デートの約束

 そういえば、ブルーインパルスに乗ってあちこちに行くって言っていたけど……どんなところに行くんだろう? それを聞いたら、多い時は毎週末行く月もあるけど、基本的に月に二回とか三回くらいだそうだ。


「厳密に言えば違うんだけどな」

「そうなんですか? 今度はどこに行くんですか?」

「三日後に奈良基地に行くよ。その二週間後には俺の古巣でもある百里基地だな。あ、百里は茨城な」

「へえ……。他にはどこに行くんですか?」

「年内だと、十二月に新田原と那覇かな? 年明けすぐに飛行初めがある。あとで『ブルーインパルスのスケジュール』でネット検索してみな? いろいろ出てくるから」

「那覇って沖縄ですよね⁉ すごいなあ……。はい、そうしてみます」


 本当にあちこち行ってるんだなぁとわかる話に、ありきたりな言葉しか出ない。そして大変だなー、というのはなんとなくわかるんだけど、藤田さんの表情はとても楽しそうに見えた。

 空を飛ぶってどんな感覚なんだろう? そう思ったら見てみたくなった。


「藤田さんが見ている世界を私も見てみたいです」

「ん? 戦闘機やT-4ドルフィンに乗りたいってこと?」

「そうじゃなくて、上空から見る空や地上ってどんなふうに見えるのかなぁ、って思って……」


 飛行機にすら乗ったことがない私からすれば、『空を飛ぶ』という感覚がわからない。だから藤田さんが楽しそうに話すブルーインパルスから見る世界がわからなくて、どういうわけか哀しくなった。……なんでだろう?


「輸送機の搭乗体験もあるけど、あれは抽選だし……」

「あ、いいんです。無理して見たいってわけじゃないし……」

「ふうん……。ちょと待って」


 そう言って何かを考え込むようにスマホをいじる藤田さん。何を調べてるんだろうと思うも、お仕事のことだと困るから口出しはしなかった。さっき守秘義務があるって言ってたしね。


「んー……これならいいいか? ひばりちゃん、この日のうち、どこか時間が取れるか? できれば連休で」


 何かを調べていた藤田さんが私に聞いて来た日にちは、十二月二十三日とクリスマスイブの二十四日、そしてクリスマスの三日間。二十五日は昼からバイトがあるので、それ以外はどっちも時間があると言ったら、両方の時間を使ってデートしようと言って来た。


「お仕事は大丈夫なんですか?」

「ちょうど冬季休暇に入るんだよ、だから大丈夫。それに、普段離れていることになる分、休暇中はできるだけひばりちゃんと一緒にいたいし」

「……っ」


 まさかそんなことを言われるとは思わなくて、つい顔が熱くなってくるのがわかる。それを見た藤田さんは、掠めるように私の頬にキスを落とし、それでさらに顔が熱くなっていく。

 ちょっ、ここ、仕切られてるとはいえお店の中! しかも目の前には藤堂さんと美沙枝が……って、静かだと思ったらそっちはそっちで盛り上がってるし! 私たちのほうなんか見てないし!


「かーわいいー! 本当に慣れてないんだな、こういうのに」

「ぅ……。だ、だって男性とお付き合いしたのだって、藤田さんが初めてだし……」

「そうかそうか。俺がいろいろ教えてやるから」


 セックスもね、と囁かれたあと、また頬にキスをされた。うう……そ、そこはまだ彼氏になったばっかだし心の準備ができてないから、もうちょっと待ってほしいと思うのは私だけ?


「で、話を戻すな。この日だけど」

「はい」

「さすがに戦闘機に乗せたりはできないから一般のになるけど、ヘリの遊覧飛行はどう?」

「え……」

「これなんだけどさ」


 どうやら藤田さんはそれを調べてくれていたようで、スマホの画面を見せてくれたのは、都内でやっているヘリコプタークルージングのサイトだった。

 ヘリポートを飛び立ったあと、レインボーブリッジ、東京タワー、赤坂、新宿、東京ドーム、秋葉原、浅草、銀座を遊覧してヘリポートに戻ってくるもので、サイトによると飛行時間は二十分ちょっと。宿泊プランでディナーと朝食が付いているものだった。

 ヘリコプターに乗るからなのか、その分お値段も高い。一応貯金はあるけど……私に出せるだろうか。


「夜景だけどこれなら飛んでる気分になれるし、昼間がいいならそっちで飛んで、夜は別のところでホテルディナーっていうのもある」

「へ~……」

「でも、お泊りは決定だから」

「えっ⁉」

「その時にひばりちゃんを抱きたいんだ……」

「えっと、その……」

「それまでに覚悟を決めといて」


 耳元で囁きながら耳朶にキスをして聞いてきた藤田さんに、どんだけ手が早いんだよ! と内心突っ込みを入れる。多分これはクリスマスまで約二ヶ月あるから、それまでに覚悟を決めておけ、ってことだよね?

 それくらいあればもっと藤田さんを知ることができるだろうし、覚悟も決められるだろうと返事をする。


「う……その……はい」

「よし! じゃあどうしようか。昼間にする? 夜にする? お泊りプランだとその部屋からスカイツリーの夜景も見れるみたいだ」

「うー……。迷うところですけど、スカイツリーの夜景が見てみたいので、そ、その……お、お、お泊りで」

「了解。食事はどうする? 中華と和食しかないみたいだけど」

「和食がいいです……」

「ははっ! そんなに緊張しなくたっていいのに。いいよ、和食ね。なら、部屋は俺が決めていいか?」

「いいですよ」


 一緒にサイトの写真を見ながら、料理を決める。中華はあまり得意じゃないから和食があって助かった。食べれないわけじゃないよ? 飲茶は好きだし。

 ……四川の麻婆豆腐がというか、すごく辛いのが食べられないだけで。

 この時、藤田さんに聞かれるがままにさっさと決めないで、最後までしっかり見て部屋を確認してからにすればよかったと後悔するんだけど、その時は後の祭りで……。当日その部屋を見た時、ピキンと固まったのは言うまでもない。

 それはともかく。


 それからいろいろと話を聞いたんだけど、飛行機のことを語る藤田さんは本当に楽しそうで、表情は少年みたいだ。目なんかキラキラしてるし。

 私にはそういったものがない……わけじゃないけど、藤田さんは自分の職業である自衛隊員やブルーインパルスや戦闘機のパイロットに誇りを持っているようで、言葉と態度の端々からそれが窺えるし感じられる。誇りを持っているだけじゃなくて、好きなことでもあるんだろう。

 私が誇れるものや好きなものってなんだろう……。やっぱりアクセサリー作りの腕だろうか。

 運営しているサイトでもそこそこ売れているし、実家の店に出してもそこそこ売れている。『そこそこ』っていうのが何となく情けないけど、それでも買ってくれる人がいるだけで有り難いし、それなりの儲けも出している。


(今度、ビーズでブルーインパルスや入間基地にあるという飛行機やヘリコプターを調べて、作ってみようかな……)


 そう考えたらなんだか楽しくなってきた。上手に作れたらスマホにぶら提げて、藤田さんにもプレゼントしてみようか。


「ふふっ」

「なに? いきなり笑って」

「できるかどうかわからないので、まだ内緒です」

「ふうん? よくわかんないけど、できたら教えてくれる?」

「はい」


 そんな会話をして、他にも四人で雑談をして。歳が相当離れてるから話が噛み合わないかと思っていたらそんなことはなくて、藤田さんや藤堂さんは歳相応にネタが豊富だった。

 見た映画とか、ブルーインパルスに乗っている時の失敗談とか、飛行技術を教えてくれたお師匠さんの話とか。本当にそれらに携わって来た人たちを尊敬してるんだなっていうのが伝わって来た。

 他にもヘリコプターの種類やチヌークと呼ばれるヘリコプターの顔が可愛いとか、この機体のここが可愛いって私以外の三人で盛り上がっていたけど、私にはさっぱりわからなかった。私自身はつまんなかったけど、三人が楽しそうにしてるからいいかって思ったし、そういう見方もあるんだなあって勉強になった。

 あとは仲間や機体を整備してくれる人の話とか。機体の整備をする人のことをキーパーと言うそうなんだけど、ブルーインパルスのキーパーさんの中に一人だけ女性がいるんだって。

 その女性のキーパーさん――浜路さんと仰るそうだけど、そんなことができるなんて格好いいなあって思う。

 そういえば今日、あちこち動いて忙しそうにしていた女性が一人いたような……。あの人かな? 背が高くて背筋がピンッと伸びてて、動きがキビキビしてたから『仕事ができる人』って感じがした。それを見て、すっごく格好いいって感じたんだ。


 そういう人になりたいな、って思った。


 まあ、私にはどだい無理な話なので、自分にできることをする。とりあえずはどうやってビーズで戦闘機を作るか、かな?

 それは帰ってからとか暇な時に考えればいいかと思って三人の話を聞いたり、わからないことは質問したりしているうちに時間はあっという間に過ぎていった。

 そして八時を回ったあたりでお開きとなった。

 足は包帯を巻いているおかげなのか歩くのも楽だったし、ここから十五分で帰れるから歩いて帰ると言ったんだけど、美沙枝だけではなく藤田さんや藤堂さんにも、女性の一人歩きは危険だからと反対された。しかも今は怪我をして走れないんだから、余計に危ないとも言われたのだ。

 今までそんなことは一度もなかったから大丈夫だと思うんだけども、「俺が心配なの!」と藤田さんに強い口調で言われてしまったら、何も言えなかった。そして藤堂さんが車を出してくれて、美沙枝や藤田さんが乗り込んでくる。

 なんで美沙枝まで? と思ってこっそり聞いたら、「今度話すから」と言われて一応頷いた。……多分、藤堂さんとデートだよね、このあと。

 隣の幼馴染の好きな人はいいのかなと思いつつ、美沙枝が話してくれるまで待つことにする。そして送ってもらって車から降りると、外はすごく寒かった。

 そしてなぜか私と一緒に藤田さんも降りて来て、首を傾げてしまう。


「藤田さん?」

「明日には松島に帰るからさ。彼女になってくれたお礼と、しばらく会えないから、その補給?」

「え……? んっ、んぅ……」


 あっという間に顔が近づいてきて、唇にキスされた。頬や額に来るかと思って油断してた。


「……初々しい反応だな、ひばりちゃんは」

「うー……っ」

「照れんなって。俺は嬉しいよ」


 チュッ、と音を立ててもう一度唇にキスを落とした藤田さんは、私の頭を撫でると車のドアを開ける。


「基地に着いたらメールするよ。あと、次回会えるのを楽しみにしてる」

「……はい」


 じゃあな、と言った藤田さんが車に乗り込むと、すぐに車は基地がある方向へと走り出す。そしてそれを見送って車が見えなくなってから、マンションの中へと入った。

 部屋に辿り着いて、包帯をとってからお風呂に入る。足首は紫色になって腫れていて、よく今まで平気だったなって顔を顰めた。多分、お医者さんがくれた痛み止めが効いているんだろう。

 溜息をついて温まり、上がってから家に湿布があったのでそれを貼ってからまた包帯を巻くと、ひと心地着く、今日は興奮したり恥ずかしがったりでなんだか疲れてしまった。


「明日はバイトもないし、病院にも行かなきゃなんないし……」


 精神的にも肉体的にも疲れてしまった私は、お薬を飲んでさっさと布団に潜りこむとあっという間に寝てしまった。


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