素敵で、とても私より一回りも年齢が違うようには見えないほど若く見えた。
これで三十五とか……詐欺だよね! これだからイケメンは!
それに、私と一緒にいる時は百里基地で見た塩対応なんかじゃなくて、常にニコニコしている藤田さんだ。
(特別だと思ってもいいのかな……)
私は藤田さんを好きになったしまだそれを伝えてはいないけど、笑顔を浮かべて私を見る藤田さんに特別扱いされているようで……心がふわふわしてくる。
(玉砕してもいいから、今の気持ちをちゃんと伝えてみようかな……)
一緒にヘリコプターに乗って、ご飯を食べて。このあと、その……覚悟を決めたイベント? が待っている。
藤田さんがどんな反応をするのかわからないのが怖いけど、その時に私の気持ちを伝えてみようと、ご飯を食べながらそんなことを考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます