第3章 プロと女王と越える壁

第14話 あの日見た少女の名前を俺はまだ知らない(ふりをしている)

《2025年8月21日 19:06 エクシードマウンテン第3アリーナ》


「《クロニクル・エンド》! これで完全攻略フルコンプだ!!」


 ランクマッチランク昇格戦、最終マッチ。

 文字通りランクS1への昇格をかけた試合を俺は今このエクシードマウンテン第3アリーナで行っていた。


 だがそれもあと数秒で決着が着く。俺の《時空神クロノス》が全ての時を止めたからだ。

 今度ばかりはHPも充分。状態異常も無し。確実に相手のHPを0に出来る。

 ……こんなことを一々確認している辺り、俺は随分とあのカナとの1戦のことを随分と引きずっているらしい。


《YOU WIN》


 相手のHPをガンブレードによる連撃で削りきったことで、俺の勝利を示すシステムメッセージが表示された。

 相手の体は控え室へと強制送還され、同時に俺の体も控え室に転送される。


 この後受付に戻って申請すれば晴れて最高ランクであるS1への昇格となるのだが俺の心は躍らない。

 何せこのS1というランク帯には莉央を初めとして、プロも含めて魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする地獄変だ。今の俺では役不足だろう。


 やっとこさVRでの対人戦も慣れてきたとはいえまだまだ他のプレイヤーよりも動きが硬い。しかもストリバ撃破などが原因で注目を集めてしまったものだから徹底的に解剖されている。ここから上のランクで俺の戦術が通用するかは怪しいところだった。


「とりあえずは目先の申請だな」


 俺は控え室を出て受付へと行き、さっさと昇格を申請した。もったいぶる理由も存在しないし。こうして無事S1まで上がった俺の前に一人の白マントの男が現れる。

 何を隠そう、ストリバだ。


「見ていたぞお前の勝負。まずは祝福の言葉を贈らせて貰おう」

「そりゃどうも。こっちこそありがとな、環境の情報貰えたおかげでこうしてS1にまで上がれた」


 あれ以来ストリバは俺の単独取材を敢行するとかなんとか言って、結構話す機会が増えた。そしてストリバは取材のお礼にと、現在ABVRの対人戦を渦巻く環境に関する情報を提供してくれるので大変助かっている。

 たまにガンブレードを金ぴかに塗るよう迫ってくるのが鬱陶しいことを除けば頼りになる先輩だ。


 ちなみにだが、莉央は地元で少し用事があるとのことなのでログインもしていない。まあプロゲーマーといってもゲームプレイ以外の用事も当然あるい言うことなのだろう。


「しかしどういう風の吹き回しだ? 私と《LIO》とでランクマッチに送り込んだときはとても乗り気では無かったのに」

「そりゃまあいろいろあったからだな」


 莉央が2泊3日の大阪旅行を終て3日が経過していた。


 カナに宣戦布告したあの日から、ランク上げとプレイヤースキルの向上を目指してエクシードマウンテンに籠もっていたわけだが、その頃悪注目が最大値を振り切っていた俺は戦術に関しては研究し尽くされてしまっていた。

 ということはつまりプレイヤースキルで押し切らなければならない場面が増えていくわけだが、VRでの対戦についこの間本腰を入れ始めた男にそんなものあるはずは無く、その場その場でスキルアップを図るしか無かった。


 つまりは土壇場での出たとこ勝負を強いられたのだ。


「プロゲーマーのパートナーってだけでルーキーに容赦しないから怖いわこの場所」

「普通ならばあそこまでの集中砲火を喰らえば勝つことなど出来ないのだがな……まったくその地力はどこから来るのやら」


 ちなみにだが俺、《ミツル》が7年前全国一位になった《MAX》が同一人物だというのはまだ出回っていない。俺達も全国までは隠し通す方向にしている。


 というのも俺自身今の状態でかつての最強を名乗るのも恥ずかしいというか、抵抗があるし、これ以上悪注目が高まれば練習どころでは無くなってしまう。むしろ挑んでくる戦闘狂を相手に明くる日も明くる日も戦い続ける羽目になるだろう。

 実戦の相手に事欠かないのは良いことだが、それ以外の練習が出来ないのは苦しいし、何よりこれ以上解剖されるのは避けたいのだ。


 ……何も残っていないレベルで手の内を晒してしまった気がするのはナイショ。


「けれども味は良くないんだよな。未だに《カナ》の奴の放った最後の一撃に関しては検討すらつけられてないし。コマンドカードで加速もしてないっていうのがまたミステリーなんだよな」

「あちらは貴様に対して静かなものだ。あれ以来ランクマッチにも出てきていない。おそらくどこかの施設で密かに練習を積んでいるのだろうが……」

「何にせよ参考に出来る試合があれ1つきりってのが厄介だ。しかもあの一撃は俺も真似したいから余計に資料が欲しい」

「しかしそう急がなくても予選まではまだ日がある。その間に検証勢が謎を突き止めるだろう」

「いや、そんなに待ってはいられない」


 少し食い気味な俺の良いようにストリバは首を傾げていた。まあ当然だろう。突然こんな態度を取られたら誰だって驚く。

 しかしながら俺にはすぐ身近に大きな試練が迫っていた。容易には突破できない大きな試練が。


「プロゲーマーから決闘申し込まれたんだよな。《クイーン》っていう名前なんだけど」


 ことの始まりを説明するには4日前の電車の中で莉央が《クイーン》からのメッセージを受け取ったあの瞬間まで時を遡らなければならない。







《2025年8月14日 16:34 大阪 地下鉄御堂筋線》


 《クイーン》が俺に会いたがっている。

 その一報を聞いた時、俺はなんと返して良いか分からずに呆けることになってしまった。更に言うと何がどうなってこんなことになってるかが一切理解できない。


「いやいや、クイーンってお前のチームの人間なんだよな? つまりはプロだろ? それがどうして俺と会う会わないって話に……」

「うーん、どうやらミッチーが私のパートナーになるのは反対みたいね。ミッチーがストリバと戦った後にそのことを仄めかしただけでも猛反発したし」

「俺とストリバが戦った後? いやでもお前その時は《トライビート》に……」

「そう。トライビートで少しだけクイーンと話してたの」


 これでどうしてあの時、莉央がトライビートにいたかの合点がいった。ついでにクイーンが何故俺にわざわざ話しかけてきたのかも。


「それで認めるとか何とか言ってた訳か……」

「何、知り合いなの?」

「いや知ってるけど知らないことになってる間柄というか何というか」

「まあ何だって良いけどね。問題は何の用事かってことで――」


 丁度その時、クイーンから次のメッセージが来た。莉央は端末を確認するがその表情は明るくない。むしろとてつもなく嫌なものを見てしまった時の顔をしている。

 そしてその表情のまま俺を見て、内容を告げた。


「ミッチーが私のパートナーに相応しいかどうかをチェックするって言ってる。決闘で」

「は!?」


 電車の中というのも忘れて叫んでしまう所だった。いくら何でも話の展開が急すぎる。

 いやそれを言い出したら莉央と再会した時点で色々と俺の周りで変化が起きまくっているのだが、今回も今回でとびきりヤバい。


「たぶんクイーンもクイーンで心配なんだと思う。私がアマチュアと手を組むってことに」

「いやでも決闘っていうのは驚くだろ」

「まああの子思考が暴走気味だし……」


 莉央に言われるくらいだから相当な暴走具合とみて間違い無い。そしてそんな暴走列車に不幸にも激突されかかっているのが俺というわけだ。……この展開は少しどころか非常にまずい。


「その決闘俺が負けたらコンビ解消させられるよなきっと」

「うん。クイーンならやりかねないし、しかもあの子、その試合を配信する気満々だからそこでミッチーの評価が確定しちゃうと思う」


 あくまで俺達の最終目標は日本一で蘭道莉央はプロゲーマー。その大会の前に注目度大の試合を2度も落としてしまったような奴とコンビを組むことを世間が許してくれるかどうかで言えば、きっと許してくれない。


 俺は勝つか、そうでなくとも好勝負を行わなければならない。


「こいつはいきなりキツいのが来たな……」

「どうする? 逃げても逃げ切れないとは思うけど、先延ばしにするくらいなら手はあるかもよ?」


 俺はその提案に対して特に考えること無く返事を返した。


「いや、そのまま受ける」

「お、こいつは大胆」

「だって全国に行こうと思ったらいつかはぶち当たる壁だろ。なら今すぐ超えるつもりでやらなきゃ届かない。それに――」

「それに?」

「試したいことが山ほどある。それを本気で勝ちに来るプロにぶつけられるならやっとくべきだろ」

「うわあ対戦脳」

「お前には言われたくない」


 俺達は互いにくしゃりと笑い合った。そしてコツンと拳をぶつけ合う。


 そして胸の中に誓う。これからはもう二度と、莉央の見ている前では負けないことを。例え相手が今の俺には届かない位の強敵だとしても。




第3章 プロと女王と越える壁

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