4-6 社長は死んでいたのにやってくる
何事も最初から諦めずやってみるもんだ。なんてことには残念ながらならなかった。
やはり何も手がかりは見つからず、犯人に繋がるヒントも何もない。
ちょっといいことがあったとしたら、それは
無駄足になって凹んでいた私を気遣ってくれたらしい。まあ、自分が食べたくなったので、そのついでなのかもしれないけど。
「ダブルで良かったのか?」
「あんまり積み上げても食べづらいだけじゃない?」
その辺は見解の相違があるらしい。翼くんはトリプルを頼んで器用に食べている。案外、甘党なのかもしれない。
なんにしても翼くんは食べるのが早かった。私が一個食べる間に全部食べていた。それで少し暇になったのか、まだまだ食べ終わりそうにない私を見る。
「……何?」
「いや、なんか女の子みたいに食べるなって」
「はあ?」
女の子みたいも何も女の子ですが?と言い返したい気持ちもあったけど、まあ、普段の行いが悪い気がしたので口を噤んだ。
「いや、悪い」
私がそれ以上、言わなかったのを翼くんはかなり怒ったからだと思ったらしい。素直に謝ってきた。
「別にいいけど……」
私がそこまで怒ってないと伝えると翼くんは空を見上げ始めた。何かあるのかと思ったけど別に何もない。単に私のことをじっと見てるのがまずいと思っただけらしい。
「
だから、それもきっとただの独り言だったんだと思う。でもどこかで聞いたような名前だったので私は反応してしまった。
「誰?」
「先代の社長」
言われて、道理で聞き覚えがあるなと思い出した。
「火村理髪店の火村さん?」
「その火村さん」
「生きててくれればって、もしかして死んだの?」
「うーん。正確には俺が殺したって感じかな」
「へ?」
どうも比喩とかそういうものじゃない気がした。時々、翼くんに感じる闇の部分に触れてしまったことに私は気付く。
「殺したって、殺したってこと?」
私は少し混乱してたと思う。自分でも意味のわからない質問をしてしまった。
「あの人は能力を悪用しようとした。俺は忘却社の人間として見過ごせなかった」
そして本当に、言葉通りの意味らしいことが翼くんの言葉でハッキリしてきた。
「……詳しい事情は聞かないけど、その人がまだ生きてるって可能性は?」
「ないと思うし、生きててもこんなことをする動機がない」
「でも悪用しようとした人なんでしょ」
「それは、そうなんだけど」
さっきまではハッキリとした態度だった翼くんが急にぼんやりした言い方をする。翼くんは自分でも言動が矛盾してるように感じたのだろう。
「だったら、そうなんだろうね」
翼くんは死んだ社長を美化しているだけなのかもしれない。でも私はそれを疑うよりも、火村さんという人が翼くんの言うとおりの人だと思いたかった。
「最後は残念な結果だったけど、俺の恩人には変わらない」
それはきっと翼くんがそう言うように、彼にとって大切な人だったからだ。
「いい人だったんだ」
「いや、どっちかと言うと悪い人だった」
でもなんだか雲行きが怪しくなるのを感じる言葉が聞こえた。
「……訳がわからないんだけど」
「俺もお世辞にもいい人とは言えないしな」
「それは、そうかな」
私はそれを否定する言葉が思いつかなかった。
本当に困って事務所に来た人を助ける。その行為はいいことだ。でもそれを行う翼くんがいい人かと言えば、それは別の話だ。
「そういえば、前に大事な人に会える気がしてるからって言ってたけど」
そして翼くんが忘却社の人間として働いてるのは、やはり個人的な動機だったのだ。
「ああ、うん」
「それって、火村さんのことなの?」
「誰のことか覚えてないけど、火村さんのことではない気がするな」
それが動機という割に、翼くんはその大事な人というのが誰か覚えてないと言い出した。以前なら恥ずかしきてとぼけてると感じたかもしれないけど、今は忘却社のことを考えるとそうではないように思える。
翼くんが覚えていないのは、彼が誰かに記憶を消されてしまったから。とすれば、やはり彼以外にも、同じような能力を持った人がいるのだ。
「覚えてないのに違うってわかるの?」。
「死んだ人にはもう会えるわけがないだろう」
それに妙に冷静な回答が戻ってきて私はまたちょっと引いてしまった。
「そ、そうだよね」
それで何か言わなきゃと焦ったりもしたけど、翼くんはさほど気にした様子も見せず。
「病院に行ってみるか」
とか言い出した。現場で何も見つからなかったのだから、それしかない。
「ちょっと待って!」
私はもう残り少ないアイスをコーンごとバリバリと食べた。移動するのに邪魔だったからだったけど、その様子を見てた翼くんにひどく笑われた。
その方がお嬢ちゃんらしいなんてフォローにもならないことまで言われてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます