第7話覚悟の入学式⑥

 

 吉林高校敷地内にある別館に、泰山堂といわれる中国の道教の寺院を思わせる建物がある。

 普段は問題を起こした生徒等の精神修養のため、座禅と瞑想を行う場所として知られている。生徒達には、あまり印象の良くない場所である。

 その薄暗い寺院内の本堂で三人の老人がコの字に座り話し合っている。


「纏蔵。良いのかな? 一人暮らしなぞさせての……」


「うむ……」


「儂らの下に置いておいた方が何かと良いのではないかの?」


「孫韋……。あ奴には自分の人生を自身の選択によって切り開いて欲しいのじゃよ」


「ほう……当初の話と随分変わったのう。それが危険だから儂らが集まったのではなかったかのう?」


 孫韋は元々細い目をさらに細めるが、しかしそれは優しい表情。


「まあ、それは良いとして、相変わらず我が弟子のあの体質は治らんのう。大量の霊力が駄々漏れとは勿体無いことじゃ」


「仕方あるまい……。あれは副作用のようなものじゃからな。母親があ奴の生まれる前からその特殊性に気付いていなければ……今頃は姿形も残ってはおらんのじゃからな」


「片方だけを何とか押さえ込んだ形だからのう。だがそのために霊力のコントロールも不能になってしまったとは……。堂杜家の人間が……霊力を自在に操る霊剣師の血統がのう」


「まあ良かろう。何とか堂杜家管理の封印と結界修復の作業だけはできるようになったのじゃ。大いなる進歩じゃよ」


「まあのう、どれも世界を揺るがしかねないしろものだしのう。それは言えるかもしれんの。特にあの洞窟だけは何者にも知られてはならないからの」


「そのための堂杜家じゃ。堂杜家発祥の地にして仙界と手を結ぶ理由になったもの。魔來窟だけは誰にも知られてはならん。何と言っても魔界と直結している唯一にして最大の穴じゃからの……」


 それまで二人の前でずっと黙っていたもう一人の老人が独り言のように口を開く。

 他の二人に比べて声が弱々しく震えている。


「あの時は大変じゃったわい……。誤解が誤解を呼んで、儂ゃー百年ぶりぐらいで本気を出した。堂杜家初代……あんな奴とはもう二度と殺り合いたくないわ……」


「よく言うもんじゃ……ガオ。その後は初代と一番仲が良かったではないか!」


「結局、娘を一人、嫁に出してしまったしの。初代には既に嫁がおったのにのう」


「まったくじゃわい……あの時は大変じゃった。もう千年近くは経っているのに忘れられん」


「まあのう、堂杜家はあの魔來窟から出て来たしの。誤解しても仕方が無かったとも思うがのう。我々も魔界側にも人間が住んでいて、社会や国家を形成しているとは知らなんだしのう」


 当の本人の高は他人事の様に黙りお茶を啜っている。二人の老師は大きく溜息を着く。


「……で、孫韋から見て今のあ奴の仙術はどうなのじゃ?」


「まだムラはあるが、数百年クラスの道士と比べてもなんら遜色はないのう。この春に魔來窟を通り、遼一に会いに行った際、魔界でどれだけの戦闘経験を積んだのか……。いや、それだけではないのう。まさに天賦の才があったということだの。それに若さゆえの力の瞬発力もある……」


「あ奴はあちらで……魔界でまた背負うものができてしまったようじゃ」


「遼一からの話は儂も聞いた。あの若さで……さぞ辛かろうて」


「あちらでの約三年間……こちらでは二週間か。遼一と会うまで二年近くかかってしまったとのことじゃ。もう少し早く会えておればと遼一も悔やんでおった」


「時間の流れがこちらとは違うのに、時間の本流はこちらのままのお蔭で体の成長はほとんど無くて良かったの。そうでなければ大騒ぎになっておったろうのう、成長期だしの」


 そこに薄暗い本堂の中へ楚々とした態度で高野美麗が入ってきて新しいお茶を差し出した。


「すまんな、美麗。お主にも何かと苦労をかけるな」


「……纏蔵老師。私は彼には恩義があります。それを返すのにあらゆる労を惜しみません」


「恩義か」


「はい。一年前のあの品川で命を救われました。私はその彼を忘れていましたが……」


 孫韋は長く伸びた眉毛を寄せた。


白澤はくたくの娘がいてくれてよかったの。そうでなければ儂ら老いぼれ以外は誰も覚えていなかったかもしれんしの。纏蔵の思惑通りかの、ふふふ」


「いや、いくらこの世界の英知を司る白澤の血統でも、あ奴のことを強く意識していなければ無理じゃっただろう。引き合わせはしたが、それ以外はすべて偶然じゃよ。まあ、あ奴があの能力を使ったときは白澤に対し儂も少々余計なことをしたがな」


 孫韋は軽く笑い、煙管を翻した。


「ほっほっほー。三仙ともあろう者がのう。お主は存外あ奴の祖父の立場が気に入ってしまっているようだの。白澤の覚醒を一時的とはいえ促すとはの」


 孫韋は煙管の灰を落とし、心底楽しそうにしている。自分達くらいになると、自分の中に、新しい発見をすることは少ないことを孫韋は知っている。

 それを纏蔵が新しい纏蔵を垣間見せたのだ。何故か孫韋はそれが嬉しくて仕方がない。


「まあ、そのおかげで意外なことも分かったのう。一度、あ奴に触れ、忘れ、そして思い出した者は、次のあの能力発動の時には忘れづらくなるということがの。纏蔵のあ奴を思う気持ちのおかげだの。ほっほっほ」


 それを孫韋に笑われると纏蔵は顔を軽く紅潮させた。が、すぐに引っ込める。


「オッホン……。まあ問題はいつまでも付きまとう。まず、今は遼一が行って落ち着いてはいるが、向こう側……魔界の動向。そして、あ奴に……祐人に封じたもう片方の力を発動、それを使わせないことじゃ」


「しかし、お主はそれすらも本人の選択に任せておるではないかの。実際、その封印は本人の意思でいつでも解除できるようになっておるしの」


「…………。あ奴は……もう、儂がどうこうすることができる男ではないのじゃ」


 高野美麗は黙って聞いている。その横で高こと吉林高校校長である高野総一郎は呟く……。


「すべては……天が決める。すべては天意のままに……」

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