今日もルメイ堂に客ありて

功刀攸

第1話 其はある日の来客なり

 カランコロンと音を立てながら今日も店の扉が開く。

 さてはて、今日のお客様は如何なる贈り物をお望みだろうか。


「いらっしゃいませぇ。今日もいいモノが入っているよぉ」


 ここはルメイ堂。お客様が望むモノがなんでもそろう雑貨店だ。かわいい人形から綺麗な音を奏でる様々な楽器、持ち主に加護を与えるお守りから持ち主の命を喰らう呪いの品までなんでもそろう。それらを求めて世界中から訪れる客は、王侯貴族から奴隷、犯罪者まで様々な身分の者たちがいた。


「やあ、店主。予約していたモノは入っているかな?」


 カウンターの向こうには、この店を切り盛りする店主が一人。特徴的な白髪と青磁色の双眸を持つ、十五、六歳ほどの少年のような、あるいは少女のようなヒト。常連客の間では不老不死なのではないか。はたまた魔術によって動く自動人形などという噂もあるが、それについて尋ねられても店主が答えることはない。――ただただ穏やかな笑みを浮かべ、「どうだろうねぇ」と呟くだけだ。


「おやおや、アルフレッド様じゃないかぁ。もちろん用意できているよぉ」


 店の中に入ってきたのは隣国、ハルステア王国の第二王子アルフレッド。そしてその護衛である二人の騎士であった。


「それは良かった。やはり、ここで取り寄せたほうがいいな。――昨日予約したモノが翌日には入っているのだから」

「んふふっ」


 店主はにこりと笑みを浮かべ、カウンターの下から赤い薔薇の模様がきざまれた綺麗な木製の箱を取り出して見せた。それは縁に金細工が施され、ところどころにちりばめられた宝石たちがキラキラと輝いている。店主からそれを受け取ったアルフレッドは両手でかかげ、前後左右に角度を変えながら箱の状態を確認し始めた。


「ああ、これはとても美しいモノだね。期待以上だよ」

「この梅廉国には腕利きの職人が集まっているからねぇ。お気に召したなら、彼らも喜ぶだろうさぁ」

「うん、いいね。流石は梅廉国の職人たちだ。これなら僕の愛しい赤薔薇の君も喜ばれるだろう。ああ……、なんて彼女好みのオルゴールなんだ!」


 機嫌の良いアルフレッドがオルゴールの蓋を開けると、一瞬甲高い音が鳴り響き、その後から柔らかく包み込んでくれるかのような綺麗な音色が聞こえてきた。しかし、店主が勢いよくその蓋を閉めたことで、オルゴールから流れ始めた音色は、ぱったりと消え失せてしまった。


「こらこら、アルフレッド様ぁ。いくらお気に召したからといって、油断してはいけないよぉ?」

「ああ、すまない。つい、うっかりね」

「君が魅了されてしまっては、元も子もないだろぉ? これは君が赤薔薇の君のためにと望んだモノなんだからぁ」


 店主の言葉にアルフレッドは反省したようだが、その顔には恍惚とした笑みが浮かべている。それを見た店主はため息をつきながら、この店の常連客たちの表情を思い出して「君も彼らと同じ変態さんだねぇ」と一言呟いた。


「侵害だなあ。僕はただ、これならば彼女も気に入ってくれるだろうと思いをはせているだけだというのに……」

「そんなうっとりした顔で言われてもねぇ。君ってば無駄に色気があふれてるんだから、そういう表情を外で無闇に出してはいけないよぉ?」

「ふふっ、店主は心配しすぎなんだよ」


 そうは言うが、アルフレッドの背後に控えている護衛の騎士たちも店主と同じようになんとも言えない顔をしている。

 世の女性を――貴族だろうが商人だろうが平民だろうが、貴賤の隔てなく惚れさせてしまうその生まれ持った美貌の自覚がないとは……。この男はなんと面倒くさい人間なのだろうか。多くの女性を虜にしながら、自身は赤薔薇の君と呼び慕う女性の虜。そのことを羨むばかりに、彼女に害をもたらそうとする者は少なくないと言うのに……。

 ただ、まあ。アルフレッドの身分はハルステア王国第二王子。兄の第一王子が立坊した際に王位継承権は放棄しているが、父である国王より賜った領地を数年で国内有数の商業地として栄えさせた実績を持つ。そんな赤薔薇の君は彼の愛する女性だ。そこらの者が彼女に手を出すことは不可能と言ってもいいだろう。


「その傾国さを自覚していながら放置とは、人が悪いねぇ。アルフレッド様」

「人柄で惚れさせる、人タラシタイプの王太子様も別の意味で人が悪いですけどね」

「あの方はなあ……。暗殺者でさえ自分の配下にしてしまうのだ。警備が強固になるのは良いとは思うが、人事が面倒だと宰相様がこぼしていたらしい」


 店主の言葉に護衛の騎士たちが続く。彼らはアルフレッドの幼馴染みであり、アルフレッドの性癖をよく知っている者たちだ。まあ、知っているだけで理解はしていないし、理解しようとも思っていない。彼らは日々、演説するかのように赤薔薇の君への愛を語るアルフレッドの相手をしているため、同じように愛の演説を聴かされている店主といつの間にか仲良くなっていた。


「方や母親そっくりの人タラシな王太子、方や父親そっくりの傾国の美貌を持つ第二王子ぃ。イザベラ様の血はどこへ行ってしまったんだろうねぇ。こんな無常な子に育つなんてぇ」

「店主の言う通りだ」

「右に同じ」

「おや、酷いなあ。店主にお前たちも……。僕は赤薔薇の君はもちろんだけど、君たちや家族、部下や領民たち以外の有象無象に興味がないだけだよ。ご先祖様のことは置いておくとして、興味を持ったところで僕の心を満たすこともなく、懐を満たすことすらないんだ。相手をするだけ無駄さ」


 カウンターを囲む店主と護衛の騎士たちへ視線を移したアルフレッドの目には、なんの感情も浮かんでいなかった。

 ――アルフレッドは、興味のない人間……モノにはとことん無情な男だ。たとえ自国民であろうと他国民であろうと、その美貌に囚われた女たちのみならず男たちまでもがあの手この手で想いを射止めようと行動しても、数年たらずで領地を栄えさせたその手腕を手に入れようと賞賛しても意味がない。彼の興味をひくには、当たり前のことが当たり前のようにできる人間では物足りないのだ。


「そうだ! 生きとし生けるものを魅了する歌声を持つ赤薔薇の君。客が望むモノをどんなモノでもそろえてくれる店主。幼いころから僕に忠誠を誓い、武芸に優れた自分に素直なお前たち。素晴らしい家族はもちろんのこと、生きるために必死に働く領民たち。これだけ僕の心を満たしてくれる人たちがいるんだから、もういいかな……」


 うっとりと、オルゴールをなで回すアルフレッドの目には、先ほどとは打って変わってどろりとした光が輝いている。それを目にした店主と護衛の騎士たちは視線を合わせたあと、同時にため息をついた。


「そう言うくせに、心を満たすモノを欠けさせようって言うんだからぁ。やっぱり君は、変態さんだよぉ」

「こればっかりは店主に同意ですね」

「せっかく手に入れたのに、最後は簡単に壊すことを選ぶんだから変態としか言いようがないよなあ」


 店主と護衛の騎士たちはアルフレッドの手にあるオルゴールに視線を向けたあと、そろって視線を外した。

 あのオルゴールはただ音を奏でるだけかわいらしいの置物ではない。お客様が望むモノがなんでもそろう雑貨店、ルメイ堂の店主にアルフレッドが直々に注文した特別なオルゴールだ。世界各国から集まった腕利きの職人が細工を施したからと言うわけではない。ただそれだけでは、なんの変哲もない音を奏でる置物だ。注目すべきは魂を奪われるほど壮絶な音色。言葉に表しようのない、心をとらえる魔法の曲がオルゴールの中に閉じ込められていた。


「さあさあ、彼のことは放っておいて私たちはお茶を楽しもうじゃないかぁ。いい茶葉が入ったところなんだよぉ」

「それはいいですね。あの様子では二時間ほど元には戻らないでしょうし、そうするとしましょう」

「店主のために王都で人気のチョコレートケーキを用意したぞ。その茶葉に合うといいんだが……」

「おおぅ! なんて優しいんだ、君たちはぁ! きっとケーキにピッタリの味だよぉ」

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