転生者の天下取り!~一橋家が天下を狙います~

筑前助広

本編

 夜。

 江戸城、一橋門内の屋敷である。


「全くもって、嫌になるぜ」


 しとねの上に大の字になって、俺は呟いた。

 嫌とは言ったが、実は大して嫌ではない。むしろ、快適と言ってもいい。

 何の事かというと、所謂セカンドライフ、まぁ文字通り第二の人生という奴だ。

 俺こと坂田雄介さかた ゆうすけが、一橋隼人正ひとつばし はやとのしょうという男になってひと月が過ぎていた。

 俺は歩きスマホが原因で、蓋が開いたマンホールの奥底に落下。打ちどころが悪く、死んじまった。

 と、思ったが、目が覚めると時代劇や大河ドラマで見たような世界に迷い込んでしまったのだ。

 当初は驚いたが、注意深く状況を観察すると、俺は一橋隼人正という名前で、一橋宗尹ひとつばし むねただの末子に生まれ変わった事がわかった。しかも、年齢は死ぬ前の俺と同じ、十七歳。

 父親らしい一橋宗尹という男は既に死んでいて、当主は治済はるさだという男だった。兄貴らしいので、一応兄上と呼んでいる。

 歴史について俺は詳しくないが、一橋という一族はそこそこ偉いらしい。徳川のなんとかというグループで、兄貴へ挨拶に現れていたどこぞのお殿様が、俺にも頭を下げていった。

 令和あっちでは考えられない事であった。俺は、平凡な家庭に生まれ育った、普通の男。いや、普通ではないな。どちらかというと、アニメやゲームが好きなオタク。高校の非オタに白い目で見られながらも、自分が好きな世界で生きてきた。行く先々で頭を下げられる事など、今まで無かったのだ。

 俺は、異世界転生をしたのだ。いや、異世界というか、逆行転生になるのか。

 快適だった。令和あっちでは全くモテなかったが、こちらでは選び放題。童貞も早々に捨てた。婆ちゃんの家で出されるような、煮物料理にはうんざりだが、今のところは不満は少ない。


(しかしな……)


 それでも、全てを受け入れたわけではない。どうしても、胸を過る家族の顔。望郷の念に駆られて、最初の十日は夜な夜な泣き通しだった。


(死んだのだから、生まれ変わったと思って頑張るしかない)


 そう割り切れたら、どんなに楽な事か。優しそうな近習に令和あっちの事を聞いても、わからないという。皆の顔はきょとんとし、酷い奴は俺を気が狂ったと言い出す始末である。

 それでも俺は諦められず、俺は何かを知ってそうな学者を探した。そうして出会ったのが、平賀源内ひらが げんないという男だった。この男は、この時代で一番の天才という噂を耳にしたのだ。


「この男ならもしや!」


 と、俺は早速、近習の田原右衛門たわら うえもんに命じて、その男を連れて来させた。令和あっちへの戻り方を問う為に。

 結論から言えば、笑われた。しかも盛大にだ。


「私も風来山人と称して戯作げさくを書いておりますがね、御曹司も大した戯作者ですな」


 俺は憤然として、その場を立ち去った。

 笑われたのは仕方ない。もし令和あっちで同じ事を訊かれれば、俺も笑うだろう。でも、ムカついた。あの人を小馬鹿にした、平賀という男の顔に!!

 俺は田原を呼びつけて、平賀に仕返しをするように命じたのが今日の話だ。

 すると、田原は平賀が某大名の屋敷の修理を請け負っているので、その修理計画書を盗み出そうと提案した。地味な嫌がらせではあるが、そのぐらいがちょうどいいと判断し、俺は許可を出した。あいつの困る顔が見たいものだ。


「平賀の顔をお忍びで見に行くかね」


◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌日、俺は兄の治済の私室へ呼び出された。

 治済は、色白で垂れ目の不細工な男だった。だが、明るく気前も良いので、家臣にも好かれているらしい。

 居室で向かい合うと、早速昨日の件を突っ込まれた。


「昨日、平賀を呼び出したらしいな」

「ええ、兄上」

「しかも、令和と称する未来に戻りたいと、素っ頓狂な事も訊いたとか」

「いや、それは」


 俺はしどろもどろなりながら口ごもっていると、治済の不細工な顔に笑みが浮かんだ。


「ここだけの話だが、私はその方法を知っているぞ」

「え?」

「お前には初めて言うが、この一橋家は初代である父より代々転生者なのだ」


 思わぬ告白に、俺は返す言葉が見付からずにいた。


「そして、令和に戻る方法が口伝で受け継がれている」

「……それは」

「一橋が徳川宗家を倒し、天下を獲る事」

「そんな、なんで」

「と、初代が聞いたらしい。死んだ時に女神様が現れて、歴史を変えろと」

「俺の時には、女神様は現れませんでしたよ」

「私の時もだ。故に信憑性という点では微妙なものがある」


 わからない。全くわからない。徳川宗家を倒し天下を獲った所で、どうして未来に戻れるのか。どんな理屈でそうなるのか。


「ま、混乱するのも致し方ない。が、我々としては、その口伝に賭けるしかないのだ。それ以外、頼るものはないのだからな」


 俺は頷いた。その気持ちだけは理解できる。


「そこで、お前には養子に入ってもらう。そのリストは用意しているので目を通してみろ」


 治済が、懐から書き付けを取り出して差し出した。

 リストという言葉に、俺は治済の話が本当なのだと思った。

 俺は差し出されたリストに目をやった。


夜須やす 栄生家 ☆☆☆☆

深江ふかえ 松永家 ☆☆

怡土いと 原田家 ☆

斯摩しま 渋川家 ☆☆☆☆☆☆


「この星はなんでしょうか?」

「難易度だ。多いほど、藩内に問題がある」


 なら、怡土の原田家か。俺が原田の「は」を言い掛けた時、治済が


「なお、難易度が高い程、一橋家の天下が近くもなる」

「え?」

「なら、斯摩の渋川家一択だ」


 と、治済は親指を立てた。GOOD!じゃねぇよ。


「渋川家はいいぞ。俺の故郷の九州だし、あの博多を抑えている」


「博多? 福岡県?」


 博多と言えば、ラーメンのイメージしかない。あと、可愛いねぇちゃん。


「九州の筑前だ。博多は元々、黒田家の領地であったが、黒田忠之が家臣の讒言で改易の憂き目に遭い、今は天領となっている。だが、江戸から博多を治めるのは難しい。故に、その面倒を〔博多御番はかたごばん〕と称して斯摩藩が肩代わりしているわけだ。勿論、それをするだけの利益は大きい」


「なるほど。兄上は俺に斯摩藩主となって、博多を抑えて欲しいわけですね」

「ああ。何にしても金は要る。あと、渋川家は名門だ」


 治済の話では、渋川家は足利氏の一門で、中でも九州探題を歴任した満直流というものらしい。天文年間に大内氏によって滅ぼされたが、渋川堯顕しぶかわ たかあきらの庶子が生き残って一門を再興させると、太閤秀吉の九州征伐の際に渋川堯虎しぶかわ たかとらが獅子奮迅の働きを為して、斯摩の大名となる事が出来たという。よく判らないが、名門だそうだ。


「行ってくれるか、隼人正。勿論、拒否権は無いがな」


 選択肢は無いのだ。俺は頷いた。一橋の為ではない。未来に戻る為に。俺の為に。


「あ、でも兄上。一つだけ質問が」

「何だ?」

「難易度が高い理由は?」

「聞かん方がいいと思うが教えよう。斯摩藩は二代藩主以降暗君が続き、藩政は麻の如く乱れている。慢性的な財政難。だが藩主家は浪費を続け、執政府は門閥が不毛な政争を繰り返し、役人は賄賂を取る事しか考えない。誰一人として、民百姓を顧みる者はいないのだ」

「つまり、クズばかりって事ですね?」

「YES!」


 YES!じゃねぇよ! と、内心で突っ込みながらも、俺は覚悟を決めた。


「クズ共を始末して、藩政を掌握せよ。それが第一のミッションだ」

「おう、やってやるぜ!」


 俺は思わず立ち上がると、拳を突き上げていた。

 斯摩藩を強くする。そして、この日本を一橋で染め上げてやる!

 一橋家おれたちの戦いは、これからだ!

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