第1話 殺し屋と死にたがり その1

 それは2月中旬の身体の芯まで凍って行くような寒い日だった。

 俺は学校が終わると真っ直ぐに帰る。友人は部活があるので、1人寂しく自転車を漕いだ。

 とは言っても、部活に入っていない俺は、テスト期間ぐらいしか話しながら帰る事がないので、寂しいという感情はもう無くなっていると言っていい。

 アパートの4階の部屋の扉を開ける。鍵はかけていない。

「ただいま」

「おかえり〜 ひかる〜」

 家に帰ると、ゴスロリメイド姿の女子が折角折り目がついいる服を崩しながら、こたつの中に入っていた。

「また、ダラダラしてる…洗濯は?」

「やってないよ〜」

「だろうな」

 彼女は山城アリスさん。訳あって俺の家に家政婦として居候しているが、俺はまだ彼女が働いているところを見たことがない。

 俺は部屋着にしている黒いパーカーとジャージに着替え、シャツを溜まっている服と一緒に洗濯機に放り込んだ。

「あ、そうだ ひかる〜、依頼が一件来てたよ〜」

「はあ、そういうことは先に言えっていつも言っているだろ… あーあ、制服もう洗濯しちゃってるよ」

 飯食ってだらける気満々だったので思いっきり肩を落とした。

 なんでこんなに使えない奴と一緒に暮らしているのか、俺にもよく分からなくなる。

「そんで標的と条件は何だ?」

「なんか〜、直接話がしたいって言ってたから、5時にいつものファミレスに来るように伝えたよ〜」

 ……はぁ?

「だーかーらー、そういうのは俺に先に言え!5時ってあと15分じゃねえか」

 急いでジャケットを着て外へ出る支度をする。

 ズボンはジャージのままなので寒いだろうけど、そんな事を言っている時間はない。

 因みに普段の俺は眼鏡を着けているが、依頼に向かう時はコンタクトにしている。

 裸眼の人が眼鏡をつけても変装だと気づくが、眼鏡の人が外していると、案外気づかれないものなのだ。


 俺は自転車を立ち漕ぎして、ファミレスへと向かった。

 肩で息をいながら店内に入ると店員が不審そうな目で見てきたが、先程教えてもらった依頼人の名前を伝えると、すぐに席を教えてもらった。

 直に話をしたいと思って身構えていたが、そこにいたのは如何にも物静かそうな女子高生だった。やはり緊張しているのかこっちを遠慮がちな目で見てくる。

 あまり話せそうな雰囲気ではなさそうなので、取り敢えずパスタ2つとピザを頼んでおいた。


「どうぞ食べてください」

「あ、はい」

 といっても彼女はフォークを取ろうとしない。俺は自転車を飛ばしてきたので途轍もなくお腹が空いている。しかし、依頼人の前なのでガッつくように食べるのはカッコ悪いから、一応上品に食べた。


「はじめまして、ライトです。恐らく同年代なのであまり緊張なさらないで下さい」

 俺がそう言うと彼女は少しホッとしたような表情を浮かべる。

 しかし、元の暗い顔は変わらない。そりゃそうだ、普通の生活を送っていれば俺と関わる必要なんてないからな。

 因みにライトというのは殺し屋の時のコードネームである。ひかるからlightと安直な別名だ。

「とりあえず名前を教えてくれてもよろしいですか?勿論、守秘義務は守りますから」

「え、えっと……大堰川未来、未来と書いて『みく』と読みます」

 一瞬ボーカロイドを想像してしまった俺は末期なのだろうか…


「では未来みくさん、依頼を教えてください」

 少し躊躇した未来さんはその後、覚悟した眼で切り出し始めた。


「ライトさん、私を殺してください」

 そう告げられた時、あまり驚きはしなかった。

 というのも、意外とこういう依頼は少なくないからだ。自分では、最後の最期で踏み止まってしまうと考えてしまう人が多い。そのため2ヶ月に一回ぐらいは自殺幇助の依頼が来るのだ。

「そうですか…一応理由を聞かせてもらってもよろしいですか?勿論無理強いはしませんが」

 すると、また下を俯き、

「生きるのが辛くなったんです、友人が1人残らず居なくなって…これ以上は、すみません」

 と目を伏せた。

 どうやらいじめられているのか、親友に裏切られたのか、何にせよ女子高生らしい理由だ。

 俺は男に生まれて良かったと思う。おっとこの発言は差別的だったか。


「すみません、料金の方なんですけどあまり持ち合わせがなくて」

「今から死のうとする女子高生に高額な報酬なんて求めませんよ、そうですね 夕ご飯代だけ払ってもらいますね。」

 気がつけばパスタもピザも両方とも食べてしまっていた。そして急いで出てきた分、財布も忘れてしまったのでそういう話とした。

「死ぬときの条件とかはありますか?」

「えっと…出来るだけ苦しみたくないです。あ、でも服毒とかはナシで…

 あと、できれば今日お願いしてもいいですか?」

「構いませんよ」

 俺は慣れたように話を進める、マゾでもない限り苦痛を体験し続けるのは、誰でも御免こうむるだろう。

「では、9時頃に桜内公園でお待ちください」

「あ、はい 分かりました」

 少し明るみがさした表情で依頼人は一礼しながら伝票を持って帰っていった。

「ふう、ちょっと食べ過ぎたな」

 俺はファミレスを出てカロリーを消費するために結局帰りも立ち漕ぎで帰った。

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