1-10 探偵は忘れた頃にやってくる

「やっぱりつばさくんは翼くんなんだよね」

 普段はいなくても、肝心な時はちゃんとやってきて仕事をする。

 世界はそういう風に出来てるんだよ――そう翼くんや火村ひむらさんは言う。私にはまだそれがなんでなのかなんてわからないけど多分、間違いないんだなと思う。

「それを言ったら咲夜さくやも咲夜だろ」

「それってどういう意味?」

 勝手に突っ走ってピンチになる。それを揶揄やゆされたように感じた。これまでも私は大体、そんな感じだし、今日だって翼くんが来てくれなかったらと思うとゾッとする。それに依頼人を現場に連れて行かなければ、彼から思い人の存在を奪う必要も無かった。とにかく心当たりには事欠かない。私はなじられる覚悟を決めるしかなかった。

「俺を待たずに出かけたところとか、さすがだと思ったよ」

 でも翼くんは褒めてくれていたらしい。

「さ、さすが? ど、どこが?」

 そっちの心当たりがなくて私は逆に戸惑ってしまう。

「待たずに出かけてなかったらあの娘は襲われてたんだろ」

「……それはそうだけど」

 しかしあれを本当に間に合ったと言えるかどうかは私には疑問だった。

「おかげであの娘は心の傷だけで済んだんだろ」

「心の傷だけって……」

 とんでもないことを言い始めたなと私は思ってしまったけど、言いかけたところで確かにその通りだなと考え直した。

 心の傷なら無かったことに出来るのが忘却社なのだ。となると翼くんの言う通り、私はリカバリーできる範囲に被害を食い止めたと言える。

「頑張ったな」

 そんな気持ちになれた時、さらっと翼くんが私を褒める言葉を口にした。そのせいだろうか私はちょっと不満を感じてしまった。

「珍しく褒めてくれたのは嬉しいけど、本当にそう思ってるなら言葉だけじゃ無くて何かあるんじゃないの?」

 なんて憎まれ口まで出てきたくらいだから、かなり不満だったのかもしれない。

「確かにそうだな」

 その言葉に翼くんが私の顔をじっと見た。

 こういう時の翼くんは何を考えてるのかわからない。彼はズレてるとか、壊れてるとか、なんかそういう言葉で表現した方がいいところがあるからだ。

 私が望んでいたのは、たとえば頭をなでてくれるとか、何か甘い物を奢ってくれるとかそんな感じのものなんだけど。

「よく頑張ったな、咲夜」

 そう言いながら翼くんはガバッと私のことを抱きしめてきた。見た目にも大きい彼だけど、こうやって包まれると本当に大きいし、力は強いし、私には何もできない。

「ちょ、ちょちょちょっ!」

 私はパニックになった。やっぱり翼くんはどっかズレてる。

 距離感おかしいんだよね、翼くんは……と思いつつ、私は嬉しくもあった。かなり過剰な気もするけど、彼が褒めてくれてるのは本当に伝わってきた。

 だから私も抱きしめ返して、普段のお礼の一つも言おうなんて思ったのだけど。

「おいおい、未成年に手を出そうなんて犯罪だよ」

 火村さんの声が聞こえて慌てて離れる羽目になった。さっきは身動き出来ないと思ってたけど自分でもびっくりするくらいの瞬発力だった。

「そ、そういうんじゃないんです。ただの、その……」

 何か言い訳しないといけないと焦るけど、そもそも火村さんだって本気でそんな情況だと思ってるはずもないわけで……。

「咲夜が言葉じゃ無くて態度で示せって言うからそうしただけです」

 なのに翼くんはまたズレたことを言い始める。いや、まあ、そのままの事実なんだけど、今言うべきはそういうことじゃないような気しかしない。

「まあ、私から君らにどうしろと言う気はないわけだが」

 火村さんは苦笑いを浮かべていた。

「別に俺も火村さんに助言を求めてるわけじゃないですよ」

 なのに翼くんはやはりズレた反応を返す。

「まあ、忘却社ぼうきゃくしゃは恋愛相談所ではないからね」

 だから火村さんの苦笑は微笑に変わったようだった。

「そ、そう! そうなんですよね。まさにそういう話をしてたところなんですよ!」

 私はさっき聞いたばかりの言葉だというのでここぞとばかりに食いついたのだけど、まだ動揺してたらしい。なんの意味も無い言葉になっていた。

「君は本当に危なっかしいね」

 火村さんは砕けた笑みを見せるだけ見せたら、そのまま階下の事務所へ戻って行く。私はそれを黙って見送る。それで気持ちが落ち着いてきたのだろう。

「危なっかしいって意味では火村さんだって相当なものじゃないかな……」

 やっと自分が笑われたのが理不尽なのに気がついた。

 それで私は同意を求めて翼くんの方を見たのだけど。

「だから仲間が必要なんだろ?」

 また私が想像していたのとは違う反応だった。

 でもそれはいい意味で想定外というヤツなのかもしれない。

「そうだね」

 私は表ではただそれを肯定するだけだったけど、内心はかなり喜んでいた。

 翼くんがこんなことを言う日が来るなんて――と驚いてもいた。その変化が私のおかげなら、より嬉しいのだけど、それはきっと望みすぎなんだとも思った。

 それでも私は望まずにはいられない。

 彼の世界の私がこれからも笑っているってことを。

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