第19話

 言葉の途中で、紘之助が何より望んだ答えが返ってきた。彼は、耳にはめめていた輪っか状のピアスを外した。徐々に、本来の黒柳 紘之助の人型へ戻っていく中、声帯変換装置を喉の皮膚の下からブチリと取り外すと、目の前には、驚きを隠せない様子の燈吾がいた。


 夜よりも深い闇色の瞳が、所在しょざいなさげに揺れている。言葉が、出てこないほど美しい青年の、豊かで長い黒髪に触れて、白い肌に、紅色の唇に、生きているのか死んでいるのか、そんな判断すら出来ないような造りモノめいた容姿だ。


「燈吾様…-」


 低いあでやかな声で名前を呼ばれて、やっと現実に引き戻された燈吾は、自分より一回りは大きい彼をそっと抱き締めた。ずっと自身を責めていたのは、本当の姿をだれの前にもさらせなかった紘之助も、きっと同じなのではないかと思ったのだ。どれだけ苦しかったかと、想像してみるが、燈吾には見当もつかない。少し離れて、しっかりと視線を合わせると、願いを口にした。


「大丈夫だ、紘之助、私は、そなたの本来の姿も見たい。今そう思っている」


「承知致しました…、では、もう少し後ろへおがりください」


「分かった」


 何が起きるのかは分からなかったが、とにかく言われたように後ろへ下がって、再び紘之助と視線を合わせた。月明つきあかりを背に、その姿が変わってゆく。伸びていく真っ黒な髪、額に生えてくる二本の真っ黒な角、血を塗りたくったような唇、蒼白にすら見えるほど透き通っていく白すぎる肌の色、唇の間から見える黒いきば時折ときおりゆらりと金色が混ざる漆黒の眼、真っ黒で鋭い爪、座っているのに、同じく座っている燈吾の二倍はあるだろう立派な体躯たいく、それは、確かに[鬼]だった。全てがあまりにも美しく、ゆえに多くの者から恐れられる-


「-…これが〝紘之助〟にございます」


 一段と低くなったその声は、空気を揺らしながら燈吾の耳に響いた。彼が立ち上がると、紘之助は一瞬身体を揺らしたが、離れて行くのではなく近づいてくるのが分かると、そっと視線を合わせた。燈吾の身長からすれば、立って手を上げてちょうど良い場所に、紘之助の額から生えている漆黒の角がある。


「-美しい鬼だ、実直じっちょくで、静寂をまとっているような…不思議だな。私は、そなたの姿を見ても、そこに居てくれるだけで安心できる。恐ろしいと思わない」


 角を撫でながら言い切る彼に、紘之助は少しの安堵と嬉しさを感じた。一番知ってほしい存在に、ようやく秘密を打ち明けられたと。そして、例えこの世界ページから去るときが来たとしても、それでも確認しておきたい事があった。し目がちに、おずおずと燈吾にうた。


「…私は生まれて幾千年が経ちます、この里へやって来て、薄れていた記憶も鮮明せんめいに戻り-…いまは燈吾様をおしたい申し上げております。この鬼の身で、私はどうすれば良いのでしょうか…」


 静寂せいじゃくの中でかたけてくる、まるですがるような声音こわねで、燈吾にとっては返答に迷わない簡単な問いだった。藤丸を亡くした時の喪失感そうしつかん、紘之助たちが現れるまでの、行き場のない怒りと憎しみと悲しみにさいなまれ続けたがたい日々。


 種族の違いがなんだと言うのか、習慣の違いがなんだと言うのか、殺しを生業なりわいとする一族だとしても。当初、藤丸に瓜二つの容姿をもつ紘之助に惹かれたのは違いない、だが彼等が現れて少しした頃からだ。燈吾は徐々に彼自身を知り始めた、何事なにごとにも実直じっちょくで、優しく、穏やかな者だった。彼は自分自身の藤丸に対する想いと、そばで支えてくれる紘之助に惹かれていく罪悪感に苦しんでいた。それが、いま一気に解決したのだ。彼は、立ったまま紘之助の首に腕を回して答えた。


「そなたは、藤丸だった紘之助、人間だった鬼。ただそれだけだ。よくぞ戻ってきてくれた、そなたは、私にとって掛け替えのない存在なのだ。鬼でも人でも関係ない」


 紘之助が、涙を流しながら燈吾の身体を優しく抱き寄せた。この里には、紘之助が把握している範囲で二つの問題が起きようとしている。だが、今この瞬間だけは、ただ二人きりの時間を持とうと、そう思った。





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