6 永久脳計画

 2038年、世界初の永久脳の開発に成功したと、神科超頭脳研究所の神科雄一博士が発表し、ノーベル賞級の画期的研究だと話題を集めた。この永久脳は人の脳の10倍の容積と知能を有し、さらに成長を続けているという。

 神科博士が1990年代から提唱してきた永久脳計画(パーマネントブレーンプラン)は、再増殖遺伝子を組み込むことによって永久脳化した人の脳によってスーパーインテリジェンス(超知能)を実現するプロジェクトである。

 今回、神科博士が開発に成功したのは、永久脳化した単独の脳を無限増殖によって巨大化したグレートパーマネントブレーンである。脳容積1500CCを1単位として、百単位までがグレートパーマネントブレーン、千単位までがスーパーグレートパーマネントブレーン、それ以上がウルトラパーマネントブレーンとされる。

 身体と接続されていないパーマネントブレーンは、環境からの入出力のために二種類のインターフェースが開かれている。一つは人工網膜、人工鼓膜、人工味蕾、人工嗅細胞、人工三半規管のような人工感覚受容器によるリアルな感覚入力であり、もう一つはサーバー空間の情報を直接入出力するヴァーチャルなインターフェースである。神科超頭脳研究所の10単位のグレートパーマネントブレーンは人間10人分のインターフェースに同時にアクセスすることに成功している。


 永久脳は元々はNASA(アメリカ航空宇宙局)との共同研究によって軍事目的で開発が始動したものである。1万単位(約15トン)のウルトラパーマネントブレーンは、兵団の指揮官として一万機の無人戦闘機を多方面作戦に同時機動したり、一万体のロボット師団を一糸乱れず展開することができると期待された。また永久脳は軍事以外の様々な分野でも利用が計画された。とくに航空管制システムは永久脳の導入が待望された分野である。あるいはミニマムな活用方法としてレストランチェーンにおいては、同じチーフシェフの味を複数店舗で同時に提供するためにネットワーク型連合脳が利用できると宣伝されていた。

 だが2000年代以降、ノイマン型コンピュータだけではなく、ニューロコンピュータ、量子コンピュータ、分子コンピュータ、DNAコンピュータ、多値論理コンピュータなど、さまざまなタイプのコンピュータによって人工知能の性能が急進展したため、NASAは永久脳計画を放棄し、2010年代以降は神科超頭脳研究所が世界で唯一の永久脳研究機関となっていた。

 永久脳は人間の脳と同様に睡眠を必要とすることが開発の当初から人工知能に対する弱点とされていた。レム睡眠時にシナプスの成長と組み換えを起こす必要があるためである。しかしこれこそが永久脳の最大の優位性であり、乳児のようにレム睡眠時間を長くすることによって、知能発達を加速できるのである。巨大脳では脳容積に余裕があるので、脳を一部ずつ順番に睡眠させることとによって、全体としては眠らない脳を実現できる。

 山科博士は、巨大脳以外にも、複数の永久脳をネットワーク化する連合脳(マルチパーマネントブレーン)、人間以外の脳や人工知能を組み合わせる複合脳(ハイブリットパーマネントブレーン)、永久脳にロボットスーツとまとわせたパブロ(パーマネントブレーンロボット)の基礎研究に取り組んでいる。このうち複合脳が最も高いパフォーマンスを発揮するという。


 永久脳の完成を受けて神科博士とNASAは復縁し、100単位程度の永久脳にチューリングマシンをプリセットしたハイブリッドオーガニズムを偽天体様宇宙船に格納して太陽系外宇宙へと放出し、知的生命体との接触を図るアウマウムオ計画をスタートさせた。1億年以内に知的生命体が存在する惑星に遭遇するチャンスは30%だという。

 NASAはまた数十万の眼球と接続される超巨大なリミテッドウルトラパーマネントブレーンを実現するスーパーアルゴス計画にも着手した。NASAの目論見は人類を永久無謬支配する完全独裁者の創造だと指摘する識者もいるが、そんなことは全く懸念に及ばないと神科博士は喝破している。むしろリミテッドウルトラパーマネントブレーンの誕生は人類の進化の必然である。600万年前のアフリカに最古の人類サヘラントロプス属が誕生して以来、ヒト科は脳だけが突出して進化(巨大化)し、最新の人類ホモ属において身体はむしろ退化(矮化)しているのだから、進化の究極において人類は脳だけの存在になるべきであり、ホモ・サピエンス・サピエンス程度の脳で満足するわけにはいかない。多彩に進化した犬がオオカミの亜種であるように、多彩に進化した永久脳は人の亜種、ホモ・サピエンス・パーマネンシスなのである。

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