ブレンド的な紅茶

僕はまだセエノの大学祭に参加している。


セエノが『コスプレ図書室・モヤ』での出番が終わった後、僕たちは大学内を歩いて回った。研究棟の位置関係やどの通路が混雑するか、ということについての彼女の地理感覚はすごいものがあったが、どの教室でどの模擬店をやっているかとか、どこでミス・ミスターコンテストをやるかといった情報については全く疎いものだった。

ただ、これだけは知っていた。


「タカイさん。軽音楽部が呼んだバンド、もうすぐ始まるんですよ。一応メジャーデビューしてるバンドですけど」

「へえ。なんていうの?」

「『シックなワンピ』です」

「そのバンド名ってオシャレなのかな?」

「さあ。わかりません」


セエノに先導されて大講堂に着くと、既に演奏が始まっていた。


女子だけのスリーピースバンド。

ギター・ヴォーカルと、マニピュレータ、そしてコーラス兼ダンサーの子という少し変わった編成だ。


「何かに似てませんか」


そうセエノから訊かれてピンときた。


「『ブルー・マンデー』だね」

「はい」


先般セエノのバイトするバーで僕がオーダーしたカクテルにして『ニューオーダー』というロックバンドの代表曲。

このスリーピースバンドが奏でる楽曲はそれに酷似していた。


なるほど。世代を超えてセエノがプルーマンデーを知っていた理由はこれか。


ふと、横にものすごい存在感が意識に入り首を向ける。


セエノの『親友』である『モヤ』がコスプレ図書室のハイヒール・ブルーコンタクトのまま一心不乱に踊っていた。


その不自然なまでに水増しされた高身長に、僕だけでなくセエノも気づいたようだけれども声をかけるのが憚られるほど、ダンスに没頭していた。

多分モヤは曲すら耳に入っていないだろう。

単にマニピュレータの子がリズムマシンで打ち出す、「ボ・ボ・ボ」という重低周波を皮膚で感じてステップを踏んでいるだけだ。


「ねえ」


まだ曲が終わる前、唐突にモヤは僕らに声をかけてきた。


「お茶でも飲まない?」


・・・・・・・・・・・


モヤから誘われたのは彼女の友達が仕切っている『紅茶専門店』だった。

コーヒーではなく、文字通り、「お茶でも」と声をかけてきたわけだ。


「それとそれとそれとそれ。それからそれも」


仏領の南アジアあたりのようなタキシードを着たウェイターが、驚きもせずにモヤのリーフのオーダーを受ける。大学生とはいえプロ気取りの対応だ。


「モヤ。そんなに混ぜておいしいの?」

「5〜6種類のリーフをブレンドするのがわたしの好み。値が張ってもこれは譲れない。ねえ、タカイさん」

「はい」

「セエノともう『した』?」

「・・・彼女の了承のない事項には答えられない」

「じゃあセエノ。タカイさんと『した』?」

「モヤ。あなたってやっぱり不思議」

「何が?」

「だって、わたしが、『そういうこと』をする機会に恵まれるって本気で思ってるわけ?」

「え? なんで? だって、セエノは『女』でしょ?」

「性別は確かにそうだけど・・・」


この2人が『親友』だという理由がよくわかった。

容姿ルックス』という概念をモヤは持たないらしい。その一点でモヤはセエノの親友たり得る。


「ほら、きたわよ」


僕とセエノはノーマルなダージリン。

モヤのは色も不可思議だ。


「コーヒーみたい」

「ん? ああ。味もね、『ブレンド』に近い。不思議なことに」


僕は思わずモヤに言った。


「じゃあ、コーヒー飲めばいいのに」

「タカイさん」

「え」

「あなた、やっぱりセエノに何かしたでしょ」


不思議だ。


セエノの親友のモヤに、僕も友情を感じる。

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