3-4 再会は忘れた後にやってくる 後編

 彼は私を怖がらせようとしてるのだろうか。それともただ正直な気持ちを口にしてるだけなのか。それすらも私にはわからなくなってきていた。

「俺は明日には捕まるだろうね。君を連れて逃げ回ってみてもいいけど、君が協力してくれるとも思えないし。遠からず逮捕されるだろう。もしかしたら警察じゃなくて、君の家の連中に捕まるかもしれないな。そうなったら死んだ方がマシだと思う目に遭わされるかもしれない」

「それがわかってるのに、なんでこんなことをするの?」

「わかんない人だなあ、君は。僕はこの恋にじゅんずると言っただろう? 俺の想いを遂げる方法はこれしかないんだよ。だったら――」

 葉桜はざくらしょうは言葉を句切ったかと思うと体を横に曲げて私の顔を覗き込んできた。

「後のこととか、どうでもよくね?」

 簡単に言えば、彼は自棄じきになっている。しかしそうすることで様々なしがらみを捨てた彼の行動はもう止まりそうになかった。

 つまり、私は絶体絶命の危機ということだ。彼の目的を考えたら私がよほどの抵抗をしたところで殺したりはしないだろうけど、怪我させるくらいは躊躇ちゅうちょしない。私が彼を蹴れば彼は私の足を折るかもしれない。

「もう抵抗しないのかい?」

 葉桜翔は私にゆっくりと近づいて来ていた。それを私が黙ってみてるので、もう私が諦めたと感じているみたいだ。

「抵抗して欲しいの?」

 だからそうじゃないってことを教えてやる。

「さっきまではして欲しくなかったけど、今はそれも楽しいかもなあって思ってる」

 でもそれも彼にとっては興奮の燃料みたいなものだったらしい。

「……最低」

「抵抗はするだけすればいいし、悪態もつけるだけつけばいい。どうせ君にはもう助かる道はないんだ」

 葉桜翔の言葉に私は返せる言葉がなかった。彼はそれでにっと笑うと私の隣に立って、私の肩に手を置いた。

「君は賢いな。そうやって何もしないことが俺がもっとも得しないことだもんな」

 そんなことを考えて黙っているわけじゃない。

「諦めもせず、でも抵抗もしない。確かにいい選択肢だ。でもな――」

 葉桜翔は私の胸ぐらを掴むといきなり引き上げた。

「それじゃ、俺が、この俺が人生を捨てた分に釣り合わなくなるだろう?」

 彼の顔が目の前にあるのがわかった。彼の吐く息が顔に当たるのを感じる。

「ぐっ」

 それで私は自由に動く膝を彼の腹に打ち込んだ。大したダメージではないだろうけど、彼も虚を突かれたらしく、短くうめいて掴んでいた私を話す。

「きゃっ」

 結果、私は尻から床に落ちて転がる羽目になった。

「やるじゃないか。あの体勢から膝蹴りとか、意外と君も強いみたいだな」

 葉桜翔は倒れている私から少し距離を置いて頭の方に回る。私の足が自由なのをちゃんと警戒してるようだ。強いくせにそういうところがまた恐ろしく感じられる。

「さあ、もっと抵抗しろよ」

 葉桜翔は私がもう何も出来ないと認めるまでいたぶるつもりらしい。

 誰かが助けに来るわけじゃない。私がどれだけ抵抗しようが時間の問題。それこそ彼は三日でも四日でもここで私が弱るのを見てることだって出来るのだ。

「あなたは抵抗されたいんだから、もう何もしない」

「ふーん。だったら、抵抗したいと思えるようなことを考えないとな」

 そう言いつつ葉桜翔はポケットからスマホを取り出した。

「せっかくだから全部録画しておこうか」

 スマホの明かりが下から彼の顔を照らす。彼がスマホの画面を触るのが見えたけど、何を操作してるのかまでは私にはわからない。 

「この動画を皆さんが見てる頃には俺はきっと逮捕されてると思います。どうしてそうなったのかの一部始終を録画していきますので観てください。あ、でも刺激が強いので、そういうの嫌いな人は注意。あと十八禁の内容になると思うのでよい子も観ないでね。ま、出演者はどっちも十八歳未満なんだけど」

 ただ彼が急に余所向きの話し方を始めたので、すでに録画が始まってるのがわかる。彼はそのカメラを私の方に向けてきた。

「さて、この床に転がってるのがとあるお嬢様学校に通っている三倉咲夜さんです。この娘を俺は今から抱きます。彼女には承諾得てないのでドンびく様な映像になっちゃうかもしれないけど、そこは観る人の自己責任ってことで」

 私は何か反応しようとするのを必死に止めなければいけなかった。なにかしようとすれば、それは彼の燃料になってしまう。それがわかっていた。

「あれれ? 怖さのあまり失神しちゃったのかな?」

 そう言いながらも葉桜翔は私の周りを少し距離を置いて回り出す。

「おっと、こっちからだとスカートがめくれてて、もう少しでパンツ見えそうですね」

 その言葉でどうやら面白いアングルを探してただけなのがわかる。

「このまままくっちゃいましょうか? お嬢様ってのはどんなパンツ穿いてるか、皆さんも気になりますよね?」

 葉桜翔はすっかりナレーター気取り。しかしそれも私を煽って反応を引き出すための演技のようなものだ。

「本人も止めろと言わないみたいなので、せっかくなので見てみましょう」

 私は聞こえる言葉、全てを無視しようと心を閉ざす。それでも私のスカートを引っ張る感覚が足に伝わる。それで体が震えるのを止められなかった。

「もう少し……もう少しで見えますよ、皆さん!」

 それがわかったのか葉桜翔はわざとゆっくりスカートを引っ張る。私が途中で止めてと言うのを待っているのだ。

 でも私はその制止の言葉を口に出さなかった。それが彼の望みだとわかっていたから。

「見えちゃうけどいいのかなー?」

 その時、ガラガラと音がなったかと思ったら光がどっと入り込んできた。それで私は目がくらんでしまったのだけど、誰が来たのかはすぐにわかった。

「遅くなってごめんな、お嬢ちゃん」

 声でわかった。つばさくんが来てくれたのだ。

「翼くん……だよね?」

 次第に目が慣れてきて、私はここがガレージの中だったことを知る。逆光で顔は見えないけど、そこにいたのは確かに翼くんだった。

「なんで、ここが……」

 葉桜翔は声だけでわかるくらい苛立っていた。

「その辺は企業秘密なんで勘弁してもらえませんかね」

 なのに翼くんはふざけてるとしか思えない口調で対する。

「ま、いっか――」

 それが葉桜翔を冷静にさせたのかもしれない。

「どうせお前が来たところでどうにもならねえんだからな」

 葉桜翔は翼くんから視線を外し私の方を見て笑う。

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