第19話 実食

「確かに連れて来いとは言ったが、気絶させろとは一言も言ってねーぞ……」


 ジェンヌが頭を抑えため息を吐いている。


「申し訳ありませんお兄様。ついカァっとなってしまい……」

「いいよいいよ。悪いのは俺だ。気にすんな」


 まさか気絶するとは思わなかった。

 気絶なんてジェンヌの槍くらった時以来じゃないか? それも確かボンネットの支援込みの槍だ。

 擬人化したアリス達を見ても気絶したが、あれはノーカンだ。

 しかし、まさか遠征の時にくらった鉄拳よりもパワーが数段上だったのはこれいかに……。それよりも今は目の前の現実にどう立ち向かうかを考えなければない。

 対俺が目を覚ました時、場所は食堂だった。なんともいえない食欲をそそる芳ばしい香りが鼻を通り抜けた。

 1000人もの妹達は各テーブルにそれぞれ分けられ、俺は『アントリア』のメンバーとアリア、そしてアリスといったわゆる幹部メンバーがテーブルに座している。

 どうやら皆んな俺が目覚めるのを待っていたようだ。他の妹達も固唾をのんで俺の様子を見守ってくれている。

 自分がアリアの鉄拳で気絶し食堂で目覚めたということはすぐに理解できた。しかし、目の前、テーブルに置かれた超特大サイズの皿に盛りつけられた食材? には理解が追いつかない。周りのテーブルにも同じく超特大サイズのさらに食材? が盛り付けられていた。


「こんなご馳走久し振りですわ!」


 アリスが目をキラキラと輝かしそのに目が釘付けだ。早く食べたいと身体で訴えている。『アントリア』の面々はそのような様子は無いのだが、キャーキャーと騒ぐ周りの妹達の様子を見るにこのはかなりのご馳走のようだ。


「なあ」


「どうしたクソ兄」


 ジェンヌが振り向く。


「この目の前に山の様に盛られている銀色のやつは一体何だ?」

「何だって……クソ兄とアリア姉が仕留めてきたんじゃねーかよ」


 やっぱかー。あれかー。

 どうにか思考を現実逃避させてはいたが……本当に食べるのね。見た目人間になってるけどその中身、本質はアリだもんね。知ってたよ。うん。


「そうだったな。いやーそれにしても良い匂いだな」

「ミーナが調理すりゃあなんでも上手くなるからな」

「そうだな」


 なんなんだよこいつら! え? てかミーナ何者だよ!? 調理すればなんでも上手く!? なにそれ何の特異能力!? これただ切っただけだよね!?


「カムイ兄さま! 早く召し上がりましょう!」

「お腹すいたの……」


 アリスは待ちきれないとばかりに声を上げ、クラリネットも小さな声で言うとお腹を摩った。

 あんだけ泣けばお腹も空くよな。


「じゃあ食べるか」


 俺は手と手を合わす。


「いただきます」

『いただきます!』


 瞬間、この場にいる妹達が凄まじい勢いで目の前の大型外敵種の取り分けを始め、貪り始めた。あまりの速さに呆気に取られた。有り体に言えば引いた。

 みるみる内に大型外敵種グランデエネミーの盛り合わせの山が低くなっていく。

 きっと食べてみたら美味しいのだろう。それは本能で分かる。なにせ俺はアリなのだから。味覚もアリ使用だ。しかし生憎と思考や経験は人間そのものだ。こればかりはどうしよもない。

 悲しいことに腹は空いているし正直匂いは堪らない。

 美味しそうに大型外敵種グランデエネミーにかぶりつく妹達を見てるだけで食欲が増してしまう。


「カムイお兄様? お食べにならないのですか? 体調が悪いのでしたら今すぐに医務室へ行きましょう。私が一緒に行きますから」


 アリア心配そうに言ってくる。


「いや、大丈夫だよ。体調は問題ない」

「ならいいのですが……はっ……! も、もしや、口移しではないと食べたくない……ということですか? 分かりました。不肖このアリア、カムイお兄様にお食事をしてさしあげ——」

「さしあげてくれなくて大丈夫だから! 自分で食えるから!」

「そう……ですか……」


 アリアはしょんぼりとした様子で再び大型外敵種グランデエネミーをちびちびと食べ始めた。

 ねえ、なんで寂しそうにするの? 変に罪悪感覚えるからやめてね!?

 俺は「はぁ」とため息を吐き、自分の取り皿を手に取った。

 覚悟を決める時だ。俺は今アリなんだ。もう人間じゃない。見た目は人間になってるけどアリには変わりない。

 いくら俺の体が特異能力関係無しに強靭とはいえずっと食べない訳にはいかない。


「よし。食うか」


 フォークで適当に一口分取り皿に乗せた。

 ……ちょっと待てよ。本当にこれは食えるものなのか? 妹達が食ってる時点で食べられる物であることは分かっているが、元々アリとして生きてるお前らと元人間の俺とは何か齟齬が生まれている可能性がある。人間の味覚で行けば不味いということも——


「ええい! 食ってから考えろ俺!」


 俺は勢いよくフォークを一口大の大型外敵種グランデエネミーに刺し込み頬張った。

 パク。

 まずは咀嚼。

 ……ふむ。ほどよく弾力があるな。鶏のモモ肉に一番近いな。特に出汁の様なものは出ない。安い鶏肉のももを蒸しましたって感じだ。味付けも塩味がベースのようだ。不思議なことに香りだけがやたら肉っぽい芳ばしい香りがする。焼き鳥屋の前を通る時に香るあの匂いだ。


 結論からしてこれは——


「食えるな」


 食える。食えるのだが、食えるだけだ。

 上手い訳でも不味い訳でもない。ほんとにただ食えるだけ。見た目がグロテクスであり、匂いは何故か芳ばしい香り。そして味は普通という……。

 食べられないこともないけど……食べようとは思わないかなぁというやつだこれは。

 ふと前を向くとあんなにあった大型外敵種の山盛りが雀の涙程になっていた。よく飽きずに食べれるものだ。

 俺は一口でもういいかな。見た目のグロさが後を引きすぎる。


「にしてもよぉ、未だに信じられねーよ。クソ兄とアリア姉が二人で仕留めたなんてよ。あたしらが何度も苦戦を強いて来た相手なんだぜ」

「あー、それは簡単だ。何度も言うがアリアが強すぎた。たったそれたけだ」


 カ、チャ。

 俺の隣でフォークを置く音がした。

 思わず振り向くと、アリアが暗みがかった笑みを浮かべていた。

 やばい。


「いや、ちょっと違うな。俺の力が存分に発揮されたからかな。初陣としては良い出来だろアリア」

「……へ? は、はい! そうです。今回の大型外敵種討伐は兄様の功績です。さすがです!」


 アリアの笑みから暗みが消え、パァっと明るい笑みになった。

 アリアは自身の強さにコンプレックスを抱いているみたいだ。確かに特異能力を使う『アントリア』と違い、戦闘方法が格闘、物理だ。言っちゃえば花が無い。

 しかし特異能力も無しただの鉄拳であそこまで強いと言うのは男として憧れる要素だ。女として心境は複雑だろうが、決して卑下することではない。寧ろ誇るべきことだと思うんだがな。


「アリア姉が言うんだから、相当凄かったんだろうなクソ兄は。アタシも見たかったぜ」


 ジェンヌは快活に笑った。

 そうだな。凄かったんだよ、俺では無くアリアが。


「ところで母さんは? 姿が見えないけど」


 俺の処刑騒動以来、アリス含めアリアナ女王も一緒に食事を摂るようになった。

 アリアナ女王とアリスは今まで一人で食事をしていた。それも、女王と王女だからという理由で。意味が分からない。


「女王なら自室で眠ってるぜ。クソ兄が遠征に行った後ぶっ倒れたんだ。あれ、言ってなかったか?」

「倒れた!? ちょっと待てそれって大丈夫なのか!?」

「大丈夫大丈夫。別に病気とかじゃねーからよ」

「それでも一大事だろ!」


 俺は勢いよく席を立った。

 このコロニーの頂点、俺らの産みの親であるアリアナ女王が倒れたっていうのになんでジェンヌや他のみんなまでこんな呑気に構えてるんだ。飯なんか食ってる場合じゃない。


「落ち着けってクソ兄。だから大丈夫なんだよ女王は」


 ジェンヌはなだめるように言った。

 そして快活に笑いながら「な?」とメリィに視線を向けた。


「陛下は大丈夫なのです。カムイお兄ちゃんが遠征に出てからというもの、カムイお兄ちゃんのことを心配しすぎて倒れてしまったのです」


 メリィが単調に言う。


「……は? 心配しすぎて?」


 息子がちゃんと一人でおつかいに行けるか不安で不安でしょうがない母親みたいになってるんですけど。俺長男だよね。みんなのカムイお兄様っすよね!?


「だから心配いらねーよ。あたしらの女王は以来素の状態、本来の女王の姿だ。いちいち驚いてちゃあこの先もたねーぜクソ兄」

「あ、ああ。そうだな」


 アリアナ女王はあの日、あの処刑以来目に見えて変わった。

 それが結果的に良かったのかどうかは分からないが、コロニー内の雰囲気を見るに、まあ良かったんだと思う。我が子への溺愛が激しくなったのはちょっとアレだけど。

 今までのアリアナ女王は冷徹な女王だと聞いている。それは、そうならざるおえなかったのだろう。

 女王としてコロニーを維持し、常に威厳があり、皆を導く存在でなければならないという責任。他のコロニーに比べると小さい、1000人規模のコロニーだという引け目。

 それらを一身に受け、冷徹な、規則重視な性格になってしまうのも十分にあり得ることだ。


「それよりもよ、みんな飯食っちまったようだぜ」


 周りを見ると、皆食べ終わった様子で雑談を楽しんでいた。


「……よし。んじゃ」


 パン!!


 俺はこの食堂全域に響くくらい強く手と手を合わせた。

 雑談は止み、皆の視線を一斉に集まる。


「今日はご馳走だったな! この美味しい料理を作ってくれたミーナと、こいつを狩りに行った遠征隊のみんな、そして、今食ったこいつの命に感謝して——」


 パン!!


 皆が俺の音頭に合わせて一斉に手を合わせた。


「ご馳走さまでした」

『ご馳走さまでした!!』


 皆はぞろぞろと立ち上がり皆片付けもせず食堂を退室していく。

 片付けもしなくてもいい理由がある。それは何故かというと——


「〈創破ナッシング〉」


 各テーブルの上に置かれた特大の大皿、取り皿、フォークにコップといった食器類が綺麗さっぱり消失した。それも一瞬のことだった。

 それがさぞ当たり前のことのように、みんなは一同に食堂を出て行く。


「なんかなあ。これ便利だけどさ、お前死んだらどうすんの?」

「ん? どういうことだよクソ兄」

「いや、だからさ、今はお前の特異能力で食器とか、あまつさえ家具やら何まで創ってんじゃん。お前が死んだら消えちゃうとかあるんじゃないのか?」


 俺らが使っている家具や食器類からちょっとした小物まで、ジェンヌの特異能力である【創造】によって創られている。そのおかげでコロニーでの生活は大変快適でありがたいのだが、これがある日突然無くなったらと考えると恐ろしい。そのある日というのは、つまりジェンヌが死んだりしたらということだ。

 命が途絶えた瞬間に【創造】で作り上げた物が全て消失する可能性は決してゼロじゃない。

 それにこいつらはジェンヌの【創造】に頼りきっている生活をしている。食器にしろ、ジェンヌに創ってもらうのでは無くあらかじめ用意しイレギョラーが起こっても対応できるようにしなくてはならない。


「……まあ、消えるだろうな」

「消えんのかよ」


 やっぱり消えるらしい。

 これは早急に対策しないといけない。ジェンヌが死んでからでは遅い。


「だがよクソ兄。今はしょうがねぇんだよ」


 ジェンヌはため息を吐いた。


「しょうがない? しょうがないってなんだ」

「家具やら食器類はよ、あれはシロアリの持つ技術が必須なんだ。今はあいつらとあたしらは敵対状態にあるせいか貿易? みたいなことが打ち止めにされてるんだ」

「……そうだったのか。それでジェンヌが仕方なく【創造】で創ってる訳か」

「まあ、そうゆうことだ」


 なるほど。このコロニーはシロアリと貿易関係も築いていたのか。惜しい相手と敵対してしまったな。

 そんなシロアリと敵対した理由を作ったのって確か……

 俺はボンネットの方に顔を向けた。


「さ、さあクラリネット。一緒に部屋へ戻ろうか」

「うん。行くの」


 気まずそうにそそくさとこの場から離脱しようとするボンネット。

 やはり責任は感じているのだろう。

 ボンネットとクラリネットは食堂を出た。


「まあボンネットのやつも悪気があってシロアリをぼこした訳じゃねえと思うぜ。家族を、それも双子の妹を侮辱されたんだ。そりゃあ怒るさ。あたしなら踏みとどまるけどな」

「先のことを考えたらな。シロアリとどんバチやってる暇があったら外敵種エネミーとどんパチした方がよっぽど良い」


 ボンネットはその場の感情だけで行動に移してしまった。それは反省点だ。

 それを本人も分かってるからさっきは気まずそうに食堂を出て行ったのだろう。


「だがよ、ボンネットのクラリネットに対する執着は異常だ」


 ジェンヌはハッハッハと笑い飛ばした。


「確かにな。良いことでもあるんだが、悪い方に傾くこともあるからなぁ。シロアリの件みたいにさ」

「無愛想で誰に対しても無関心ってよりマシじゃねえか?」

「それってメリィのことか?」

「ちがっ、あたしは別にメリィのことを言ってる訳じゃ」

「ジェンヌお姉ちゃん? それは一体どういうことなのです?」


 メリィが真顔でジェンヌを見る。真顔に裏に垣間見える感情が実に恐ろしい。

 俺の妹達は総じて怒ると怖い。


「だから違ぇって! ほら、クソ兄も何か言ってやれって」


 助け舟か。よし任せろ。


「メリィは可愛いくて良い子な女の子だもんな? 頼りにしてるぞ。さ、俺はカルマと戯れてくるから。それじゃ」

「え? ちょっと待てってクソ兄!! 逃げるな!!」


 助け舟は出してやったぞジェンヌ。だがその助け舟はジェンヌを完全に通過して行く舟だがな!


「お待ちくださいませ! アリスも一緒に行きますわ!」

「私は、えと、ミーナの手伝いをしてきます」


 アリスはともかくとして、空気を察してかアリアもこの場から離れた。

 テーブルに残るメリィとジェンヌ。

 この後二人の間に何があり、どういう結末になったのかは分からない。

 しかし、後日ジェンヌと会った時、彼女の目からはハイトーンが消えていた。

 「なんかごめん」と俺は心の中で笑いを堪えつつ謝った。

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