生産系の僕の冒険記

伍嶋ハロ(いつしまはろ)

初クエ:ただの昼下がりから


 ものすごく天気のいい昼下がり、部屋の窓辺の椅子に座り、錬金術についての本を読みながらそろそろ洗濯物でもしようかと考えていた時、家の玄関を叩く音が部屋に響いた。

 ハッとしたように本から目を上げて玄関へと走って行きドアを開けると、そこには大柄な男が一人立っていた。


「よう、元気にしてるか?」


 玄関を開けるなり大男はそう言った。


「なんだトレントかよ。」


 僕はその男に対して、肩を少し落とし気味に答える。


「なんだよ盛大にガッカリして、せっかく友人が遊びに来てやったのによ。」


 とトレントは呆れたような態度をとりながら言った。まあ、別にいきなり来られても困ることはない、


「今日錬金術で使うための素材をサクヤに頼んでおいたんだよ。」


 と言いながら彼を部屋に通した。


「それで楽しみにしてたのに来たのが俺でガッカリ、なるほどね。」


 トレントは薄ら笑いを口元に浮かべながらリビングのソファに腰を下ろした。


「別に楽しみにしていたのは素材が来れば錬金術の練習ができるからであってだな、サクヤの事なんてこれっぽっちも気にしてないから。」


 そう言いながら料理場に行き、お昼に食べたサンドイッチの残りと水をとトレントの前に出した。


「俺も最初からその素材を楽しみにしているんだろうと思って言ったんだが。」


 と、トレントは未だに口元に笑いを浮かべ、出されたサンドイッチに手を伸ばしながら言う。


「そうかよ、分かってるなら別にもういいわ。」


 諦めたように言いながら、さっきまで腰掛けていた椅子にドカっと音を立てて座り込む。


「そういや今日はなんで来たんだ?」


 今までの話を打ち切り話題をそらすために今日訪ねて来た理由を聞いた。


「あぁ、伝言があって来たんだ。」


 ソファーにもたれ掛かり、天井を眺めるようにしながらサンドイッチを口に頬張って彼は話を続ける。


「三日後に俺達戦場のアトリエの初クエストだ。ギルド会館のフリースペースに午前九時集合してから出発する。」


 初クエスト。その言葉を聞ける日が来ることをどれだけ楽しみにしていたか、


「やっとか…」


 僕の所属しているパーティー戦場のアトリエが結成したのは一か月も前の事だ。いきなりの朗報に驚きを隠せはできなかった。正直、一生クエストの話は来ないのではないかと覚悟まで決めてしまうところまで来ていた。


「やっとだ。やっぱり新設のパーティーは実績が無いから仕事がなかなか来ないってのは本当だったな。」


 トレントはそう言って立ち上がり、玄関の方に向かって歩き出した。


「もう帰るのか?」


 ついさっき来たかと思えば、見送りに行きながらもつい聞いてしまった。


「おう、お前の恋路を邪魔するのも悪いしな。」


 余計な事をまたコイツは。そんな事を思いつつ、


「それはどうも、三日後の午前九時にギルド会館のフリースペースだな。」


 と日程の確認をする。


「そうだ、遅刻はするなよ。」


 と、トレントは言った。待ちに待った初任務だ。そう心躍らせながら自室に戻り、荷物が届くまでの間、カバンの前で何を持って行こうかと頭を悩ます事で時間を潰した。

 

「お届け物です。フェルトいる?」


 トレントが帰ってから数十分、未だに鞄とにらめっこを続けている僕の耳に扉を叩く音と女性の声が聞こえた。


「ちょっと待って、今行く。」


 そう言いながら立ち上がり玄関に行こうとするがふと足を止めた。眼前には、ついさっきまで泥棒が入っていましたと言われたら何の疑いもなく信じてしまうほどに悲惨な状況になっていた。


「これはひどい。」


 そう後悔しても今から片づける時間は無い、客人がもう玄関の前まで来ている。幸いにも僕の自室は玄関からは入り口は見えても中までは見えない、なので部屋はこのままにすることにして、足の踏み場もない床の、ほんの少しの隙間に足を滑り込ませながら部屋を脱出し、やっと玄関までたどり着くと玄関を扉をあけた。


「こんにちはフェルト、頼まれたものを持って来たよ。」


 扉を開けた先には、女の子の中では背が高い方であろうショートカットの髪型の女の子が小包程の荷物を両手に抱えて立っていた。サクヤは僕の学生時代で唯一の女の子の友達だ。家が錬金術の工房アトリエで、その錬金術で使う素材などを売る素材屋も兼業していた。さらにある程度の距離なら配達までしてくれるというここいらで一番便利な店である。二日ほど前に練習ついでに錬金をする為の素材を注文していた。


「ありがとうサクヤ、受け取るよ。」


「はいどうぞ、それじゃあここにサイン貰えるかな。」


 荷物を受け取り、出された書類の所定の欄にサインをする。


「今回は一体何を錬成するの?」


 書類のサインを確認すると、肩から掛けた鞄の中にしまいながらサクヤは聞いてきた。


「あぁ、隣のおじいちゃんが最近読書にハマっちゃったらしいんだ。だけど目が悪いから字が読みにくいらしくて、それで虫眼鏡を作れないかって頼まれたんだよ。」


 と僕は荷物をリビングの机の上に置きに戻りながら玄関に届くように声を大きくしながら説明をした。


「なるほどね、素材については分かったけど、この部屋についてはどうしたのかな?」


 想像していたよりサクヤの声が近くで聞こえ驚き振り返ると、いつの間にかサクヤは家の中まで入ってきていて、散らかった僕の部屋の前で立っていた。


「ちょっと、勝手に入ってくるなよ。」


 そう言いながら、サクヤの背中を押して家の外まで押し出す。


「三日後に初めてのクエストがあるんだ、その準備をしていたんだよ。」


「それでか、やっと冒険者になるんだね。」


 抵抗もあまりしなで押されるがままに玄関の外に押し出されながらサクヤは納得したようにそう言った。


「そうだよ、そういえばサクヤはもう錬金術師として働いているんだよね。」


「御覧の通りだよ。まだ修行の身だけどね。」


 と言いながら、両手を広げて着ている服を見えるようにしてきた。オーバーオール型の作業着に「アトリエ:ヒッポグリフ」と胸のところに刺繍されている。

 その姿を見て自分はとは違う道を進んでいることを実感する。


「それじゃあね、これからもどうぞ私の店を御贔屓にしてください。冒険者のフェルト君。」


 そういって、サクヤは少し後ずさる感じで帰路に着こうとしている。このまま彼女をここに留めておく理由はない、サクヤに言われた事に呼応するように答える。


「うん、ありがとう。何かと利用させてもらうよ。錬金術師のサクヤさん。」


 サクヤはその言葉を聞くと優しく微笑みながら小さく手を振って帰っていく。その後ろ姿を見ながら少し寂しい気持ちになりながらも、サクヤに冒険者のフェルトと呼ばれた事で自分が冒険者として人生を歩み始めたことを再認識した。胸の中で心が跳ねているのを感じ口元を緩めながら玄関を閉め、散らかった自分の部屋にちらりと目をやり小さなため息をつくと、リビングに行き机の上に置いてある小包を開け、先に頼まれている錬金術の準備を始める。


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