第5章後半 アキト VS ゴウ

「ゴウ君は、落ち着きがないわね」

「アキトに考える暇を与えたくないのさ。ゴウ兄は考えながら戦うより、その場その場で対応する戦闘スタイルだからね。まあ、感覚派なのさ」

「アキト君も同じじゃないの?」

「いやいや、アキトは感覚もだけど、それ以上に合理的な考えを優先する理論派なのさ。考える時間を与えなければ、合理的な判断で戦ってしまい単純になってくんだよね」

 翔太の言う通り、さっきから同じようなシーンの繰り返しだった。

 アキトの下段回し蹴りに中段前蹴りで腕と脚にダメージを与えているのに、ゴウの突進力、攻撃力は全く衰えない。アキトがフェイントをかけても相撃ちになる。

「そうそう、ゴウ兄が懐に入れればアキトが絶対的に不利なんだよね。アキトに取れる攻撃手段がないと言っても良いぐらいにさ。空手技だと、ゴウ兄の回転の速い攻撃に巻き込まれるしね。せめてブルゾンを着ていたままなら、柔道の技が使えたんだよねー」

「あたしの所為で・・・アキトくんが・・・」

「こうなるの、理解してたわよね? それともバカな・・・」

 沙羅が辛辣な意見を口にしようとするのを遮り、千沙が言う。

「・・・わかってた。アキトくんに・・・お宝屋に戻ってきてほしいの。でも、傷ついてほしくない・・・あたしは、どうしたら良いの?」

「そうねぇー・・・」

 アキトの懐にゴウが飛び込んでくる。

 アキトはサイドステップで距離をとり、膝蹴りで迎え撃とうとする。

 ゴウの踏み込みが、さらに加速する。

 アキトはタイミングを外され、右膝蹴りに威力がのりきらなかった。アキトの膝をゴウは十字ブロックで受けきり、もう一歩踏み込んだ。今までの、インファイトをするための突進ではなく、アキトを弾き飛ばすための突進だった。

 アキトは背中から床に倒され、踏みつけ攻撃をしようとゴウが迫る。

 踏みつけようとしていたゴウの右脚膝裏にアキトは左脚を蹴り上げると同時に、アキトは右の足裏でゴウの左足首を蹴り飛ばす。

 ゴウはバランスを崩しアキトの右側に倒れこむ。

 アキトは左に回転して立ち上がる。

 元々は柔道の寝技のテクニックで、足だけでなく手も使う。相手がのしかかろうとしているとき、右手で相手の左半身を引き込み、左手で相手の右半身を突っ張る。それと同時に足をさっきのように動かすと、半回転して相手と自分を入れ替えることができる。

 アキトとゴウは対峙して、相手の出方と隙を窺っている。

「・・・過去には帰れないわね。もう勝負の行方を見守るしかないわよ」

 千沙が揺れる声で翔太に尋ねる。

「ねぇ~、翔太ぁ。どっちが優勢なの?」

 しかし声は揺れても、視線は揺れない。千沙は2人の闘いから目を外さない。

 精神の発達が、スタイル良く発達した体に比べて遅くみえる千沙もトレジャーハンターである。見るべきものからは眼を逸らさない。そのぐらいの覚悟と胆力はある。

 こう見えても千沙はトレジャーハンター試験にも合格している。

 大人しそうな容姿と気弱そうな声の所為で、他者に与える印象が本人の実力から著しく乖離している一因だった。

「敢えて言うなら、今はゴウ兄さ。上半身裸のゴウ兄に、柔道の技で有効な多くないからね。腕拉ぎ十字固めなどの関節技ぐらいだよ・・・。だけど、いいのが一つ入ればひっくり返されるぐらいの優勢だけどさ」

「そうねぇ。どうなるか予測つかないわね」

「いやいや、沙羅さん。勝敗の予想はついてるよ」

 千沙が不安そうに尋ねる。

「どうなるの~?」

「賭けは僕の勝ちということさ」

 ゴウが、その場でステップを踏み始めた。

 アキトが前に出て、威力よりもスピードに重点をおいた左脚の中段前蹴りを放った。相手にブロックさせて、近づけないようにする蹴りだった。

 しかし、ゴウに当たらなかった。スウェーで躱し、アキトを中心に左回りで円を描くように、フットワークを使う。

 その円がだんだん小さくなってきた。

 アキトの間合いに入った瞬間に、再度左脚の中段前蹴りが飛ぶ。

 ゴウは、その蹴りを躱すと左ジャブを放った。

 間一髪、アキトは顔を傾けて左ジャブを避けると、バックステップで距離をとった。

 ゴウの軽いフットワークは、直ちにアキトを追い詰め、速い左ジャブと重い右ストレートのワンツーでアキトの顔を狙う。

 アキトは防御とバックステップを繰り返し、なんとか逃れていたが、ゴウがストレートの狙いを顔からボディーに変化させた。

 アキトはこの変化に対応できず、クリーンヒットを許した。

 体勢を立て直す暇を与えず、ゴウがラッシュをかける。両腕のブロックの隙間からボディーに左アッパーをねじ込まれ、アキトの体がくの字に曲がる。

 ゴウはボディーで下からのパンチを意識させ、右フックで顔のテンプルを狙う。ボクシングでは有効な連携だったが、これはボクシングではない。

 アキトは、くの字の姿勢から、体を左へ横っ飛びさせて、転がりながらゴウから距離をとる。

 しかし、アキトの後ろはすぐに壁で、今まで多用していたバックステップが使えない場所に追い詰められた。

 アキトは壁際から抜け出そうと、フェイントを入れつつ左右に移動したが、ゴウも同じように移動して、正対する位置を保っている。

 アキトは呼吸を整え、左腕を少し前にだし防御の形をつくり、右拳の握りを上に向け右脇腹につけた構えをとった。

 ゴウがステップしているのと対照的に、アキトは構えたまま静止している。

「ゴウが優位に立ってるわね」

「そうみたいだねーーー」

 翔太は気持ちの入っていない平坦な声で台詞を言った。・・・真剣な視線のままで。

「もう勝負ありでいいよ、ねっ。・・・ねぇ~沙羅さん。もうゴウにぃの勝ちでしょう、ねっ」

「2人は、まだやるみたいだわ。それに、まだ終わりではないのよね、翔太君」

「そうそう、まだまだこれからさ。僕はアキトの強さを知ってるからね」

「・・・どういうことなの~?」

「ゴウ兄が我慢できなくなって、戦い方を変えてしまったからだよ。愚直に同じ戦法を使えば、アキトの方が先に参っただろうにさ。忍耐が足りないんだよなー、ゴウ兄は」

「そうね。ゴウ君は昔から忍耐が足りな・・・」

 沙羅が言い終えないうち、急激な変化があった。

 ゴウがステップを踏みながら距離を詰めにかかる。

 その瞬間を読んでいたアキトが、静から動へと急激に動く。

 アキトは右足を踏み込み、ゴウの顔面めがけて右正拳を放つ。

 ゴウは咄嗟に首を捻り、紙一重で躱すと、アキトの右正拳の戻りに合わせるように左フックを叩き込もうとする。

 だが次の瞬間、ゴウの腹筋を衝撃と激痛が襲う。そこに、アキトの左膝がめり込んでいたのだ。

 アキトの狙いは最初から左膝蹴りだった。

 ボクシングの左ボディーブローの動作なら、ゴウの体が覚えているから、避けるかブロックできたかもしれない。しかし、顔面への右正拳で注意を逸らして、左膝蹴りへと繋げる技はゴウにとって初体験だった。

 九の字に折れ曲がったゴウだが、ダウンはしない。それどころか右横を抜けていくアキトを追うため、体の向きを変える。

 しかし、とうとう蓄積されていたダメージが目に見える形で現れた。

 ゴウの足が、その場から踏み出せない。

 そしてアキトは、それを見逃すほど甘くない。

 強襲してきたアキトを突き放すためゴウがジャブを放つ。だが、スピードが遅くなりキレもない。

 アキトはジャブを右腕で外に弾くと同時に、ゴウの股に右脚を入れ、相手の左脚に引っ掛けて大内刈りでゴウの体勢を崩す。なんとか後ろに倒れず踏ん張ったゴウだが、立て直す暇を与えられず宙を舞っていた。

 アキトの内股が炸裂したのだった。

 大内刈りの後、アキトは右掌をゴウの背中に持っていきゴウの体を引きつけ、左手でゴウの右手首を掴み下へと思いっきり引っ張った。次にアキトの体の回転と左膝のバネ、右脚の跳ね上がりで、ゴウの重心は完全に彼の支配下から引き離された。

 そうしてゴウは宙を舞った後、すぐに背中から床に叩きつけられたのだった。

 この部屋はコンクリートやアスファルトと違って衝撃を吸収する木の床だが、ゴウは大の字に横になったまま立ち上がれない。

 十分にも満たない時間だったが、アキトとゴウ、2人の死力を振り絞った闘いが終わった。

「勝者はアキト君ね」

 闘いの苛烈さに比べ、沙羅の持ち味である、あっさりとした口調で判定を下したのだった。

 アキトは崩れるように、ゴウのすぐ傍で座り込んでしまう。そこに千沙が、ゴウとアキトの許に駆け寄ってきた。

「それにしても、途中まではゴウ君が有利と思ったんだけど・・・戦法を変えなければ良かったように思えるわね」

「そうそう、その通りなんだよね。戦法の変更によって変化が生まれアキトに付け込まれる隙が出来てしまったんだ・・・。いやいや、ゴウ兄にとっても仕方なかったのかな。あのままアキトの蹴りをブロックし続けてたら、腕が使い物にならなくなってだろうしね。だけど・・・それでも・・・戦法は変えるべきではなかったよ。変えなければ勝てたかもしれないんだからさ。まあ僕はゴウ兄が、初見で良くアキトの蹴りに対応できたなーっと感心するね。ああ、流石は僕の兄貴さ。その兄貴に勝ったアキト。流石は僕の親友だけのことはあるよ」

「ふーん、そうなんだ。でも残念ねぇー。アキト君は、結構お宝屋があってると私は思うのよね」

 2人の決着に対して残念との感想を沙羅が漏らすと、翔太は肯いてから答える。

「そうそう、僕もそう思うよ。アキトと一緒にトレジャーハンティングできないのは残念で仕方ないなー。だけどね。いつか僕たちはアキトと共に、またトレジャーハンティングすると確信してるよ。ところで・・・」

 そう言うと、翔太は正面を向いたまま手の平を沙羅の前に出した。沙羅は悔しそうな表情で翔太にコインを渡す。

 アキトのお宝屋復帰を期待していた沙羅としては、賭けに負けたことも含めて2つの意味で残念な結果のようだった。

 沙羅と翔太が、アキト達の方へと歩き出す。

 先に立ち上がったアキトは、敗れたゴウに手を差し伸べていた。

 どうやら2人とも、立てないほどのケガはしていないようだった。

 ゴウは立ち上がると、アキトの手を離し、真剣な眼差しとともに宣言する。

「男に二言はない。お宝屋の看板も背負っている代表として、俺はアキトにお宝屋に戻れとは言わない・・・。俺はな・・・」

「ちょっと待てや。なんなんだ、最後のオレはなってのは?」

「約束通り・・・、お・れ・は、貴様に戻れとは言わない」

「そんなの聞いてねーぞ」

「いやいや、そう言ってたさ」

 翔太が少し長めのライトブラウンの髪をかきあげながら答えると、千沙も肯きながら聞きたくない台詞を口にする。

「ゴウにぃは、そう言ってたよ~」

 信じられないのだろう。

 アキトは、まさかという表情をみせ、沙羅に視線を移す。

「そう言ったわね」

「アキトよ。お前のトレジャーハンティングの能力は申し分ない。だが、1人でトレジャーハンターをするのはまだ無理だ」

「なんだと・・・」

 アキトは切れ長の眼を細め、黒い瞳を妖しく輝かせ、険しい表情をする。

「貴様は、契約がどういうものか理解していない。一文字の違いが仕事を、運命を、左右する力を持っているんだぞ。契約履行は信用を徐々に醸成する。契約の不履行は信用を一瞬で無にする。貴様は、この違いの理解する前に独り立ちしてしまった、契約不履行を起こすとトレジャーハンターの世界でやっていけなくなるぞ。まだ独立は早い。・・・俺からはもう貴様をお宝屋に誘えない。だが、お宝屋はいつでも貴様を歓迎する」

「・・・ゴウ」

 ゴウの言う通りである。

 アキトはゴウとの闘いでの取り決めすら、正しく理解していなかったのだ。

 ゴウは誰の助けも借りずに、自分の足で格技場を歩く。

「アキト、今日は君を諦めるよ。だけど、僕たちが友達であることに変わりないだろ」

「・・・ああ」

「良かった良かった。今度は、僕が君を誘うからさ。よろしく頼むよ」

 翔太はそう言い残し、ゴウと共に格技場から出ていった。

「あたしも、また誘うね。それと・・・プライベートのお誘いもしたいの・・・」

 伏し目がちに、それだけ言うと、千沙は背を向け小走りでゴウたちの後を追った。

 それぞれがそれぞれに、お宝屋三兄弟らしい台詞だった。

 アキトの顔に自然と笑みが零れ、すでに見えなくなった彼らに「またな」と声をかけた。

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