第6話 エンドロールまでがゲーム、感想戦までが対人戦

《2025年 8月13日 22:45 エクシードマウンテン第1アリーナ》


 勝った。いや勝ってしまったと言った方がこの光景を見ていたら相応しいような気はする。


 何故ならば。第1アリーナに居た人間全てがロビーに戻ってきた俺に無言で視線を向けていたからだ。


「え、えーと。お、お疲れ様でーす」


 もはや頭の中は真っ白だ。

 こんなに大勢から注目されることなんて慣れていない。それなのにここまで注目されて堂々としていられるわけが無い。ただ申し訳なさそうにヒッソリ、コッソリとアリーナの出口に向かう。

 しかしそのまま黙って出られる筈も無く。


「あ、あの!」


 横合いから知らない少女の声がした。見てみれば猫耳のカチューシャをつけた少女が俺の方を向いている。

 そして恥ずかしがるようにこう告げた。


「私とも戦ってください!!」


 その言葉が引き金となり、ロビーの中の人間は口々に声を出す。そしてその全てが俺に向けた言葉で、誰もが俺とも戦えと言っている。


 こっちもそっちもどっちも全員戦闘狂だ。正直恐ろしくて仕方ない。


 しかも逃げようにも人の壁が前を塞ぐし、全ての元凶である莉央との連絡がとれていないのでログアウトもできない。リアルに戻って直接話しかけても良いのだがそれをやるとゲームを邪魔されたとか言ってすねられるに違いない。よもや俺には戦う以外の道は無いのかと諦めかけたその時だった。


「待て! その者と私の戦いはまだ終わっていない!」


 つい先程まで対峙していた男の声がした。振り返ればそこに居たのは白マントの男、ストリバだ。

 ストリバは俺に群がる群衆をかき分けながらこちらに向けて歩いてくる。そして俺の手を掴んだ。


「まだ私と彼の感想戦が済んでいない。すまないが彼を誘うのはそれからにしてくれないか?」


 その一言でさっきまで大はしゃぎだった戦闘狂達が納得したように静まりかえる。さらに俺の周りに集まっていた群衆も少しずつ散らばっていく。

 却って不気味な光景だった。


「驚いたか?」

「そりゃもう。1から10まで何が起きたか全く理解できない」

「このエクシードマウンテンでは全てのプレイヤーが戦いに飢えている。それも自分よりも強い者との戦いにだ。故にこのように自分が立ち入ることの出来るアリーナで今のような勝負が行われたならば、我先にと対戦を申し込む。その戦術、採用しているコマンドカード、ステータス振りの数値に至るまで全てを研究し、自らの血肉と変えるためにな」

「それでさっきの人だかりか……でもそんなに熱心ならどうしてこんなにあっさり引き下がったんだ?」

「それは感想戦のマナーが存在するからだ。このエクシードマウンテンにおいては全てのプレイヤーが対戦後の感想戦をする権利を持つ。もちろん時間の都合等で断ることはマナー違反では無いが、第三者はこの感想戦に口を出してはいけないんだ」

「だから全員どっか行ったのか」


 あの行動の合点がいった。と同時に目の前の男もまたそんなエクシードマウンテンの人間なのだと再確認した。恐らく俺が出てくるのを待っていたのだ、この男は。そして俺が全員にバトルを申し込まれるこのタイミングで登場し感想戦を申し込む。そうなると俺は対戦を受けるか、ストリバの用意した逃げ道に走るしか無くなるというわけだ。


 つまり、俺はこのストリバと感想戦をせざるを得ない。


「策士め……」

「試合に負けて勝負にも負けて何も得られなかったではこちらも引き下がれないのだ。許してくれ。代わりに美味い紅茶でもご馳走しよう」



 第1アリーナから歩いて5分。人を詰め込めるだけ詰めるために建設された数々のマンションの一つ。その入り口の前に俺は立たされていた。


「ここだ」

「ただのマンションに見えるけど……もしかして紅茶をご馳走するっていうのはお前の家で?」

「まさか。ここの地下一階は会員制のレストランになっているんだ。だから余計な邪魔が入ること無くゆっくりと話ができる。ああ、君は会員では無いが私の招待ということにしておけば文句は言われない」

「なるほど。そいつはいいや」


 更に話を詳しく聞いてみるとそのレストランはプレイヤーが経営している店らしく、ゆっくりと料理でも食べながら心行くまで対戦について語り合って欲しいという思いから店を開いたのだそう。

 ちなみにその人も第4アリーナで時たま戦っているらしい。副業込みでそこまで行けるのだから相当な実力の高さが窺える。


 あとここは第1アリーナ近辺にありながらも上のアリーナから食べに来たり、遊びに来る人たちも多いそうでそんな有名人目当てに入り口で張っている人も多いらしい。


「では早速入るぞ」

「おう」


 ストリバに連れられるままにマンションへ入り、住民用の階段のその更に奥にある螺旋階段を降りていく。地下へと続く階段だが穏やかなろうそくの火のおかげで足下が見える程度には明るい。


 そんな階段を降りていく途中、一人の少女とすれ違った。

 金髪の小学生くらいの背をした女の子だ。


「あら、あなたたちは……」


 俺達の存在を認めるや否やその少女は立ち止まり、値踏みするような視線を向けてくる。

 特に俺の方をじーっと見つめていた。

 この反応は恐らく俺達の戦いを見知っているのだろう。この街ではこのままバトルになる可能性まである。まあストリバのおかげで、感想戦ルールが俺を守ってくれるので回避可能なんだが。

 そんなことを考えていたのだが、少女から飛び出したのはまるで別の言葉だった。


「LIOがこいつのどこを気に入ってるのか、直接見るとますます分からなくなるわね」

「えっ?」


 突然飛び出した幼馴染みの名前に俺は驚かずにはいられなかった。もしかしてこの少女は莉央の知り合いか何かか?

 そう考えている間にも少女は俺達の間を通り過ぎて階段を上っている。そして俺達が見上げるような位置関係になった。


「さっきの戦いは見事だった。それは認めてもいい。でもそのままじゃそこから先のステージにはたどり着けないわ」

「――あんた一体何者だ?」


 俺の口からはそんな言葉が自然と漏れ出していた。少女に好き勝手言われたことに腹が立ったのもある。

 だがそれ以上に圧倒的な強者のオーラを出す彼女を前に興味を抱いてしまったのも確かなのだ。


「あなたに名乗る名前は無いわ」


 それだけ伝えて少女は去ってしまった。その仕草はどこか優雅で見る者を引きつけるものがある。

 しかし俺にはそんなことよりずっと気になって仕方の無いことがあった。


「質問した俺が言えたことじゃないんだけどさ。このゲームって別に何もしなくても相手の頭の上に名前出てるよな」


 ABVRにおいて、他のプレイヤーの名前は常に頭上に表示されている。設定によって非公開にすることや、フレンド限定で公開することも出来るが、デフォルトのままだと周りのプレイヤーには丸見えだ。


 だから、今みたいな台詞はハッキリ言って無意味なのだ。


 この時点で俺は確信した。彼女は強力なうっかりの使い手だと。


「それ以上言うな。人は間違いを犯す生き物だ。それに君は私には彼女の情報があると言っても根掘り葉掘り聞くような人間では無いのだろう?」

「まあな。ただ見ちまったものを忘れる気にもならないけど」


 すれ違いざまに見た少女のプレイヤーネーム、《クイーン@ΩH》。

 莉央と同じチームに所属しているであろうプロプレイヤー。今後関わるかは分からないが覚えておいて損の無い名前だ。


「しかし同じ日に2度もオメガハートのメンバーと出会うとは……何か私の知らない大きな力が働いているのか?」

「それも気にすることじゃないだろ。そんなに大事なことならいつかは分かるだろ?」


 俺の言葉にストリバはフッと笑みをこぼした。


「それもそうだ。これを運命と呼ぶのならいずれ分かること。ならば限りある今を楽しむために行こう。我らエクシードマウンテンの戦士達の憩いの場へ」


 テンションが上がりきっているストリバと共に再び歩き始める。

 強者とすれ違ったその階段はまるで神聖な場所に繋がっているかのような感覚がして、実際の段数よりもずっと多く降りたような気がした。

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