姉妹の休日(キララ編)その2

 さて、歯磨きを終えてたっぷりおめかしした私は、まだ寝ているセイラに置き手紙を書いて陽ノ目ひのめそうを出ました。

 お父さんとバスに乗って約10分。

 パルコの前でバスを降りた私たちは、馬場ばば通りにあるドンキホーテまで歩きます。

 安くて品揃えがいいので、都内にいた頃からよくお世話になってます。

 ただ休日なのでかなり混んでますね。

 買う物が多いのでカートを二台使ってますが、押して歩くのが大変です。

「キララ。トイレットペーパーが安いから買ってこう」

「あ、はい!」

 あとお買い物内容があんまりデートっぽくないかもです。

 買う物が生活必需品や消耗品ばかりですし。

 あ、でもこれはこれで夫婦の買い物っぽくていい気がします。

 夫婦……うふふ、夫婦。夫婦でお買い物。

 今日は断られてしまいましたが、いつかあれやってみたいです。

 お帰りなさいあなた。

 まずご飯にします? お風呂にします?

 それとも、わ・た・し?

「キャー!」

「わっ!」

 隣のお父さんが驚いた顔でこちらを振り向きました。

「ど、どうしたのキララ?」

「……っ」

 新婚妄想の影響か、ほぅと熱い吐息が漏れます。

「あれ? キララなんだか顔が赤……」

「お父さん……っ」

「ん?」

 私はお父さんの腕にそっと縋りつきます。

「お父さんは子供は何人欲しいですか?」

「ブッ!?」

 お父さんが噴き出します。

「いきなり何言い出すんだい!?」

「私、何人でも産みます。だから好きなだけ仰ってください」

「ギャー!」

 お父さんが大声で悲鳴を上げました。

 その所為せい(?)かとっても周りの視線が集まってました。

 すごいザワザワしてます。

「ほ、ほらキララ行くよ!」

「はい」

 お父さんに手を引かれ、慌ててその場を離れました。



 そんなこんなで買い物を終え、私たちは外に出ました。

「ふぅー、凄い人だったね」

「はい。少し疲れちゃいました」

 ふたりとも両手は荷物でいっぱいです。

「キララがいてくれて助かったよ」

「お役に立ててよかったです」

 お父さんにお礼を言われると疲れも吹き飛んじゃいます。

 とはいえ、このままではあとは帰るだけになってしまいます。

 できれば、もうちょっとお父さんと一緒にいたいです……。

「……!」

 何かないかと周りをキョロキョロと見回すと、ふと賑やかそうな一角を見つけました。

「お父さん、あれは何ですか?」

「ん?」

 私が指差した方を見て、お父さんはああと頷きます。

「オリオン通りだね。いろんなお店があるよ」

「ちょっと覗いていってもいいですか?」

「いいよ」

 やりました!

 私は心の中で快哉かいさいを上げながら、お父さんとオリオン通りへと向かいます。

 オリオン通りは所謂いわゆるアーケード商店街でした。

 横断幕などが垂れ下がった大きな屋根付きの広い道路の左右に、たくさんのお店が所狭ところせましと並んでいます。

「こんな大きな商店街はじめて見ました」

「前住んでたところの近くにはなかったからねぇ」

 ここのアーケードは東西に約500メートルもあるそうです。

 荷物を持ったまま端から端まで歩くのはさすがに大変そうですね。

 とりあえず少しだけ中に入ってみます。

「……!」

 ちょっと歩くと、なんだか甘い匂いが漂ってきました。

 匂いの元を辿ると、クレープ屋さんがあります。

「へぇ、ここ今もあるんだね」

「お父さん、知ってるんですか?」

「友達とよく一緒に買って食べてたよ。美味しいんだここ」

 そこでふと、お父さんは私の方を見ます。

「食べてくかい?」

「え、いいんですか?」

「今日のお手伝いのお礼だよ」

「……! ありがとうございます」

「あっでも、セイラには内緒にね」

 お父さんはイタズラっぽくシーッと唇に指を当てます。

「はいっ」

 私もお父さんの真似っこをして、ふたりでくすっと笑います。

 少し列に並んだあとクレープを買って、ちょっと待つと美味しそうなクレープがふたつ出てきました。

 近くのベンチにふたりで並んで座って荷物を置きます。

 それから早速ひと口目をパクリ。

「んっ! 美味しいです!」

 クリームがふわふわです。

 苺も甘くてちょっと酸味があって、いい感じです。

「そういえば栃木とちぎっていちごが特産品なんでしたっけ?」

「そうだね。とちおとめとかが有名かな」

 ちなみに旬は冬からちょうど今頃の春先にかけてらしいです。

「来年になったらいちご狩り行こうか」

「いいですね。行きたいです」

「僕も小さい頃に行ったなあ。ビニールハウスの中で採るんだけど、粒が大きくてその場で食べられるんだよ」

 お父さんは昔を思い出すように言います。

 なんだかその横顔は楽しそうで、懐かしそうです。

 たぶん、お父さんもまた行きたいと思ってるんですね。

「来年のお楽しみですね」

「うん。そうだね」

「……!」

 お父さんの横顔を見てたら、唇の横にクリームがついてるのに気づきました。

 これは取ってあげないといけません。

「お父さん」

「ん?」

 ペロッ

 私はこちらを向いたお父さんに顔を近づけて、クリームを舐め取ります。

 一瞬、お父さんは呆気に取られてましたが、すぐに驚いたように身を引きます。

「キッキキキララ!? いきなり何を!?」

「えっ? クリームがついてたので」

「~~~」

 私がキョトンとして答えると、お父さんは自分の口を手で隠します。

 なんだかちょっと耳が赤いような?

「どうしました?」

「い、いや、何でもないよ」

 お父さんは手で口を覆ったまま答えます。

 なんだか変です。

 あとなぜかまた周りの注目を浴びているような……?

「ばかっぷる」

 誰かがコソッと言った呟きが聞こえました。

 ばかっぷる。

 カップル。

 あ!

 もしかして今のが恋人っぽく見えたんでしょうか?

 恋人といえば夫婦の一歩手前。

 いえ、もはや実質夫婦と言ってもいいのでは!?

「~♪」

 やっぱりお休みの日はいいことがいっぱいです。

 全部お父さんのおかげですね。

「……?」

 そこでふとクレープ屋さんの上の看板に目がいきました。

「お父さん、このビルってアニメイトが入ってるみたいですよ」

「ん?」

 まだ口を覆っていたお父さんがようやく顔を上げます。

 お父さんは前いた出版社でライトノベルを作っていました。

 なので、お父さんの手がけた本はこういう専門店によく並んでいます。

 私もたまにお父さんの本を探しに、都内のお店を覗いていました。

 ……そういえば。

「ちょっとのぞいていきますか?」

「……うん。入ってみようか」

 私の提案に、お父さんは少し間を置いてうなずきました。

 食べ終わったクレープの包み紙をゴミ箱に捨てて、私たちはビルの入り口に向かいました。

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