第3話覚悟の入学式②

 

 入学式会場の体育館は、校門から入り、目の前に出てくるH型の校舎の奥にある。二人は歩き出すと、一悟はふと、祐人を横目に見た。

 中学時代の話をしていて、祐人に関して思い出すことがあったのだ。


 それは、今から一年前。

 祐人が中学3年にあがる春休み後に、長期間休んだ時のことである。というのも、今思えば、いろいろと祐人に関して不思議に感じることがあった。

 自分たちが中学三年になろうとする春休み中に、品川で爆弾テロ事件があった。

 ある政治家を狙ったものと報道され、ある大企業の本社ビルの上部が完全に破壊され、その当時、日本中が大騒ぎになった大事件である。

 また、大騒ぎになったのは、それだけではない。日本でテロ事件というだけでも大変なことなのだが、報道と事実に齟齬があると、インターネット等で騒がれたのだ。


「その狙われた政治家は、実はそこにはいなかった」


 とか


「ビルの壊れ方が爆弾としてはおかしい」


「実際の騒ぎは、そのビル現場ではなく、品川駅の反対側の水族館だったのにもかかわらず、そちらの報道はほとんど無い」


 等々と、数々の噂が噂を呼んで、多数のオカルトサイトからも「人間の仕業ではない」というものまで出て、収拾のつかないものにまでなった事件だった。

 その前代未聞の大事件の現場に、不運にも祐人と祐人の母親は居合わせてしまったのだ。

 祐人達親子は、その事件に巻き込まれてしまい、その事件の混乱の中で、祐人の母親は行方不明になったと一悟は聞いている。

 そして、その直後から祐人は心労からか、体調を崩して倒れてしまい、春休みからそのまま、三ヵ月ほど学校を休んだのだった。

 報道では死者、行方不明者はいないとされていたが、祐人の復帰後に祐人自身からその話を聞いて、やはり何かあの事件はおかしいのか? と一悟もネット等で調べたことがあった。

 この話自体もおかしな話だが、今、一悟が問題にしたのはそこではない。

 問題なのは、そのような祐人の状況に……親友であるはずの自分は、一度も見舞いにすら行っていないのだ。

 居場所が分からなかったのではない。祐人はずっと実家で療養していたとのことだ。過去に、一悟は何度か祐人の家に訪れたこともある。

 また、祐人のその時の状況を鑑みて、敢えて気を使い、行かなかったのでもない。

 では何故か?

 このことを思いだすと、一悟は心が苦しくなる……。

 その理由は……


 忘れていたのだ。


 見舞いに行くのを忘れたのではない。

 祐人という友達がいたこと……を忘れていたのだ。

 意外と友人思いの一悟は、このことを思い出す度に自己嫌悪に陥る。


(いくら春休み明けとはいえ、自分の親友を忘れることがあるなんて……)


 校舎の中を抜けて、体育館の入り口に着く。

 体育館内にはパイプ椅子が整然と並べられていて、ご自由にお座りくださいと書いてあった。この学校、なんか適当だなと思いつつ、一悟は一年前のその時のことをまだ考えている。


 それだけではなかった。


 一悟だけが忘れていたのなら、万が一、ということがあるかもしれない。しかし、当時、自分以外の同じクラスメイトまでもが、祐人のことを覚えていないようだったのだ。

 二年の時と同じ担任だった先生でさえ、出席を取り、祐人の名前を読み上げて、「はて?」と首を傾げていた。

 一悟は今、横にいる親友を見て、そこまで存在感の薄い奴だったろうか? と思う。


(白澤さんだけは違ったみたいだけど……。一体、あれは何だったんだろう?)


 そう、その時、茉莉だけは祐人と以前と変わらない関係を維持していた。実はそれを見ていて、一悟も祐人のことを思い出すきっかけにもなったのだ。

 比較的すぐに、祐人との関係を修復した一悟であったが、他のクラスメイトの祐人に対する余所余所しい態度に、茉莉は首を傾げていた。

 その後、授業に復帰した祐人は遅れた勉強を必死に取り戻した。その際に茉莉の多大な協力があり、少し遅れて一悟も協力したが、茉莉ほどではないだろう。

 また、その時の祐人は勉学が遅れているとはいえ、鬼気迫るように勉強をしていたのを思い出す。何か理由があったようだったが……。

 一悟が知る限り、祐人はこの学校しか受験をしていない。その辺に理由があるのかな? と考える。

 それと、もう一つ。


 実は、今日もそうだったのだ……。


 先程、校門の前で一悟は祐人の顔を見て初めて、祐人だ! と思い出したのだった。それまでは祐人のことをすっかり忘れていた。

 だから、一悟は、先程の校門前で、自身に沸き上がる罪悪感を振り払うように、祐人に絡んだ。

 一瞬、一悟は、この少年に似つかわしくない複雑な表情をした……。


(俺は、そんなに情の薄い男ではないつもりなんだけどな)


 一悟はそんなことを思いつつ、祐人と体育館内に入っていった。

 整列したパイプ椅子の一角に、茉莉が先ほど待ち合わせたらしい少女と一緒に座っていた。

 一悟も見たことのあるその少女は、中学時代に茉莉と同じ剣道部だった水戸静香みとしずかだとすぐに分かった。

 茉莉がこちらに気付いて、隣に空いている二つの席を指して手招きをしている。

 それを見て、祐人と一悟は父兄の席の間を通り抜け、茉莉たちが座る横の席に着こうとした。

 その際に、一悟はおもむろに聞く。


「祐人」


「何?」


「お前、この春休みに何かあったか?」


 祐人は座りかけたところから、ビクッと動きを止める。


「ななな、何で? な、何にもないよ。ちょ、ちょ、ちょっと出掛けていただけだよ」


 そこまで分かりやすいか、というほどに狼狽えた祐人を見て、一悟は逆に脱力した。

 そして、何よりもそれは、一悟の知るいつもの祐人でもあった。


「ああ……何か、もういいや。忘れてくれ」


(そうだな、意味のない考えは止めよう……俺らしくもない……)


「ちょっと! 祐人。早く座ってよ、周りに迷惑でしょう!」


「ああ、ごめん」


 しゅんとして、祐人は茉莉の右隣に座る。その祐人の、さらに右隣に一悟が腰を下ろした。

 場内はまだ、ざわついていて、入学式独特の雰囲気を感じ取ることが出来る。

 祐人も周りを見渡し、これから入学式が始まることに、ちょっとした緊張と喜びが沸いてきた。気分も周りの生徒達より遅れはしたが、ようやく高揚してくる。


「そう言えば茉莉ちゃん、おばさんは?」


「お母さんは来てないの。忙しいのに来てくれようとしたんだけど、すぐに終わるし……来なくてもいいよって言っておいたから」


 茉莉の母である白澤雪絵は、大学で非常勤講師をしている。専攻は中国古代史だ。

 一悟の家は、入学式ぐらい一人で行って来いと言われたとのことで、両親は来ていない。

 すると……茉莉の席越しに、体を屈めて明るい笑顔の少女が挨拶をしてきた。


「初めまして、だよね。私、水戸静香。よろしくね。あ、袴田君は知っているよ。中学一年と二年のときに同じクラスだったもんね〜」


「ああ、またよろしくね! 水戸さん」


 一悟は、間にいる祐人と茉莉の二人の前に手をだして、元気な少女に握手を求める。

 静香と笑顔で握手を交わすと……ふと祐人が一悟の視界の端に入る。


「…………」


 そこには……黙って涙を流している祐人がいた。


「おまえ……今日、よく泣くよな」


「え? 静香、何を言っているの? 祐人とも中二の時、同じクラスでしょう? それに同じ中学だし、まったく見たこと無いっていうことは普通ないし」


「え? え? えぇー? 同じ中学? というか中二の時、同じクラス?」


 その静香の驚いたリアクションに、祐人の涙はいっそう増えた。

 慌てて静香は両手を合わせる。


「ごめんなさい! えーと、えーと、私、そう! 忘れっぽいの。今日食べた朝御飯も忘れたし、それに、それに、下着も寝ぼけて付け忘れることも何度もあるし!」


 一悟は横で、何かすごいこと口走っているなと思ったが、それよりも静香の祐人を知らなかったと言ったことに、ハッとしていた。

 あの時と同じだ……。

 一悟は、祐人に真剣な顔を向け、気遣わしげに、そして、様子を窺うように見つめる。が、当の祐人は相変わらずな反応だ。

 いつもと変わりのない祐人である。

 一悟は何ともいえない顔で、祐人を見てしまう。が、祐人は、


「いや、いいから。全然気にしてないから。昔から影薄いし。特に女性から影薄いし……。将来髪も薄くなるし。僕は水戸さんのこと覚えてたけど、そんなことは関係無いし……」


「あちゃー。失敗、失敗。おかしいな? 私、人のことだけはあまり忘れることないんだけどな……。えっと……堂杜君、堂杜君? うーん? ……で茉莉の知り合い? あ!」


 ようやく思いだしたようなリアクションを静香がするが、茉莉は二人のそのやり取りよりも、他の事が気になっていたらしい。


「祐人。そんなことより……春休みに何かあったの?」


「そんなこと、なんだ……」


 祐人は顔を伏せて影ができ、肩が力なく垂れ下がる。


「あ、ごめん……。じゃなくて! さっき袴田君と話をしていたでしょ? 春休みに何かあったの? って聞いているの!」


 どうやら、この件はいずれ、茉莉も問い詰める予定だったらしい。


「え? えー? 何で? 何にも無いよ」


「じゃあ、何で狼狽えてんのよ」


 祐人は眉毛や耳を忙しなく触っている。静香はその様子を面白そうに見つめる。

 すると、静香は指を鳴らすような仕草の後、邪気の無い元気な声で食いついてきた。


「あ! その狼狽え方は女だな! 女の匂いがするぞー? ……うーん、さっき出掛けていたって言ってたよね。ということは……」


 溌剌少女は腕を組み「ふんふん」と分かってきたぞ、といった感じで頷いている。

 そして、オロオロする祐人とワナワナしている茉莉を完全に無視し、また語り始める。

 それも、ちょっと名探偵風に顎に人差し指と親指を添える静香。


「先の春休み……旅先で運命的に出会った二人。その未踏の地で二人は、今まで感じた事の無い感情が芽生えてしまう……。そして若い二人は……」


「ストップ! ストップ! 何それ! 何の昼メロ? 何でそうなるの!」


 祐人が静香の推理を遮るように上体を乗り出す。茉莉の肩の震えは一段と増している。

 すると、今度は静香と反対側、祐人の右隣から悪友の演技がかった声で、


「……その行為の後、二人は固く再会を約束し、それぞれに自分の故郷に帰って行った」


「ちょっ!」


 祐人が声をあげようとすると、ガタガタガタ! という重低音にかき消された。

 祐人も何事か? とその重低音の出所を確認する。

 すると……それは茉莉の座っているパイプ椅子と体育館の床とが高速でぶつかり合う音であることに……気づく。

 祐人の額から汗が流れた。

 そのまま、その椅子の主に祐人の視線が上がっていくと……そこには腕を組み、前を向きながら、髪を逆立てている少女が目に入る。


「こここ、行為? こ、こ……行為! ふふふ不純よ! 祐人ぉぉ! あなたって人はー!」


「いや、ちょっと待って! 今の完全に濡れ衣だよね。 二人の妄想で怒られるの? 僕は!」


「怒ってないわよ!」


 茉莉に一喝されて、祐人は不満そうに黙る。

 満足気の一悟は静香と目を合わし、


「うーむ。さっき、人の名前を忘れた無礼をもう忘れ、その上、この空気を読まない会話。水戸静香……。中々どうして……やるな」


 認めざるを得ないな……と一悟は、笑顔満面の元気少女に親指を立てる。


「袴田君も……やるわね。でも最後にもう一フレーズぐらい欲しかったなぁ」


「ああ、うーん……じゃあ、こういうのは? 『その時、既に二人の愛の結晶が実を結んでいることを知らずに……』ってなやつ」


「それはいいね!」


「いいわけないだろ! 一人の善良な市民の犠牲の上に友情を築くな!」


 祐人の疲れたような表情にかまわず、悪友は、


「じゃ、女ではないんだな?」


 そう迫られると、祐人は顔を引きつらせて黙ってしまう。


「……ほう。面白い反応だな、祐人君。へー、意外、意外。本当に好きな子ができたのかな?」


 一悟は意地の悪い顔で、祐人の右肩に片肘を乗せる。が、その視線は隣の茉莉に向っていた。


「……た、確かに面白い話ね。でも個人的なことを、そんなに聞いちゃ悪いわ。興味ないし」


 腕と脚を組んで、冷静な顔をしているが、茉莉の声は僅かに震えている。


「そうだよね。白澤さんは興味あるわけないよな。白澤さんにはちゃんと、素敵な彼氏候補生がいるんだからねぇ。まあ、祐人に好きな人が出来たんなら、俺は親友として応援するぜ」


 茉莉は一瞬だけ顔を強張らす。


「べ、別に彼氏候補生ってわけじゃないわ! ただの友達よ!」


 一悟は「あれ? そうなの?」とサラッと応対する。そして、静香がチラッと一悟を睨むような目をしたが、こちらも一悟は受け流した。

 すると、ちょっとだけ険悪になった空気に構わず、静香は手をパチンと叩き、元気な声で言い放つ。


「じゃあ、こうしようよ、堂杜君。その女の子との事を私達が手伝うよ。遠慮なんかしないで、じゃんじゃん相談してね! 堂杜君に女心ってやつを、一から教えてあげるから、ねえ、茉莉」


「え? う、うん。そ、そうね……」


「いや、だから……そんなんじゃ」と祐人が言いかけると、そこにアナウンスが入った。


 “えー、只今より、蓬莱院吉林高校の第九十回入学式を開催します”


 祐人は話すのを止め、溜息交じりに前を向いた。アナウンスが入ると、体育館内が急速に静寂に包まれる。

 入学式が始まり、壇上で最初に教頭先生が形式的な挨拶をし、司会進行もその教頭先生がそのまましていくようだ。

 そして、順次、予定通りの校長先生の挨拶。


 “それでは蓬莱院吉林高校学校長、高野宗一郎先生の新入生へのお言葉です”


 義務的な拍手の中、ステージの左側で斜めに並べられた一番奥の席から、立派なタキシードを身に着けた校長が、おぼつかない足取りでマイクの前に立った。

 見たところ、かなりの高齢に見える。


 “ああ……”


 静寂の中、まず声をあげて


 “皆さん、高校生活は……楽しんでください……。以上”


 会場にいる全員が「へ?」と唖然とした。そこに先ほどの教頭先生が出て来る。


 “皆さん! 拍手! 拍手って言ったら拍手!”


 何か釈然としない会場の空気だったが、盛大な拍手の嵐。

 だが「話が長いより、良かった」とか「名演説!」とか意外と好評価の話し声が聞える。

 会場を覆う拍手の中、祐人は、


(……あれが爺ちゃんの知人? 本っ当に爺ちゃんの知り合いっていつも……)


 何かガックリしていた。

 その後は、まだ歌えない校歌や生徒会長からの話があり、式はつつがなく終了した。

 式が終わると、さっき茉莉が言っていた通り、新一年生のクラス表が配布された。

 クラス表が配布されると、新入生全員が立ち上がり、各自の教室へ移動を開始する。

 祐人達4人も立ち上がり、たまたま、最初に開いた祐人のクラス表に集中した。


「おおお! 祐人! 同じクラスだ! ……あれ? 水戸さんもだ!」


「あ! ほんとだ! 改めてよろしくね」


 三人はテンションが上がって、ハイタッチや握手を交わす。


(……あれ? そういえば……茉莉ちゃんは?)


 祐人達が気付くとえらく落ち込んだ声が。


「私だけ……違う」


「「「あ」」」


「で、でもほら! 茉莉。隣のクラスだよ! お昼も一緒に食べられるよ!」


「…………」


「そ、そうだよ! 白澤さん。白澤さんの隣のクラスだなんて光栄だなぁ」


「…………」


 祐人は静香、一悟の鋭い視線を受ける……そして……ハッ!


「茉莉ちゃん! ほら!」


「祐人はしゃべらないで」


「はい……」


(何で僕だけ?)


 クラス表には祐人と一悟、静香がD組で、茉莉だけがC組と記されていた。

 教室に移動を開始する四人は、茉莉を先頭に無言。後ろの三人は、お互いに目配せをしながら粛々と教室に向う。

 やたら広い敷地に校舎は二つあり、それぞれが四階建てになっている。その第一校舎に一年生と二年生の教室があった。

 四人は無言状態のまま、他の新入生たちの一団と一緒に、新一年生の教室に向った。

 教室に着き、まだ時間が三十分程あったので、四人は黒板に掲示されている座席表を確認して持ち物を置き、廊下で待ち合わせすることとなった。 

 祐人の席は最前列の一番右の廊下側で、一悟は祐人の左後ろ、そのさらに左後ろが静香の席になっていた。

 隣のクラスになった茉莉がすぐに来て、D組の前方のドアから、祐人の席を見ると、少しだけ機嫌を良くし、廊下に皆を急かした。

 茉莉の席はC組の一番後ろの廊下側だった。位置関係にすると、教室は違うがC組の後ろの出入り口とD組の前の出入り口を介して祐人の席に近い。

 廊下に集まると、茉莉がいつもの調子で話し出したので、三人はほっとした空気になった。


「ねえ、この学校、どうやって席を決めているか知ってる?」


 祐人たちは首を傾げる。名前の順なら祐人の姓は堂杜だし、一番前というのは変だ。


「実はね、席順は入学試験の成績順で決まっているのよ。さらに言えば、クラス分けも男女に分けて1位からABCD・・・と振り分けているの」


 一悟はちょっと不愉快そうな顔をする。


「へー。なんか割り切っているというか、いい加減というか」


「昔はね、男女比も考えずに成績順で決めてしまったら、体育祭での各クラス戦力比が歪(いびつ)になってしまった事があって、それはすぐにやめたみたい」


「当たり前だ! 女子の少ない方のクラスになったら、どうすんだ!」


 一悟の声が少々大きい。祐人が横でまあまあと宥めている。

 そこで「あ!」と祐人が大きい声を上げる。


(……ということは、まさか)


「僕! クラスで一番の成績の可能性が!」


「そんなわけ無いでしょ」


 茉莉があっさり否定。


「…………」


「席は成績の悪い順に、右前から左前に二列目は左から右にという感じで、ジグザグに後方に座っていくの」


「え? ということは……」


「そう。祐人は学年でも下位シングルなのは確定したわけね」


 祐人はそれを聞き、そういえば後ろの方に女子が集中しているような気がした。


「僕……危なかったんだ。良かったぁ、合格できて。一歩間違えば、高校浪人だったのか。い、いやもう高校生は無理だったかも。本当に良かったぁ」


 一人祐人は心底、胸を撫で下ろしていた。

 

「私に感謝しなさいよ、祐人」


「……感謝しています」


 祐人は、ちょっと複雑そうに返事した。その様子に一悟はちょっと苦笑い。

 そこで一悟は、以前からの疑問を祐人に聞いた。


「お前さ、何で受験校がこの吉高きつこうだけなの? たしか今回、一校しか受けてないよな?」


 それを聞いた静香は、心底驚いた顔をした。


「えー! 堂杜君、外見と違って強気だねぇ。茉莉だって、すべり止めも含めて四校は受けてるのに」


 その静香の疑問に、事情を知る茉莉は気の毒そうというか、渋い顔になる。

 そして、祐人は頭を掻きながら、


「……うん、どうせ話すつもりだったから、言うけど……。実はね……」


「「えー!! お金が無くて、学費からすべての費用の出世払いを認めてくれた学校がここだけだったー?」」


「それで……」


「「高校から一人暮らしで、仕送りなしー!?」」


「そうだよね。普通、そういうリアクションだよね?」


「ちょっ……お前、何だよそれ! お前、確か爺さんとほぼ二人暮しって言ってたよな。年老いた爺さんを置いて出ていっちまうのか? それに、そんなに貧乏だったっけ? お前ん家」


「あのね……僕は家を出たんじゃないの。家を追い出されたの」


 そして、三度目の……


「「えー!」」


「まあ、説明するとね……」

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