第17話 VRの申し子

《2025年8月22日 12:06 フダリオ山》


「だあ畜生!」


 キャノンボールボアの群れへの挑戦を開始しておよそ15時間が経過していた。当然睡眠や食事なんかも取っていたのでその全てを挑戦に費やしていたワケでは無いのだがそれでもかなりの時間が経過したのは間違い無い。

 その進捗状況はというとそんなにかんばしいものでは無く、現在の最高到達地点がちょうどゴールまであと半分というところだった。


「うーん、記録は伸びてきたけどゴールはまだまだ遠いかな」


 横合いから声をかけてきたのはずっと様子を見ていた莉央。今日は特に用事も無いからと朝からこの場所に居る。しかしずっと見ているだけなのは退屈なのかブラウザを開いてネットサーフィンなんてしていたりするが。


「何かは掴めてきたような気はするけど、その分まだまだなんか足りない気がしてくるんだよな。集中力とかそういうのが」

「まああれだけの大群相手なら一瞬でも気を抜けば死ぬからね。それを鍛えるための特訓でもあるんだけど」


 自分でも分かっているのだがこの場所だと攻撃一つかわすにしても要求される動きの質が高すぎるという問題が存在する。つまりこれまでなら成功しただけで一喜一憂してしまうようなプレイなのでその時点で気を抜いてしまい、あとは迫り来る群れにひき殺される。すなわち本当に油断も隙もならないのだ。


「今日が終わるまであと12時間ってところか……時間だけで見るなら悪くないペースかも知れないが」

「難しいのはむしろこれからだからね集中力の持続ってやつは頭で考えるよりずっと難しいから」

「これを最初にやり始めた奴は天才だな……」


 運営側も恐らくカード無しの特訓のために作ったミニゲームでは無いだろうに、それをVRに慣れるための練習場所として使い始めた人間には頭が上がらない。というか普通に怖い。

 ゲーマーなんぞ皆こんなモノだと言われたらそれまでだが。


「とりあえずお昼にしない? って言ってもVRの中でだけど」

「時間も時間だし一回休憩するか」


 ちなみにリアルの方はそこまで腹が減っていない。朝ご飯でつめられるだけ胃袋に突っ込んできたのでしばらく腹が減ることも無いだろう。

 けれどずっと挑戦し続けるのも精神衛生上よろしくないので一休み。

 仮想現実での昼飯は莉央が持ってきたサンドイッチとなった。手作りでは無く店売り。ゲームの方では料理関連の熟練度は全く上げてないらしい。理由は「金はあるから買っても一緒。素材集めの時間が惜しい」とのこと。たぶん包丁持つ時間があるならばアリーナでガンブレード持つのに回したいという所だろう。


「しかしあれだよね、二人でこうしてサンドイッチってさ、昔を思い出さない?」

「昔? ああ、ピクニック行ったときのことか?」

「そうそう。ミッチーのお母さんが車出してくれてさ。万博行ったんだよ」


 7年前、というよりは莉央が引っ越すときまでは家族ぐるみでよく遊びに行ったものだ。どちらかの親を引率係にして連れ回して公園やABのイベント。果ては関西最大の遊園地と随分色々な場所へと連れて行ってもらった。


「あったなそんなこと。最初の方は狂ったように滑り台滑ってさ、んで母さんの監視が緩んだところであのデカい遊具の陰でゲーム機出して遊んだんだよな」

「それで終いにはバレて『こんな所に来て何ゲームなんかやってるの!』って怒られたんだよね」

「あの時はマジで焦ったわ。危うくゲーム没収されそうになったからな。まああの時は全国行きが決まってたからそうはされなかったけど、TPOを弁えろって散々言われた。どれだけ野球が上手くても電車の中でキャッチボールしていいワケじゃないとかって言われてさ」

「ああ懐かしいなあそれも」


 こうして話してみるとネタは尽きることも無く話が続く。思い返せば7年前はずっと一緒に居たのだ。思い出話には困らない。

 そんなわけだから昼食のサンドイッチを食べるのに30分近くかかってしまった。時間が無いときに限って人間の雑談は長い。悪いのは俺なので誰も責められないけど。


「そろそろ再開するか。ちょっと休憩に時間取り過ぎた」

「ああ、それじゃあ私からアドバイスというか豆知識を一つ」

「豆知識?」

「うん。クイーンがなんて呼ばれてたかは知ってる?」

「『電光石火の女王』だろ? ストリバから聞いたよ」

「昔はそれ以外にもう一つ異名があったの」


 そう言う話は初めて聞く。というか異名を二つもつけられている辺りにクイーンというプレイヤーの格や知名度が見え隠れする。プロという看板の大きさも。そして――


「『VRの申し子』、《ABVR》のサービス開始当初、クイーンはそう呼ばれていた」


 その名前は詳しいことを知らない俺にさえプレッシャーを与えてきた。VRゲームを経験しているというのが強者の条件という価値観がより深く根付いていた時代に聞いたのならば倒れていてもおかしく無いほどに。


「それってどういうことだ?」

「何もそういうことよ。クイーンは他のVR格闘ゲームでもトップクラスの実力者だった。それこそ出た大会全てで好成績を残すほどに。けれどもその才能が本当の意味で爆発したのはこの《ABVR》をやり始めてからよ。自分のアバターの能力値や必殺技を好き勝手にカスタマイズできるABのシステムはクイーンというプレイヤーからキャラクターという縛りを完全に取っ払ってしまった。そして自分の思考に完全にフィットしたキャラを作り上げたクイーンはそのアバター操作精度の高さで瞬く間にABの歴史に名を刻んだ」

「自分にあったキャラメイク……」


 基本的にABのステータス、それも対人勢の場合は基本的に環境を見ながら決めていく。今の流行に合わせてそれを討ち取れるようにキャラクターを作っていくのだ。実際俺も最終的に超高速ガンブレード戦法という戦術をとったが、それ以外にも色々な戦術を用意していた。残念ながらお蔵入りになってしまったモノもあるが。

 とにかくステータスやデッキは自分の好みに合わせて作るのが一つの手ではあるがそれで大会を勝ち切るというのは少々難しい。


「実際にこの間のグランプリでも優勝してる。拳闘士を使ってね。しかも決勝戦は不利な対面だったけど、それもプレイヤースキルで押し通した。本物の天才よ彼女は」

「こいつはとんでもない化け物が居たもんだな」


 口でそう言っても俺は対して驚いては居なかった。その理由は至極単純。


「けど負ける気は無いかんな」


 もはや意地の次元に近かった。

 そもそも俺とクイーンでは強さの質がまるで違う。俺はプレイングでは無く、事前準備を武器に全国という舞台を戦った。そして何より俺はそれをこのABというゲームにおける『正しい強さの追求法』と信じて止まなかった。

 だからクイーンというプレイヤーには負けたくなかった。それは7年前の遺産に頼り切りの男のプライドの最終防衛ライン。だからこそ意地。


 けれどもここで勘違いをしてはいけない。クイーンというプレイヤーはそのアバター操作技術もすごいのであろうが、戦術や環境をおろそかにしているわけでは無いはずだ。でなければこのゲームは天下なんか取らせてくれない。


「もう一つ言っておくと私とクイーンが何度か戦って、その勝敗はおよそ五分五分。けれどコマンドカードを使わないって縛りでやり合ったときは一度も・・・勝たせてもらえなかった」

「上等だ」


 俺は自然と親指を立てていた。所謂サムズアップという奴だ。昔やっていたテレビ番組によれば『満足できる、納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草 』らしいが、俺はまだ何も成し遂げていない。むしろこれからやるのだ。


「俺がソイツを倒してナンバーワンになる。もう負けたくないからな」

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