第15話

 紘之助にとって、アルフォンソが発した言葉は事実でしかなかったが、薔薇色ばらいろに染まる燈吾の頬を目にして、かすかに首をかしげた。想いを寄せているわりに、当人とうにんからの気持ちにはにぶい彼は、自分が気づかぬうちにアルフォンソが何か仕出しでかしたのかも知れないと判断して、燈吾に頭を下げた。その声は、少し不安げに揺れている。


「燈吾様、アルフォンソがなにか無礼を働いたのでございましょうか…なにぶん、この辺りの習慣しゅうかん不慣ふなれな者ですので、御容赦ごようしゃ下さい」


 その言葉には、燈吾が慌てた。身体の向きを変え、ゆっくり紘之助の前でひざをつくと、彼の両肩に手をえて、照れくさそうに苦笑くしょうした。少し視線を横に流しつつ、不安にさせない言葉をさぐりながら口にしていく。


「そうではない、ただ想像していたよりも、そなたと近しい者に会えたことが嬉しいのだ。気にするな」


(…嬉しい?…良かった…)


 顔を上げると、笑みを浮かべる燈吾の姿が見えた。その途端にホッと表情をゆるめた様子は、幾千年と生きてきた鬼である事など嘘のような、見た目そのままの、可愛らしい少年のあどけなさを感じさせる。夜之助もアルフォンソも、何も知らない燈吾でさえも驚いたが、なんとなく、これでいと思えたのだった。


「では、楽しみにしているぞ」


「はい」


 表情を引き締めた紘之助は、燈吾が立つのを確認してから立ち上がると、風呂敷包みを手にしたアルフォンソを連れて庭へ出ていった。


「アル、上着はどうした」


「あ、そうでした!危ない危ない」


 よく見慣れた肝心かんじんな物をアルフォンソが身に付けていないことに、今になってやっと気づいた紘之助、彼も思いのほか余裕がなかった様だ。指摘してきを受けたアルフォンソは、風呂敷包みを頭の上の位置まで持ち上げると、振り下ろす勢いのままマジックのように現れた革製の防護用イタリアンスーツに流れるような動作で袖を通し、光を反射してキラキラと舞い落ちてくる数え切れないほどの銀製のナイフとフォークを、一瞬で、しかし優雅に舞うような動作でその全てをスーツの内側に仕舞しまった。呆気あっけに取られている燈吾と夜之助をよそに、紘之助は、またかとゲンナリしていた。


「相変わらず派手な演出が好きだな、お前は」


「人気の演出なんですっ」


 誰に人気なのかは扨置さておき、得意気に輝く笑みを浮かべるアルフォンソ、やる気が無さそうな紘之助、一見して異常とも思えるものを目にして、この二人が果たしてどんなわざを見せるのか、燈吾は俄然がぜん興味が湧いてきた。夜之助は、ヒヤヒヤしながら様子を見守っている。


「まぁいい、私はクナイ、お前は先程の武器」


 張り詰めていく空気の中で二人は互いの目を見つめて、言葉で伝わらない動くタイミングをはかっていた。燈吾がまばたいた瞬間、二人が同時に消えた。再び姿を現するまで、二秒弱、夜之助は動きの流れをとらえられたが、燈吾には何が起こったのか全く分からなかった。


「悪くない、しかしアル、さばきが遅くなかったか?」


「うーん、あのリズムは少々苦手ですね」


「…兄上、アルさん、速すぎです。速度を落とす必要があるかと…」


 非常に珍しいことに夜之助から助言じょげんをしてきたと思い、彼のほうを見ると、燈吾が唖然あぜんとした様子でコチラを見ていた。ふせぐという一連の流れを双方でおこなったのだが、自分達が通常どおりに動くと、人間からは風を切るような音しか聞こえない事を思い出した。一段低い声で、紘之助がつぶやく。


減速八舞式演武げんそくはちぶしきえんぶ


 二人のまとう空気が変わった、身が切れてしまいそうな何かが、庭中に充満する。その気配は、殺気だ。何故なぜなのか、それは、全て人間の目に見えるようにゆっくり動かなければならないからだった。





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