第九話 本当に必要な勉強は

「ほい」

「へ? ちょ、あぶない」


 横に立っていたフェルナンが、ゴソゴソとカバンを漁っていたかと思えば何かを紫音に投げた。

 それは、手のひらサイズの小さい本。表示は相変わらず英語表記で、読む気が失せるな。と紫音は目を覆いたくなった。


「魔法は、初級だけそうやって本が出てんだよ」

「初級だけ?」


 フェルナンは、紫音が日用品を買い込んでいる間に、彼女の魔法適性の初級魔道書を購入していたのだ。お礼を述べれば、オーランドに頼まれていた。と告げるフェルナンの尻尾はブンブン左右に触れている。

 わかりやすい。と紫音は思ったが、凹まれたりするのも面倒なのでと黙っておいた。


「そ。魔法に必要なのはイメージと、そのイメージを固定させるための呪文なんだ」

「んー?」


 ちんぷんかんぷんだと首を傾げた紫音に、フェルナンはどう説明しようかと頭をかく。同時に、本当に何も知らないのだなと理解した瞬間だった。


「例えば……、あんたはこれがなんだかわかるか」

「石、でしょ? 流石にわかるよ」


 歩いてるにも関わらず、器用に石を装備していた槍で跳ねさせてキャッチすると、フェルナンはそれを紫音に差し出した。

 特に何の変哲も無いただの石ころは、紫音の手のひらに収まっている。


「そう。石だ」


 フェルナンがその石を取って、地面へと落とした。


「石って聞くと、なにが思い浮かぶ?」

「え? だからさっきの石が……」


 あれ? と声を出した紫音に、フェルナンはそういうことだ。と頷いた。

 

 石が呪文。石本体が発動した魔法としてフェルナンは説明したのだ。


「火の初級だと、ファイヤーボールだ。もう、名前だけで何となくわかるだろ?」

「火の玉、だよね?」


 魔法を発動するにはイメージが必要。そして、そのイメージを定着させるための名前が呪文になる。ということなのだろうと紫音は考え、同時に魔法の可能性が広すぎることに気づいた。


「初級で魔法を使う基礎を学ぶ。それ以降は、各自のオリジナルが多い」

「でもそれって、好きな魔法を使い放題じゃない?」


 先ほど湧いた疑問を口にすれば、返ってきた答えは否。


「そんな簡単に魔法のイメージできるか?」


 イメージは曖昧なものではいけないのだ。

 何となくこんな形。こんな効果。では、魔法は発動しない。下手したら暴発してしまい、大変なことになるのだ。


「新しい術のイメージを固めるのに、センスのいいやつでも数ヶ月かかることがほとんどだ」

「そっか……確かに実際目にしてないものを作るって難しいもんね」


 日常にあるものでも、その様を正確に思い出すのは難しいものだ。


「それに、魔法を使うには魔力がいる」

「それって、魔素じゃないの?」

「いや、自分に適した魔力に変換する必要があるんだ」


 空気中に存在する魔素。常に使えるのではないかと紫音は思ったが、そうではない。

 魔力は魔素が体内で変換されたものなのだ。だからこそターミナルは、魔力で利用登録したものを識別することができる。


「魔素を魔力に変えるのに、数時間から一日を要する」

「ばらつきがあるんだね」

「適性が冒険者とかだと、体力の回復が早い分遅いみたいだな」


 実際に回復しているかどうかは、本人であれば何となくわかる程度。体力も同じく何となくで、確実な数字などはわからない。


「だから、一日に使える量は限られる。訓練時に自分の今の上限を知ることも大事だ」

「ん。わかった」


 ふんっと鼻息荒くやる気を示した紫音に、フェルナンは早速魔法を使ってみればいい。と口にする。


「え? そんな簡単にできるもん?」

「感覚だ感覚。できるやつはできるし、できないやつはできない」

「……今までもっとちゃんと説明してくれてたのに」


 ジト目で見上げれば、こればっかりはわからん。と手をひらひらと振ってそっぽを向いてしまう。


「基本属性があるなら普通はそこから始めるだろうが、俺は使えないしな」

「……そう言われたら、しょうがないか」


 諦めたように一度目を閉じた紫音は、フェルナンからもらった三冊の本から、ファイアと書かれた火の初級魔法らしき本以外を背負っていたバックにしまった。


 歩きながら本を読むのは流石に危ないのでと、再び道の脇で小休憩を取ることになった。

 布の上で寝転がるフェルナンの横で、紫音は本を開く。そして、大事なことを思い出した。


「……フェルナン」

「俺は寝て待つぞ」

「だめ、起きてフェルナン」


 クアッとあくびをしたフェルナンを凝視し、紫音は火の初級魔法を抱えたままふるふると震えている。

 流石にその状況を不審に思ったフェルナンは、寝そべっていた体を起こしてどうかしたのかと紫音を見つめた。


「……文字が、読めない」

「は?」


 今までで一番間抜けな声を出し、間抜けな顔を晒したフェルナン。だが紫音に今、それをからかえるほどの体力は残っていなかった。

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