第17話

 その、数時間に渡ってワザの使い方を燈吾や、その家臣たちに手取り足取り教えていた紘之助とアルフォンソだったが、誰もが[型の会得えとくだけなら難しくない]という結論にいたった。要するに、あんなに重厚じゅうこうな試合は出来ないし、[しのびが使うには不便ふべんなワザ]であるという答えに落ち着くのである。


 本当に聞かなければならないのか、しかし聞かなければ家臣たちがこれから先、彼等を受け入れることは難しいだろう、だが自分が質問することで彼等と、紘之助と離れなければならない事になってしまったら、この心は耐えられるのかと自問自答を繰り返していた燈吾。ついけっして、燈吾が一同を代表する形で、紘之助にうた。


「紘之助、そなたは、忍の一族ではないな?諜報ちょうほう生業なりわいとしているというのも…嘘か…?」


 その言葉に、紘之助は庭で片膝かたひざを付いて頭を下げた。どんな答えが返ってくるのか、燈吾も家臣たちも気が気ではなかった。おそらく正直に答えてくれるだろう事は、みな分かっていた、彼等を、信じたいのだ。双子の弟、藤丸ふじまるかたきつために、主人をいたわり寄り添ってきた彼等を。


「我等…私と夜之助は、殺しの一族に御座ございます。依頼があれば諜報ちょうほう暗殺あんさつ特攻とっこう、特別部隊の抜刀組ばっとうぐみが動き、どんな標的も決してのがしませぬ。鬼の一族とでも、御思おおもい下さい…心苦こころぐるしくありましたが、多くを隠していたこと、御容赦ごようしゃくださればと…」


 嘘はなかった、ただ隠していたことがあっただけ、それは今いる里の人間達にとっては問題ではなかった、むしろ更に力強い。数時間前に見た、あの光景はまさに殺しを極めた者のソレだったように感じられた、[鬼の一族]その通りだと、みなが思った。しかし、あれ程の強さをほこる一族なら、藤丸はもっと強くても良かったハズだとは考えた。


「鬼か…確かに、あの様子は鬼のようだった。しかし藤丸は…」


「藤丸は、双子の弟でございます。私がちからの多くを受け継いだのでしょう」


(紘之助さん、いつ話すのかなぁ…いまの気持ちは分かりますけど)


 呑気のんきに周りへ溶け込んでいるアルフォンソは横に置いておくとして、紘之助の堂々とした受け答えに、周囲は納得のしめした。この時はまだ、彼等が本当の意味での[鬼]だと、誰もが思う事などなかったが…。かく当初とうしょ把握はあくしていたよりも遥かに、彼等が優秀な者達であるという情報は、あっという間に里を駆け抜けた。


 夕餉ゆうげのあと、夜之助を燈吾のもとに置いたまま、紘之助とアルフォンソは里近くの山で話をしていた。今回、彼をこの世界ページまねいた対価に関することだ。アルフォンソは片方の唇のはしをゆるりと上げて、頷きながら彼の言葉を聞いている。


「なるほど…そんな事になってきている訳ですね」


「どうだ」


「最高です、それだけ手に入るなら、対価としては余りある程です、しばらく仕事は下の者たちに回してもらうとして、それまで私もコチラに残りますよ」


「それは助かる、では五分ごぶさかずきといこう」


 二人は笑いを浮かべながら、盃を掲げた。紘之助のかたわらには、酒がたっぷりと入った大きな瓢箪ひょうたんがある。傍目はためには、まだ幼さが残る少年と、異国情緒漂いこくじょうちょただよう青年が向かい合って何をしているのかという感じであるが、二人からすれば利害と需要と供給が合うという、いつもの事であった。


 スッカリ酔いがめ、夜がけた頃、紘之助の部屋へ音もなく忍んできた者がいた。誰が来たのかは分かっていたが、なんの目的があるのかサッパリ分からず、目を閉じた状態で内心焦っていた紘之助に、燈吾が声をかけた。


「…起きているのだろう?」


 ゆっくりと起き上がった紘之助の目にうつったのは、不安げに瞳をらす主人の姿だった。彼は紘之助の手をにぎって、自らのひざの上に置いた。その手は、かすかに震えている。


「い、如何いかがなさっ-」


 突然、紘之助は燈吾にすくめられた、頭の中は真っ白である。





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