# Blue Screen of...

––––––きいん、と

––––––耳鳴りがする


––––––目を開けたいが

––––––顔の皮膚がこわばったように

––––––うまく瞼が動かない


––––––体が痛い


手を僅かに動かして辺りを探ってみる


ざくり


ッ・・・」


鋭い痛みが右手の薬指に走り

思わず手を引っ込めると同時に

僅かに、目が、開く



###################



俺の周りには、弱々しく光る防壁が張られていた。見覚えがある。これは、俺がこの世界に来た直後、ジャヴァに守られた防壁と同じものだ。人間一人用のサイズで、倒れた俺を覆うように展開されていた。


しかし。今やその防壁は異形をしている。青い鋭利な結晶が幾本も防壁に突き刺さり、針山を裏側から見たようなおぞましい光景を、俺は目にした。


弱々しい防壁は最後の力を振り絞るように、青い結晶を中和して消え去る。


「うぅっ!」


防壁の消失と同時に、熱い空気と臭気が俺の方へ流れ込んで来た。周囲は、さながら地獄だ。先ほどまで野営地だったその場所は、いたるところに結晶が刺さり、まるで青い墓標を地面に、テントに、そして・・・人間に突き立てた、地獄だった。


吐き気を何とか堪え、俺は結晶を避けるように地面を這い進む。俺の近くに、誰か倒れている。起きて、助けてくれ。さもなくば、俺が助けるんだ。


倒れているのは男だった。

「ぐ・・・なぜ・・・なぜだ・・・ゴホッ!」

男には意識があった。

魔法防壁ファイアウォールは・・・破られて・・・いないのに・・・ゲボッ」

男の肩に、腿に、腹に、胸に。青い結晶が痛々しく突き刺さり、俺でも一目でわかる。致命傷だ。


そんな。嘘だ。だってこの男は。


「ジャヴァ!」


俺は倒れたジャヴァの元へ這い寄る。


「トウジ、か。そこにいるのか。・・・クソ、目が、見えねぇ。」

「ああ、俺はここにいる!ジャヴァ、あんた、まさか俺を助けて・・・!」


そうだ。あの防壁。爆発があったとき、一番近くにいたのはジャヴァだった。


「なんで!なんでだよ!俺に防壁を張らなきゃ、自分を守れただろ!あんたは嫌いだって!言ってたじゃないか!」


ジャヴァは弱々しく口角を上げて、

「・・・そうだよ、嫌いだ。自分で自分も守れねぇ魔力ゼロたねなしも、な・・・ゲホッ!」

「わかった!もう喋るな!助けを待とう!」

「だめだ。トウジ、よく聞け。・・・もうすぐここの防壁は崩れ落ちる。・・・逃げるんだ。・・・姫さまは無事か!?」

言われて俺は辺りを見回す。倒れる騎兵隊と歩兵から離れて・・・いた!俺は彼女の元へ向かう。無事で、無事でいてくれ。頼む。


彼女は頭から血を流していた。土や草木にまみれているが、外傷は見えない。縋るように細い手首の脈を探す・・・ない。頸動脈・・・だめだ!手が震えて脈なんて見つからない!祈る気持ちで右耳を彼女の口元に近づける。


弱々しい風と呼吸音を、俺の耳は捉えた気がした。慌てて胸に耳を押し付けると。


とくん、とくん


鼓動だ!確かに、彼女の胸は鼓動を刻んでいる。


「生きてる!生きてるぞ!ジャヴァ!」


ビシ!

木が軋むような音が頭上から聞こえて見上げると、魔法防壁ファイアウォールに大きなヒビが入っていた。


「トウジ!・・・馬だ!」

ジャヴァが苦しそうに叫ぶ。

「お前でも起動できる。姫さまを連れて・・・逃げろ!」

「でも!みんなを置いて!」

「贅沢言うんじゃ・・・ねェよ・・・。一人助けられたら・・・十分だろ。」

そしてジャヴァは喋らなくなった。


パールを肩に担いで足を引きずり、近くに倒れている馬の所へ運ぶ。クソ!クソ!クソ!俺は、無力だ。視界がぼやける。クソ!クソ!なんでこんな時に泣いてるんだ!馬の起動スイッチが見えないだろ!クソ・・・・・・クソ。


シュウウン


俺は馬を起こした。必死にパールと俺の体をシートに置き、力なく俺の背中に寄りかかる彼女の腕を左手で掴み、右手で馬のグリップを握った。


グリップのトリガを握り込んだことで、がくんと馬が動き出すと同時に、パキパキと音を立ててドーム状の魔法防壁は崩壊を始めた。俺は慌ててトリガを握る力を強めると、バランスを取るのが難しくフラつきながらも、徐々に加速してゆく。


「姫さまを頼んだぞ!トウジ!振り向くな!」

俺の背中に向けて放ったこの言葉が、彼の声を聞いた最後だった。



###################



時折、結晶が馬の底面を引っ掻いて不快な音を出す。地面に刺さった青い結晶を避けなくても良いのは、この馬が浮遊していることの利点だ。左右に目をやると、まだ動ける兵士が、何かの棒を杖に彷徨っている。俺にはその無事を祈って走り抜けることしかできなかった。


防壁は完全に崩落し、ばらばらと破片を降らせ始めた。破片は地面に落ちる直前で、雪が溶けるように消滅していく。開いた割れ目から、ついに俺とパールを乗せた馬はドームの外へと抜け出した。


ただただ、前の荒野と、その先の山を見つめ走ろうとしたが・・・ジャヴァに振り返るなと言われたが・・・俺はついに堪えきれずに後ろを振り返る。そこで見たのは、ドームの跡に殺到する帝国軍の竜騎兵だった。思いがけない反撃に腹を立て、執拗なまでに報復し、蹂躙する、暴力の混沌。


俺はこれまでに感じたことのない、罪悪感とも悲しみとも、あるいは怒りとも判別がつかぬ感情を腹に宿して、馬のトリガを強く握り込んだ。



###################


川に沿って東へ。馬は針葉樹の生えた地帯へと入っていた。

俺は計器を頼りに馬を走らせる。機械類には強いつもりだが、ちゃんと拠点に向かえているのか自信がない。急がなくては。俺にはパールの怪我がどれくらい深刻なのか判断がつかない。頭を打っていれば命の危険もあるからだ。やはり魔法で治癒するのだろうか。


「うぅ・・・」

俺の右肩に頭を乗せたパールが呻いた。

「パール!」

「トウ・・・ジ?」

彼女はもがくように体を動かそうとするが、それによって不慣れな操縦の馬がぐらつくと状況を理解したようで、ぎゅっと俺の背中に抱きついた。

「トウジ!ここは?あのとき・・・急にキミが叫んで、咄嗟に防御して・・・。そうだ、爆発・・・あたし達攻撃されたの?」

「ああ、そうだ。」

「戻して!あたしも戦う!」

「いや・・・大丈夫なんだ。他の人たちで・・・後は十分守れるから。」

俺は、嘘をついた。

「それで俺が君を送り届けるように言われて・・・。だから・・・安心して。」


「トウジ」


「安心して・・・今は休むんだ・・・!」


「トウジ・・・嘘、下手だね。」

彼女は、俺の背中で泣いていた。


# 次回、Health Check

exit

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