8升 ポーションと更なる探求
27杯目 ポーションと生原酒
「リンさん、リンさん、着いたみたいですよ」
「んん……そんな……国王様……俺が討伐局長に昇進のうえに、ポーション大使なんて……」
相変わらず都合の良い夢を見ているリンを揺すって起こす憩。
ちょうど車輪が石の上を通って跳ね上がり、リンはごろごろと転がって「どえっ」と落ちた。
「クソッ、良い夢のときに限ってろくでもねえ起こされ方されるぜ……」
お腹をさすりながら窓に張りつき、その横で憩も外を見る。
茜色の空の下、水を張った田が巨大な板チョコのように並ぶその光景は、彼女が日本んでよく見ていた水田の風景と全く一緒だった。
「ここが、国一番のシャーリの産地なんですね」
「ああ。で、同時に国一番のポーション処。ヒーレ王国の最北端、シャーラックだ」
少し立て付けの悪い窓をグッと押し下げ、憩は頭を出す。
水田地帯の先に、家々が並ぶ少し小さい町が見えた。
カクレーを出発したのは今朝。
途中で昼休憩を挟みつつ、通りすがりの花畑を散歩したりして、ほぼ1日がかりでシャーラックに到着。
リンによると、小規模ながらも人口の多い町らしく、夕方だというのに中央の通りは行き交う人で賑わっている。
「うし、飯にするか。多分ここの酒場ならポーションも置いてあるぜ」
「ホントですか! あ、でもリンさん、やっぱり一度道具屋を覗かせて下さい。珍しいポーションは道具屋にしかないと思うので」
「ま、そういうと思ったぜ」
両手を開いて上に向け、芝居がかった様子で首を振った後、リンは「一緒に探すぞ」とトテトテ歩き出した。
「いらっしゃい」
棚に置かれた草の束の位置を直している店主。40代で中肉中背、しっかりした口ひげの気の良さそうなおじさん。
「あの、ポーションありますか?」
「おっ、お姉ちゃん、ポーション好きなのか! なら、この町は天国だな!」
そう言って、いそいそと冷蔵棚に駆けていく。
「あのおっさんもポーション好きそうだな」
「ええ、きっと美味しいの出してくれると思いますよ」
2人で話していると、そこへ。
「あの、すみません。ポーション欲しいんですけど……」
おとなしそうな青年が1人、店に入ってきた。成人したてだろうか、痩身の体に肘宛・脛宛をつけ、腰に剣をさしている。
「いらっしゃい! 君、勇者かい?」
店主が尋ねると、彼は小さく頷く。
「この町の生まれでまだ見習いなんですけど、これから修行の旅に出るので……」
「そうかい! じゃあ君もこれ、味見してみるといいよ!」
言いながら彼がカウンターにドンと置いたのは、薄い黄色の瓶。
中のポーションが、置かれた勢いでたぷんたぷんと揺れている。
「こいつは生原酒って種類の――」
「生原酒!」
店主が説明し終わる前に、憩が身を乗り出す。
「さすがポーション処です! 火入れしてないものが飲めるなんて!」
「ほおお、驚いた! お姉ちゃん、かなりイケるクチだね!」
「いえいえ、舐める程度ですよ」
だから嘘つけよ、と尻尾でツッコむリン。
「おい、そこの見習い、お前も一緒に飲むだろ?」
「う、あ、え……?」
猫が喋っていることに些か驚いたのか、勇者見習いは躊躇しながら答える。
「そんなにビビるなって。俺はリンクウィンプス、モンスター討伐局所属だ」
「え、ええっ! モンスター討伐局!」
目を丸くする。討伐局といえば、勇者を束ねる存在。見習いからすれば、将来上長役になるかもしれない部門だ。
「でよ、イコイ。生原酒って何だ?」
「ええ、本来は『生酒』と『原酒』っていう別の種類を指すものが合わさってます。まず生酒っていうのは、醸造の過程で一回も加熱処理をしてないものです」
その解説に、リンはヒゲをピンと張ってカウンターの上に立ち上がる。
「……は? 熱加えてない? 殺菌とか色々大丈夫なのか?」
「だから滅多に飲めないんです。造ってすぐに飲まないといけませんから。でもその分、普通のポーションとは全く違う味ですよ。で、原酒って言うのは水を加えて度数を調整してないってことです」
「なるほど、少し強めの酒ってことか。んじゃ、飲んでみようぜ」
リンが店主からグラスを3つ受け取り、重い瓶をよたよたと持って、憩と見習いの分も注ぐ。
「よし、修行の度の健闘を祈って、乾杯!」
「か、乾杯」
おそるおそるグラスを差し出す見習いに、憩はカチンとグラスを当てた。
鼻に近づける前から、グラスから香りが舞っている。花……アカシアのような澄んだ華やかさ。
口当たりは豊かな甘味と仄かな苦味で、酸味は控えめ。噛んでみると、次第に甘さが増してくる。
そして、上質な果汁を混ぜたかのようなフルーティーさ。さりとて飲み込むと、原酒らしいアルコールの強さがガツンと喉に当たる。その不思議なギャップに、思わず「もう一口」が重なっていく。
「うおお、なんかすげえフレッシュだ! 出来立てって感じの酒だ!」
「ですよね! 普通のポーションより若い感じです!」
憩と盛り上がった後、リンは一気に飲み干した見習いの肩をバシバシ叩く。
「どうだ、このポーション」
少し酔ったのか、彼はさっきより大分大きな声で叫んだ。
「美味しいです!」
「だよな! 若いお前にピッタリの味だ!」
ぶはあ、と自分のグラスも干して、リンは店主に「これ、やっぱり旅には向かないんだろ?」と訊く。
「ああ、鮮度が命だから何日もの持ち歩きは難しいな。この町に赴任する勇者の特権みたいなもんだ」
「よし、じゃあ見習い! ここで思いっきり飲んでおけ! 俺の奢りだ!」
「はい! 頂きます!」
それから少し経って。
「らからね! ぼかぁ、もっとしっかりした装備で旅に出たかったんれすよ! それをバカ親父のせいで、とんだ災難れす! リンクウィンプスしゃん、わかりますか!」
「ああ……それはわかった――」
「いんや! 討伐局なんてお偉方にぼくの気持ちなんてわかるはずがないんら!」
完全に目の座った見習いにかぶりを振るリン。
「イコイ、さすがに度数高めなだけあるな……」
「ええ、飲みなれてないみたいですし」
へべれけ勇者の卵が、溜息をつく猫の首をひょいっと持ち上げる。
「ちょっと! ぼくの話はおわってましぇん! とりあえずもう一杯くだしゃい!」
「もうやめとけよ!」
黄色の空瓶がカウンターに何本も飾られ、管を巻く時間はもうしばらく続いた。
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