第21話 全ての理由

《2025年8月24日 19:07 エクシードマウンテン第1アリーナ》


 決闘は終わった。俺の勝利という形で。

 だが五体満足で動けたかというとそうでも無い。知らぬ間に極限まで感覚が研ぎ澄まされていた影響とクイーンにとにかく殴られまくった痛みとで体に力が全く入らない。というかこれが仮想現実で無ければ意識を失って救急車で運ばれているのは間違い無い。


 そういうわけでアリーナの壁を這うようにして歩く俺はもはや限界だった。


「これ現実にフィードバックしないよな?」


 あまりの痛みにそんな言葉まで口から漏れる。立ち上がるのもやっとである以上ログアウトして現実に帰ったとしても平然と起きられるような自信も無い。むしろリアルの体で苦しむ羽目になりそうだ。


 そんな俺の前に一人の少女が知らぬ間に立っていた。さっきまで死闘を繰り広げていた金髪の少女では無い。

 ずっと前から知っていた赤い髪をしたソイツ。かつて栄光を共に手に入れた唯一無二の相棒。

 目を合わせた時、何か言おうと思っていたが言葉が口から出てこない。それでも俺の体は虚勢を張りたかったらしく、その背筋は知らぬ間に伸びていた。そんな俺を見て仕方が無いなあといわんばかりの顔をして莉央はこう言った。


「ボロボロじゃん。もっと余裕かまして勝つのかと思ってた」

「言ってくれるよ、俺だって死ぬほど頑張ったんだからな」

「普通は本当に死にかけたりしないよ」


 そう言って笑いかけながら莉央は肩を貸してくれた。

 そりゃそうだなんて軽口を叩く元気すら無くなっていた俺は遠慮も忘れて体を預けてしまう。それがたまらなく心地よくて同時にたまらなくこっぱずかしい。


「約束……」

「うん?」

「守ったぜ。クイーンを倒して俺がナンバーワンになるっていうやつ」

「流石ミツル。やってくれたよ本当に」


 互いが互いに笑っていた。昔はこれが日常だったのだ。俺が無茶して莉央がその尻拭いをして、最後にはこうして笑い合う。こうしてみると本当に俺の心は7年前に戻ったみたいだ。


「まったく勝った瞬間ヘラヘラして、ちょっとは敗者に遠慮したら?」


 そんな俺達を見てあきれたようにしていたのは知らぬ間に俺達の後ろに立っていたクイーンだ。とはいえその言葉に怒りや憎しみ、嫉妬のようなものは感じられない。むしろ祝福しているようなそんな口調で彼女は話す。


「負け惜しみを言うのは敗者の特権、喜ぶのは勝者の特権。あまりマナーばかり気にして自分を押し殺してたらゲームなんて楽しめないもの。とりあえず今回はおめでとうと言っておくわ」

「こっちこそ、良いゲームだった」


 俺は莉央に支えられたままではあるが手を差し出した。握手をするために。

 そしてクイーンもまたその手を取る。こう言っては何だが、一発一発で人を殺せそうなパンチを放っていたとは思えないほど小さな手をしている。


「まったくアンタもとんでもない化け物を掘り起こしてくれたわね。ゾーンまで持ち出したのにアマチュアにタイマンで負けるなんてプロになってからは初めてよ」

「そりゃミッチーだから仕方ないよ。ゾーン対策に寝る間も惜しんでクイーンの試合ログを時間の許す限り全部辿ってたんだから」


 莉央のその言葉にクイーンは目を見開いて俺の方を見てきた。UFOとかお化けとかそういう次元で信じられないものを見たという様子で。そして一言。


「あんた本物の馬鹿かヤバい奴かのどっち?」

「それもうただの悪口だろ」


 どう考えたって暴言としか受け取れない言葉だったが当のクイーンはそんな自覚は無いらしく、どういうわけか震えている。


「自分で言うのも何だけどそんな短時間の研究でどうにかなるわけ? それならゆっくり寝てコンディション整えた方が良くない?」

「いやでもおかげでお前の動きは大体分かってたからあのタイミングでガイアフォースも差し込めたから成果はあったぞ? まあ速すぎて体が付いていかない盤面も多かったから何とも言えないんだけど」

「アレを読んでたの!? ってなると本当に過小評価してたみたいね……」


 神妙な表情をしてクイーンは顎に手をやった。まあ気持ちは分かる。自分でも勝つためとは言えかなり危ないことをしていた自信はある。というか今フラフラになっているのもろくに寝ていないのも原因だろう。しかもクイーンの言うとおり圧倒的に時間が足りない中で格上の攻略法を見つけようなんざ無理に近い。


「まあ俺にはこれしか無いからな。誰かみたいにゾーンみたいな裏技は無いし」


 あとこれは完全な余談だが俺はゾーンには決して入れない。理由はいくつかあるが最大の理由は色々なことに注意を散らしてしまうから。そして極限の集中が条件であるゾーンは自分という存在に没頭することで初めて到達できる境地。相手の動きや思考を読むことに脳のリソースを割き続けている俺には入れないのだ。


「どうやら本当に私とは真逆みたいね」

「みたいだな。とてもじゃないが俺は自分の動きだけを通すなんて真似は出来そうに無い」


 そう言う意味ではクイーンとの戦いの最中、自分にはまだまだ知らない世界があると痛感していた。どうやら俺はVRMMOというものを理解するには及んでいないらしい。

 全国大会までの課題は限りなく多い。


「けどとにかくこれで約束通り俺と莉央は後腐れ無くコンビは組めるし、プロのサポートは受けられる。まさに完全勝利ってとこだな」

「もちろん負けた以上は約束は守るわ。こっちもこっちでアンタと特訓するのも得がありそうだし。それに何より、LIOとアンタなら良いところまでいけるんじゃ無い? 次は負ける気無いけど」

「こっちだって一生負ける気は無いからな」


 そのやりとりを見て満足げな笑みを浮かべているのは莉央の奴だ。


「いやあ正直助かるよ。ミッチーとクイーンじゃ正反対なタイプだし良い刺激になると思ってたけどまさかここまで上手くいくなんてね」

「なによその計算通りみたいな言い分。まさか私に《MAX》のことをやたらと話してきたのは全部このためとか言うんじゃ無いわよね?」

「え、そうだけど?」


 次の瞬間にはクイーンはその場で悔しそうに地団駄を踏んでいた。こうみるとチームメイトの2人はかなり中は良いらしい。それはそれとして今のやりとりの中で俺も気になることがあった。


「今のどういう意味だ?」

「どういう意味も何も『私が7年前に組んでたMAXってプレイヤーはめちゃくちゃ強いからいくらクイーンでも勝てるか分からない』って話をことあるごとにしてきたのよ。そんで興味を持たせた上でコンビを組むなんてとっつきそうなネタでつり上げて戦わせたわけ」

「それで何故か俺のことを詳しく知ってたのか」


 いくらチームメイトの元パートナーでも過去の人物をよく知っていることに違和感は正直感じていたのだ。それが全部コイツの仕込みだとすれば話が早い。というか俺も莉央の思い通りに動かされていたワケだ。


「これで一つ掴めたでしょ?」

「何が?」

「VRでの戦い方。更に言えばどうやっても掴めなかったカナの最後の一撃の正体」

「――――っ!」


 図星だった。このクイーンとの戦いに費やした一週間、俺の動きの質は明らかに上昇した。キャノンボールボアの試練の成果もあるし、それ以上にオカルトの域にまで足を突っ込み始めていたクイーンのスピードをその場で感じ取れたのはとてつもなく大きな財産になる。

 そして何よりもカナが放った不可視の一撃の正体、そのヒントを今日戦いの中で手に入れていた。

 それは――――


「盛り上がってるところ悪いけどそろそろ行くわよ。ヘロヘロのアンタにこれ以上立ち話なんてさせるわけには行かないし」


 言われて再びぶっ倒れそうになる。考え事をしていれば意外にも元気なのだが、少しでも集中が切れるとこの様だ。腰を下ろしたいという気持ちも確かにあった。


「それは良いけど行くってどこに?」

「決まってるでしょ? トライビートよ。私のパートナーも待ってるって話だし」


 そんなわけで俺はもはや定番と化したトライビートへと向かうことになった。



「まさかこの短期間でここまでスキルアップするなんて」


 第1アリーナの観客席。興奮冷めやらぬ客席では観客達が各々思い思いの感想を話しているのを見ながら青髪の少女――カナは先程の試合を頭の中で何度も何度も反芻していた。


 最強の一角に数えられるプロゲーマーであるクイーンとミツル、いやMAXの戦いはすさまじいものだったがカナは決して動揺することは無い。かといって全く心を揺さぶられなかったかと言えば嘘になる。


 MAXは自分と日本橋でやりあったあの日よりも格段に強くなっている。その事実を挑戦をうけたカナは今感じ取っていた。そして今やり合ったならばあの時のように余裕を持って勝つことは出来ない。


 だがそれでも彼女は決して負けを意識しない。余裕が無くなっただけでまだ自分の方が強いという確固たる自信があったから。そしてそれ以上に。


「あなたが強くなるのなら私はそれ以上に強くなれば良い」


 単純明快なその理論。だが相手がプロにさえその牙を突き立てた人間であるならば口で言うほど容易では無い。ある種完成されているカナの強さはそんなに簡単に壁を越えられるものでは無い。


 だというのにカナは一切の迷いを持たない。自分の信じる道こそが正しいものだと疑わないから。そしてその道に終わりなど無いことも。


 だが同時にこうも思う。ただ1人この道を崩せるものが居るのだとしたら、それはもうMAX以外にはあり得ないと。


 故に少女はMAXに固執し続ける。

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